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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第一幕 河川陣地防御戦

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おかげさまで、いつの間にか累計700PVを突破しておりました。

いや、まぁ、700という数字が多いのか少ないのかはよく分かんないんですけど。

取りあえず、自分の書いたものが700回も読んで頂けたと言うだけで割と満足です。

それから、ブックマークして頂いている、たった一人のあなたへ感謝を。

これからはあなたのために書きます。

 ドライ川東方渡河点における防衛戦の、その初戦でヴィルハルト・シュルツが成した事は単純であった。

 掘り起こした地面の下に、炸薬と爆薬を詰めた木箱を大量に埋設しておいたのだ。

 砲弾の着弾による衝撃で引火、誘爆するように。

 ただ、それだけでは地面を掘り起こした跡が残ってしまう。

 不審に思った敵が掘り起こすかも知れない。

 だから、目に見える理由付けの為にわざわざ掘り起こした地面の上へ大量の板切れを立てさせた。

 こちらが破れかぶれになっているか、或いは騎兵を恐れていると敵に思い込ませるように。

 そして、それは決して嘘と言う訳でも無かった。

 もしも騎兵が居たのならば、この作戦は失敗か、若しくはこれほどまでの戦果は得られなかっただろうからである。

 騎兵を戦闘に投入する以上、まずもって地面に立てられた板切れを撤去させるだろう。

 その際に爆薬が埋められている事を発見するのは、まず間違いないからだ。

 その時は、効果が薄いことを承知で砲撃するか、己の策が失敗する様をただ眺めているしかない。

 だからこそ、現れたのが猟兵部隊であることを確認した時は心底ほっとしていた。

 そして、初戦における〈王国〉軍の散々な有様を見た〈帝国〉軍は、こちらが何をしようと侮るに違いないと考えていた。

 ヴィルハルトが何よりも重視したのは、詰まるところ、それだけであった。

 敵の慢心につけ込む以外に、何をやっても到底敵わないだろうと確信していた。


「大隊長殿……?」

 外でヴェルナー曹長が自分を呼ぶ声が聞こえ、ヴィルハルトはようやく現実へと帰還した。

 すぐに意識と思考を切り替える。

 壕から出た頃には、いつも通りの詰まらなそうな、凶悪な目つきの彼へと戻っていた。

「どうした、曹長」

「ああ、いえ……いや、何とも、凄い眺めですね」

 ヴェルナーは、自分が何故上官を呼んだのか分かっていない様子だった。

 それに気付きつつも、ヴィルハルトは特に気にしなかった。

 彼がそのような態度を取るとは、余程だなと思っただけだった。

 いや、人の事など言えないかと反省する。

 ヴィルハルトは再び、僅かな間に惨劇の舞台へと様変わりした対岸へと目をやった。

 幾人か、動いている〈帝国〉兵の姿がある。

 未だ、爆発の衝撃から立ち直っては居ないらしく、その動きは亡者のように緩慢であった。

 しかし、爆発の派手さに比べれば死体の数はそれほど多くは無い。

 当然ではある。所詮、木箱に火薬を詰めただけ。

 砲弾のように弾殻の破片が飛び散るわけでは無いからだった。

 不幸にも、箱の真上に足を乗せていた者の片足くらいは吹き飛んだかもしれないが、結局の所、殺傷力自体は酷く限定的なものだ。

 もちろん、それを見越した数を埋設していたのだが。


「少なくとも二個中隊は潰滅しているでしょう、砲も、あれでは使えないでしょうな」

 上官の視線の先を追ったヴェルナーが、現実的な言葉を口にした。

 敵が前進させていた野砲は爆発の煽りをまともに喰らい、その殆どがひっくり返るか、或いは半ば地面に埋もれていた。

「うん」

 ヴィルハルトはまったく素直に頷いた。

 先ほどまで感じていた敵を、人を殺す事についての罪悪感は爆発とともに吹き飛んでいた。

 もちろん、それは後で嫌と言うほどに彼を責め苛めるだろうが、ともかく、今の彼の中には他人に対する慈悲も博愛も、居場所が無かった。

 否。

 次の瞬間、彼が口にした言葉を思えば、最初からそんなものは彼の中に存在していなかったのかもしれない。

「よろしい。曹長、砲兵隊へ直ちに伝令。引き続き対岸全域へ向け、砲撃を続行せよ」

 その命令に、ヴェルナ―は身体を硬直させた。

「撃ってもせいぜい、怪我人にしか当たりませんが」

 正気を疑うような目でヴィルハルトを見ていた。

「だから、どうしたというのだ?」

 振り向いた彼の上官は、全身から禍々しいものを立ち昇らせながら言った。

「そんな事も分からずに、俺が命令を発しているとでも?」

「は、いえ、そうではありませんが」

 ヴェルナーを睨みつけるヴィルハルトの瞳には、この世のあらゆる忌むべきものが渦巻いていた。

「ならば、命令を伝えて来い。急げ。味方が木っ端みじんに吹き飛ばされれば、流石の〈帝国〉軍と言えど怖気づくかもしれない」

「むしろ、同胞を殺された怒りから突撃を敢行してくるのでは」

 ヴェルナーの声には縋るような響きがあった。

 それにヴィルハルトは、仔猫を蹴飛ばすような口調で答えた。

「それこそ願ったり叶ったりだ。あの遮蔽物も何もない所を、砲兵による支援も無く、馬鹿正直に突っ込んできてくれるのならば」

 そう言った彼の口元には笑みすら浮かんでいた。

 目の前に立つ、全身に狂気をみなぎらせているこの男が、数日前、死の淵にある少年兵へ慈悲の一撃を下した男と同一人物であるとは、ヴェルナ―には信じがたかった。

「不服そうだな、曹長」

「いえ、そういうわけでは」

「奴らは、他人の国へ土足で乗り込んできたのだ」

 腕を伸ばし、対岸を指し示しながらヴィルハルトは朗々とした声で、魔軍の長のように宣言した。

「我々の大地を、我々の許しも無く、軍靴で踏みにじったのだ。断じて許さん。皆殺しにしてやる」

 その顔に邪悪すら生温い何かを浮かばせて、再びヴェルナーへと向き直る。

「大隊最先任曹長、直ちに砲兵隊へ伝令。砲撃を続行させよ。これは大隊長命令だ」

「承りました、大隊長殿」

 完全に血の気の失せた顔で、ヴェルナ―は反射的に答えていた。

 背もそれほど高くは無い痩身の上官の、その凶悪な目つきで睨まれただけで、彼の中からはあらゆる反抗心が蒸発していた。

 ヴェルナーは駆け出した。

 命令を伝える為に駆け出したのか、目の前にいる悪魔のような男から逃げ出したのか、彼には判断が付かなかった。


 走り去ったヴェルナーの広い背中を目で追いながら、ヴィルハルトはようやく肩から力を抜いた。

 そして、思っている。

 いやはや。我々の大地か。

 何とも、こう、愛国心溢れる台詞セリフじゃないか。

 自分で言っておいてなんだが。

 それはともかくとして、実際問題、彼我ひがの兵力差に開きがあり過ぎるのだ。

 後々の事を考えるのならば、ここで敵に出来る限りの損害を与えておくのは決して悪い考えでは無い。

 砲撃が再開された。

 呆然自失としている哀れな敵兵たちの頭上へと、榴弾の雨が降り始める。

 さて。

 ヴィルハルトは興味深げに、敵陣を見つめた。

 敵はどう動くだろうか。

 当然、兵を撤退させるだろう。

 しかし、こちらの砲撃が続く中を後退するには、負傷者の数が多すぎる。

 であるならば。

 当然、救出の為の部隊を前進させる。

 多少の損害は覚悟の上で。

 絶望的な状況下であろうとも、決して味方は自分たちを見捨てないと確信できなければ兵士を戦わせる事は不可能であるからだ。

 それに。

 先ほどはヴェルナーをけしかける為にあえて強い言葉を選んで口にしたが、皆殺し云々はもちろん嘘だった。

 その辺は、砲兵中隊長のデーニッツ中尉に言い含ませていた。

 ほどほどで良いと。

 何故か。

 実際に敵を皆殺しにするためには、砲弾が足りないというのが最大の理由。

 そして次に、死体よりも負傷者の方が敵の負担が大きいからという理由がある。

 死体を収容するだけならば、袋に詰めて馬車に詰め込めば良い。

 ――いや、むしろ、この状況では捨て置かれる可能性の方が高いのだが。

 しかし、負傷者は違う。

 命令に従い、その果てに傷ついた彼らを見捨てたとなれば、軍の沽券にすら関わる。

 あらゆる戦闘を目的とする組織において最も重要視されるのは名誉と高潔さに他ならないからだ。

 何より、負傷者を救出するためには一人当たり二名の兵が必要とされている。

 さらに、安全な後方へと輸送する為の人員。治療の為の軍医や療傷りょうしょう兵、傷の治療に必要な薬や包帯、治療器具など、多くの労力と物資が必要となる。

 何よりも、生々しく痛みを訴える戦友の姿は、それだけで兵士たちの士気を挫く。

 我ながら、何とも悪辣なとヴィルハルトは自嘲した。

 しかし、これしか思いつけないのだから仕方が無かった。

 それに、こうでもしなければ、勝機など皆無に等しい……。

 ……いや、待て。

 自分が何を考えたのか知ったヴィルハルトは唖然とした。

 勝機だと? 何を考えているんだ、俺は。

 勝つつもりなのか。

 勝とうとしているのか。

 勝てると思っているのか。

 あの、大陸世界最強最精鋭の〈帝国〉軍を相手に?


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