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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第五幕 〈王国〉軍冬季大攻勢
200/202

勝利の代価 6

 大きな樫の一枚板で造られた両開きの扉を突き破り、第一擲弾戦闘団の将兵は舞踏場へと雪崩れ込んだ。待ち構えていた〈帝国〉軍が即座に発砲する。戦闘団の兵たちもただちに応戦した。本来であれば、管弦楽器の煌びやかな演奏が響き渡る社交の場にあるまじき、破壊的な轟音が鳴り響く。好意も嫌悪もない。ただただ殺意のみを以って交わされる戦場での社交辞令が済むと、舞踏場は再び静かになった。

 銃声が止んだのを見計らい、ヴィルハルトは突入第二陣とともに舞踏場へと踏み込んだ。さっと彼我の現状を確認する。交わされた銃撃の激しさに反して、双方とも被害は少ない。積み上げた家具の山に身を隠していた敵は当然として、突入側の損害が少ない理由は、第一陣に兵らに即席の盾を持たせていたためだ。旅館突入時の反省から思いついた、半ば実験的な対策だった。盾とはいっても、客室の扉を外したものに取っ手を付けただけの代物だが、それが予想以上の成果を挙げている。高級宿であるがゆえに、客室の扉にも上等な分厚い板材が使われていたことと、敵の使用した銃器がほとんど短銃だったことがその要因のようだった。幾つか、弾が貫通しているものや大きく割けてしまっているものは恐らく、小銃による銃撃を受けたのだろう、とヴィルハルトは推測した。銃火器の登場により戦場では廃れた盾だが、使用する素材を工夫すればまだまだ有用な装備に化けるのかもしれない。

 と、状況分析からさらにその先へと想像が膨らみかけたところで、ヴィルハルトは思考を切り替えた。突入時に指示した通り、第一陣の兵たちは盾を持っている者を除いて舞踏場から退出してゆく。この宿の舞踏場は、舞い踊る分には申し分のない広さだが、集団戦闘となれば話は別だからだ。退いていった兵らに代わって、ヴィルハルトの直卒する第二陣が一列に並んで射撃体勢を取り、遮蔽物の向こうにいる敵へと狙いをつける。


「自分はこの隊を指揮する、ヴィルハルト・シュルツ中佐である。そちらの指揮官は誰か」

 盾持ちの兵に守られつつ、ヴィルハルトは敵方へと呼びかけた。応じるように、積み上げられた家具の向こうでひょいと手が上がる。ヴィルハルトは部下に発砲しないよう命じた。

 衣装箪笥の裏から現れたのは、船乗りのような見かけの少将だった。

「イゴール・コワスニコフ少将だ」

「ヴィルハルト・シュルツです」

 姿を現した敵将に対し、ヴィルハルトはさっと腰を折る。

「この宿は、我々の包囲下にあります。閣下と部下の方々、〈帝国〉軍船舶部隊の奮戦ぶりは聞きしに勝るものでしたが、既に事の趨勢は決したかと。武装を解き、投降されるおつもりはございませんか。たとえここで我々に下ったとしても、決して閣下とその部隊の名誉が汚されることはないと存じます」

 ヴィルハルトはあくまでも上級者に対する礼を執った。

「心遣い、痛み入る」

 船乗りのような少将は頷くような会釈をした。

「だがな、お若いの。儂ら船乗りの名誉は戦いの中で死ぬことだ。そして、儂らは船乗りである前に〈帝国〉軍人だ。〈帝国〉軍人に降伏はない」

 言い切った彼は、不敵な笑みを浮かべる。

「それに何より。儂らはまだ暴れ足りん」

 堂々と遮蔽物の影から進み出たコワスニコフに、彼の部下たちも倣う。居並んだ数は二十と少し。ほとんどが佐官級以上の将校だった。下士官を含め、兵は五名しかいない。

「まことに残念です」

 溜息を吐くように応じつつ、ヴィルハルトは片腕を持ち上げた。従う兵たちが一斉に小銃を構えた。引き金に指が掛かる。対するコワスニコフは自らの軍剣を引き抜いた。彼の部下たちもまた、次々に抜刀する。

「かかれっ!!」

「撃てっ!」

 号令をかけたのはコワスニコフがやや速かった。しかし、先手を打ったのはヴィルハルトだった。三十を超える小銃が一斉に火を噴く。瞬く間に敵の半数が斃れた。が、生き残った者たちは怯むことなく斬りかかってくる。コワスニコフも傍にいた数人の部下たちに庇われたらしく無事だった。我が身を盾に自らを守った戦友の遺骸を乗り越え、脇目も振らずにヴィルハルトへと向かってくる。

「構えっ」

 次弾を装填している暇はない。そう判断したヴィルハルトの命令に、兵らが向かってくる敵に銃剣先を突きつける。ヴィルハルトも軍剣を引き抜いた。

「突けぇっ!」

 兵らが「応っ」と声を上げ、一斉に敵へ突進する。

 そして乱戦が始まった。敵の幹部連中は大した手練れ揃いだった。突き出された無数の銃剣を弾き、いなし、隊列に斬り込むとそこかしこで血飛沫が上がる。一人、また一人と兵が斬り倒されてゆく。まともな剣術の訓練など受けていない兵たちの個人戦闘力はそれほど高くない。彼らが相手では、一対一どころか一対十でも相手になるか怪しかった。それほど、敵味方の個々人における実力差は隔絶している。

 外に待機させている者たちを突入させるべきか。彼らの手には装填済みの銃がある。いや、しかし。この混戦で銃を使うには、味方への誤射の危険が大きすぎる。

「団長!!」

 迷うヴィルハルトの耳に、誰かの警告が届く。ハッと顔を上げたヴィルハルトの目に、猛烈な勢いで自分へと迫ってくるコワスニコフの姿が見えた。たとえ命に代えてでも、敵指揮官を討ち取ってみせるつもりなのだろう。ヴィルハルトの下へ行かせまいと行く手を阻む兵たちを次々に切り捨てて、あっという間に距離を詰められてしまう。ヴィルハルトは自らに向けて振り下ろされる敵将の剣を、どこか他人事のように見つめた。そこへ。

「団長!!」

 再び、誰かの警告の声。後ろ襟をぐいと引っ張られた。コワスニコフの振るった剣の切先が鼻の寸先を掠める。誰かが脇をすり抜けていった。後ろへ放り出されたヴィルハルトは、倒れ込みそうになるのをどうにか踏みとどまった。顔を上げたその直後、その目の前の飛び出してきた誰かがコワスニコフの振り下ろした剣によって右肩から大きく袈裟懸けに斬り裂かれた。盛大な血飛沫とともに、乱入者の身体が崩れ落ちる。自らの血で出来た水たまりに沈み込んだ男の横顔をヴィルハルトは知っていた。オステルマン大尉だった。

 こんなところで何をしているのかと、頭にかっと血が昇った。彼には、外で待機している兵の面倒を任せていたはずだ。いや。分かっている。彼がなんのつもりで飛び出してきたのかくらい、容易に想像がつく。だからこそ、余計に許せなかった。

「お互い、良い部下に恵まれたようだな。中佐」

 自ら、一刀のもとに切り捨てた男を見下ろしてコワスニコフが言った。

「どうでしょうか」

 ヴィルハルトは曖昧に応じた。実際は、まったく肯定できない。

 まったく。敵も味方も。どうして他人のために、意味もなく命を投げ出せるのか。ヴィルハルトは音もなく舌打ちを漏らす。その疑問は憤りにさえ近かった。

 会話は終わり、敵将が再び剣を構えた。応じて、ヴィルハルトも軍剣を構える。とはいえ、実力差は歴然だ。敵将が剣を振るう。オステルマンを屠ったのと同じ、大振りの一撃。ヴィルハルトはそれを後ろに飛んで避けた。が、避けきれず。右肩に鋭い痛みが走った。幸い、傷は深くない。だからといって安心できるわけではないが。分かっていたことではあるが、コワスニコフは達人級の剣士だ。正規の剣法を収めたわけでもないヴィルハルトでは勝負にならないだろう。腰に差してある短銃には装填してあるが、抜く暇を与えてくれそうにない。退いたヴィルハルトへ、敵将が剣を突き出した。迫る切っ先を、ヴィルハルトはどうにか剣の腹で受ける。が、剣と剣が打ち合ったその瞬間。敵の剣がまるで鞭のようにしなったかと思えば、ヴィルハルトの手から軍剣を弾き飛ばしていた。敵将がにやりと笑った。ぞっとするような戦士の顔だった。参ったな、とヴィルハルトは他人のように思った。

「中佐殿!!」

 また誰かが自分を呼んでいる。誰だろうか。余り聞き覚えの無い声だ。酷く必死なようだ。ぼんやりと状況を俯瞰するヴィルハルトに、コワスニコフは勝利を確信したように剣を振りかぶる。指揮官の窮地に気付いた擲弾戦闘団の兵たちが賢明に救援へ向かおうとしているが、猛者揃いの敵幹部たちに阻まれて近づけない。外で待機している兵たちもどうしてよいか分からない様子だった。指揮官がいないのだからそれも仕方がない。まったく。無責任な上官を持つと下の者が苦労をする。

 いや。俺も他人のことなど言えないか。そっと自嘲したヴィルハルトめがけて、敵将が剣を振り下ろした。目を瞠る剣速だ。天賦の才に加えて、長年の鍛錬を積み重ねなければこれほどの境地には至れないだろう。狙いは首か。心臓か。どこを狙っているにせよ、躱せない事だけは明白だった。もう一秒もしない内に、自分は死ぬだろう。そう確信したというのに、不思議と走馬灯は見えない。

 代わりに、なにかが視界を横切って、火花が散った。

毎度、不定期ですみません。あといただいたご感想は全部読んでます。励みになります。ただ気力100%の時しか返信できない病を患っておりまして。返信がなくてもあまり気にしないでもらえれば幸いです。

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