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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第一幕 河川陣地防御戦

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 ラミール・アルメルガー准将率いる〈帝国〉南方領、トルクス特別自治領軍第1猟兵旅団隷下の第1連隊が、〈王国〉東部方面軍独立捜索第41大隊の布陣する、ドライ川東方渡河点に到着したのは、大陸歴1792年四ノ月最終日、30日の朝であった。

 両軍は半日の間を、微動だにもせず睨み合った。


「さて、どうしたもんか」

 アルメルガーは無精ひげの生えた顎を撫でながら、敵陣をつぶさに観察していた。

 〈王国〉軍は対岸に構築した陣地に籠ったまま、動く気配は全く無い。

 まぁ、そうだろうなとアルメルガーはぼやきそうになる口を抑えつけて思った。

 この場所に布陣している〈王国〉軍の目的は、〈帝国〉軍の足止め以外に存在しないからだった。

 ならば、わざわざあちらから打って出てくる必要は無い。

 さらに言えば、ここは敵軍にとっても〈帝国〉軍にとっても、主戦場では無かった。

 敵軍がこの場所に部隊を配置した意味とは結局の所、本街道に布陣する旅団の側面を守るためだ。つまり、突破されなければそれでいい。

 ならば、この睨み合いはまさに敵の意図するところだろう。

 正直に言えば、アルメルガーはこの場所を放っておいても良いのではないかと考えていた。


 〈帝国〉軍には昨日付けで足を止める理由がなくなっていた。

 ようやく到着した本国からの補給と増援が、知らされていた予定量よりも遥かに豪勢であったからだった。

 これにより、今まで大きな行動を起こす事の出来なかった第77軽甲騎兵師団並びに第101鋭兵師団はその制約から解放された。

 更に西方領軍からは第21騎兵師団、第14鋭兵師団、第66猟兵師団の三個師団に加え、重砲兵を始めとする各種砲兵、支援部隊も到着し、この遠征軍の兵力は既に10万を超えていた。

 〈帝国〉軍首脳部からの、この遠征軍に対する待遇はまさに大盤振る舞いも良いところであった。

 つまり、あとはもう本街道に対して、一個旅団程度では到底せき止める事の出来ない圧倒的な数の暴力を振るってしまえばそれだけで良いのだった。

 本街道さえ確保出来てしまえば、こんな場所は何らの軍事的価値も持たない。

 つまり、アルメルガーはほとんど意味も無く、この場に立っていた。


「閣下」

 旅団長副官である大尉がやって来た。

 アルメルガーと同じ出身である、褐色の肌を持つ青年だった。

「地形偵察済みました。先の報告にあったような、爆薬の埋設は確認されませんでした」

「ご苦労」

 アルメルガーは彼からの報告に、素っ気なく頷いた。

 本来であればこうした報告は旅団首席参謀の仕事ではあるが、彼には残してきた部隊の面倒を任せて来た為、今は副官にその仕事を押し付けている。

「なぁ、アリー。我らが参謀長殿が最初に示された方針を覚えているか?」

「我々先遣部隊の目的は、この度の遠征軍総司令官、〈帝国〉軍元帥、帝室第三皇太子、ミハイル・ニコライヴィチ・ロマノフ殿下のご到着までに、叛徒の軍勢を撃滅、首都までの街道を確保し、殿下直卒の遠征軍主力と共に叛徒の首都を陥落せしめ、もって〈帝国〉の新たなる領地と成すものである」

 アリ―・ケマル大尉は、アルメルガーからの突然の質問にもすらすらと答えた。

「そうだ。相変わらずお見事な記憶力だ」

 参謀長の演説をすらすらと再現して見せたケマルの記憶力に惜しみの無い称賛を送りつつ、アルメルガーはぼやいた。

「だってのに、俺たちはこんな所で何をやっているんだ。二日前とは状況が違う。増援が到着した今、こんなちっぽけな橋を守っているだけの一個大隊程度にこだわる必要が何処にある」

「先日の我軍部隊の惨敗が、参謀長殿の気を大いに逆撫でしたようですね」

 ケマルの言葉に、まったく冗談じゃないとアルメルガーは首を振った。

「愛しの皇帝陛下の顔に泥が塗られたと思っているせいで、あの野郎、何にも見えなくなっていやがる」

 昨日、増援到着の一報を耳にした際。

 アルメルガーは司令部に対して、東側の渡河点は捨て置いて、本街道の敵攻略に全力を傾けるべきだという旨の伝令を送っていた。

 返って来た返事はただ一文。任務を続行し、必ずやかの敵を殲滅せよ、との事だった。

「それはそうですが。図ってか図らずか、その目を潰したのはあの敵ですよ」

「ま。その通りだな」

 アルメルガーはにやりと歯を見せた。

 今までのは、ぼやいて見せただけだった。

 彼にとって、任務に対して不満を口にする事はある意味で日常であった。

 軍事的常識を口に出して、却下される事も慣れっこだった。

 だからこそ、彼の祖国は滅んだ。

「爆薬は無いんだな」

「はい。少なくとも、こちら側には」

「よろしい」

 アルメルガーは大きく頷いた。

 その顔には、野性的な笑みが浮かんでいる。

「それでは、戦争と行こうか」

 何よりも彼は、戦闘そのものを楽しむ性質であった。

 だからこそ、彼は英雄になったのだった。


「敵、我軍陣地へ向けて前進しつつあり!」

 朝から望遠筒を覗き込み、対岸を監視し続けていた兵が叫んだ。

「砲兵中隊、突撃破砕射撃、撃ち方用意」

 兵の報告を聞き、対岸を確認した独立捜索第41大隊、大隊長ヴィルハルト・シュルツ少佐が命じた。

 指揮所に待機させていた観測兵が赤い手旗を大きく振り上げる。

「橋の爆破準備は整っております」

 傍らにやって来たヴェルナー曹長が小さく言った。

「まだ待て」

 ヴィルハルトは首を横に振って答えた。

「あまり早く吹き飛ばして、敵に余計な事を考えられても面倒だ」

「しかし、爆薬が仕掛けてある事は敵も分かっているのでは」

「もちろん、そうだろう」

 ヴィルハルトは対岸が焦げ茶の装飾を纏った者たちによって埋め尽くされていくのを、白けた目つきで眺めながら頷いた。

「だがまぁ、敵も出来る事ならば無傷で奪取したいと思っているはず。しばらくは敵を引き付けておけるだろう」

 意味も無く左手の親指と人差し指を擦り合わせながら、ヴィルハルトは考えた。

 それに、銃弾の飛び交う中で爆薬を撤去するのは難しい。

「敵、前進速度を速めました」

 兵が再び報告した。

「そのまま突っ込んで来るつもりか。まさに猟兵だな」

 ヴィルハルトはそわそわと両手を制服の物入れに突っ込みつつ呟いた。

 何かを待ち焦がれているようだった。

「敵猟兵、野砲の射程内に入りました!」

「全砲門、撃ち方始め」

 大隊長に頷かれ、赤い手旗を掲げ続けていた観測兵が勢いよくそれを振り下ろした。

 彼らの背後から、一斉に砲声が轟いた。

 一拍置いて、対岸からこちらに向けて駆け出した〈帝国〉猟兵、その先頭部分を炎と煙が包み込む。

 人を飲み込んだ黒煙が時々、噛み砕いた人体の一部を宙に向けて吐き出している。

「一先ず、上手くいっていますな――」

 砲撃の効果について、そう感想を漏らしたヴェルナーは上官の顔を見て絶句した。

 ヴィルハルト・シュルツは目の前で繰り広げられる光景を、歓喜も露わに見つめていた。

続きは2日後。

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