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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第五幕 〈王国〉軍冬季大攻勢
173/202

〈王国〉軍冬季大攻勢 2

月一更新なのにここのところ1話あたりが短すぎたなと思ったので、今回は長めにしました。

長すぎると思ったら容赦なくご意見ください。

調整します。

「なんだ、貴様らも来ていたのか。中佐」

 ふいに声を掛けられて、ヴィルハルトは視線を地上へと戻した。そこにいたのはルシウス・フォン・ブラウシュタイン大佐だった。東部方面軍改め、第三軍司令官のディックホルスト大将と共謀してヴィルハルトに三個大隊の指揮官を兼任させるという無茶な人事を通した結果、人事局長の椅子を失った彼は現在、第三軍で作戦参謀を務めている。

「一応は。見送りだけでもと思いまして」

 再び第二軍の行進に目をやったヴィルハルトは、どうでも良さそうな声で言った。

「自分らは彼らになにかあった際の予備ということになっていますから」

 そうブラウシュタインに肩を竦めながら、彼は自分がいま、ここにいる理由を思い出していた。


 ヴィルハルト・シュルツ中佐率いる第一擲弾戦闘団が第三軍司令部の置かれているグリーゼの街に到着したのは集結期限ぎりぎりの二週間ほど前のことだった。

 グリーゼはフェルゼン大橋を渡り、北街道に入ってから最初にある宿場町である。王都のある西部から北東部に訪れる際は必ず通る街であるため、ヴィルハルトも何度か訪れたことがあった。

「ようやく来たか」

 遅れてやってきたヴィルハルトを出迎えたのは、その時もブラウシュタインだった。最後に見たのは人事局長の椅子に座っていた頃だったが、この一月ほどでその顔には随分と軍人らしいしわが刻まれていた。

「もう少し、どうにかならなかったのか。あれは? 他の目もあるのだぞ」

 渋い顔をしながら彼がいったのは、ヴィルハルトが連れてきた第一擲弾戦闘団の行軍ぶりについてだ。隊列すらまともに組まさせず、歩調もあっていない上に装備はほとんど馬車に詰め込んであるらしく、兵の中には小銃を吊っていない者までいる。その体たらくぶりは

 軍の伝統的な美意識に照らせば酷いどころではない。もしも通常の部隊が同じような行軍を行えば、即刻、その指揮官は懲罰されるだろう。しかし、彼らの指揮官は誰あろう、〈王国〉軍の全将校中、最も苛烈な戦闘を生き延びてきた男である。眉を潜め、影で何事かを囁く者はいても、面と向かって非難する者は誰もいなかった。

 そのことを分かっているのか、いないのか。ヴィルハルトは悪びれた様子もない。

「なにせ、急場しのぎの訓練を施しただけの新編部隊ですから。行進訓練に割く時間などなかったもので」

 ちらりと舌を出して言ってのけたヴィルハルトに、ブラウシュタインは嘆息した。何を言っても無駄だろうと思ったからだ。

「ともかく。君で最後だ。ディックホルスト閣下に知らせてくる。すぐに指揮官たちを集めて、状況説明が行われるはずだ。その間、兵を凍えさせたくないなら急げ。空いている宿ならどこでも自由に使っていい」

「すでに手配はさせています」

 ヴィルハルトはさっと姿勢を正してブラウシュタインに答えた。彼に背後に控える副官のカレン・スピラ中尉が肯定するように頷く。

「では。ついてこい」

「はっ」


 第三軍が司令部として使っているのは、街の北側にある山の斜面に沿って建つ宿だった。他所の安宿とは違う、貴族が泊まるような高級宿だ。それにふさわしい上等な調度の誂えられている館内を、ブラウシュタインの後に続いてヴィルハルトは進んだ。わざわざ山の斜面に建てられているのは眺めを確保するためらしい。窓からは雪に染まった山々とグリーゼの街が一望できた。なるほど、確かにいい眺めだった。ただし、周りがしかめっ面の軍人ばかりでは景色を楽しむ気分にもなれないが。

「夏ならば、良いところなのでしょうね」

 先を進むブラウシュタインの背中に、ヴィルハルトは率直な感想を漏らした。ところどころで熱炉が焚かれているが、広い館内の廊下は外と同じくらい寒い。

「ああ。この山を越えたすぐ先が砂浜になっていてな。夏場は海水浴を目当てにした客でごった返す。私も幼い頃、一度泊ったことがある。父に連れられてな」

 そっと付け加えられたブラウシュタインの昔語りに、ヴィルハルトは黙って先を促した。何か言っておきたいことがあるのだろうと思った。

「知っていたかどうか。父は大陸中の酒を集めるのが趣味でな。旅行にもそれを持ち歩くような物好きだった。生涯かけて集めた酒を手放さなければならなくなった時の顔が見られなかった事だけが、残念といえば残念だったな」

 事もなげに彼はそう言った。どうやら、レーヴェンザールで死んだ父親に関する感情の整理はとっくに済んでいるらしい。なので、ヴィルハルトは全て飲み干しておいででしたよ、と教えてやった。ブラウシュタインは呆れたように天井を仰ぐと、口の中で聖句を呟いた。


 半刻ほどして、第三軍の主だった部隊の指揮官たちが集まり出した。彼らが集められたのは宿の舞踏場ダンスホールだった。本来であれば煌びやかに着飾った貴族たちがダンスを楽しむ場所である。だが現在、そこにいるのはそうした華美さなどとは対極にある男たちばかりだった。

 ヴィルハルトは部屋の中央に置かれた大きな長卓の末席に腰を下ろした。しばらくすると、入り口の脇に立つ従兵が司令官の入室を告げる。指揮官たちが一斉に立ちあがって背筋を正した。

「ご苦労。楽にしてくれ」

 アーバンス・ディックホルスト大将は入室すると同時に、手で煙を払うような仕草をしながらそう言うと自分の席にどっかりと腰を下ろした。彼に続いて、指揮官たちが階級順に着席する。集まっているのが師団長やら旅団長ばかりだったため、ヴィルハルトが着席したのは最後だった。腰を下ろす寸前、最後まで立っていた自分にディックホルストがちらりと笑いかけたように見えたのは気のせいだろうか。嫌な予感がした。


「皆さんもご承知の通り、先日〈王国〉軍総司令部は冬季大攻勢を発令しました。作戦の主力は西部方面軍隷下部隊を基幹にした第二軍であり、作戦中、我々第三軍はその支援にあたります」

 ディックホルストとともに入室してきた軍参謀長がそう前置きをしてから、現在の北街道を取り巻く全般状況の説明を始めた。

 大方はヴィルハルトの予想した通りだった。

 第三軍は街道内の山々の至るところに砲台を設置し、街道を完全に火制下に置いている。また街道内には無数の陣地が構築されており、これは現在もなお強化され続けているとのことだった。

 対して北街道の南口に展開している〈帝国〉軍部隊(戦場偵察の結果、〈帝国〉本領軍第3鋭兵師団と判明)は、街道の入口を塞ぐような形で布陣している。何度か、小競り合いのような戦闘があるにはあったが、基本的に敵は街道内に踏み込んでこなかったという。

 それはそうだろうなとヴィルハルトは思った。

 壁一面にずらりと凶器の並べられている殺人鬼の家に踏み込もうなどと、盗人でも考えない。であれば殺人鬼は如何にして獲物を家に招き入れるのかを考えねばならないのだが。

 いや。この場合は踏み込まれなくて良いのか。ヴィルハルトはハッとした。要するに北街道が敵にとって危険極まりない場所であり続けることができれば良いのだから。

「冬季大攻勢の作戦計画については、作戦参謀に説明してもらう」

「はい」

 軍参謀長と入れ替わりに、ブラウシュタインが指揮官たちの前に立った。

「冬季大攻勢の作戦計画は次のようになっています。まず、バッハシュタイン大将の直卒する第二軍主力が街道南口から出陣。そこに布陣する敵部隊へ攻撃を仕掛けます。これに敵の目が十分惹きつけられた頃合いを狙って、大河西岸にて待機している船舶部隊が第二軍の別動隊をこちら岸に運び込みます。この別動隊は上陸後、敵の後方攪乱を行い、その混乱に乗じて第二軍主力は総攻撃を敢行し敵を撃滅。その後はさらに戦果拡張を図る、というものです」

 ブラウシュタインの読み上げた冬季大攻勢の作戦概要に、その場に集まっている者たちは怪訝そうな顔を見合わせた。それも当然だった。冬季大攻勢などと大々的に謳うのは構わないが、そもそも何が目的なのか、どこまで達成すれば成功なのかがまったく示されていないからだった。まさか、東部全域の奪還などという夢物語が本気で達成可能だと総司令部は信じているのだろうか。

「それで終わりか?」

 当惑したように口を開いたのは、第三師団長に任命されたばかりのウォレス中将だった。口髭と顎髭をたっぷり蓄えた老農夫のような彼は、その見た目通り、東部の農村出身の平民である。

「もう少し詳細を教えてくれないか、大佐」

「そんなものはないよ、ウォレス」

 この場に集う全員の疑問を代弁した彼に答えたのはブラウシュタインではなく、ディックホルストだった。唖然としているウォレスに、ディックホルストは何かを決断するように大きく息を吐いてから言った。

「第二軍によれば、これ以上の詳細な作戦計画については友軍であっても明かせないのだそうだ。まあ、あればの話だが」

「そんな馬鹿な話がありますか!」

 どん、とウォレスが机に拳を叩きつけた。

「ありがとう、中将。ちょうどわしもそう言おうと思っていたところだ」

 ディックホルストは事も無げにそう返した。


 そうした周囲の状況を無視して、ヴィルハルトは一人、思考の深みへと嵌っていた。

 正直、彼にとって友軍が何をしようとしているのかはさほど重要では無かった。それよりも、敵が何をしようとしているのかのほうがよほど気になっている。

 〈帝国〉軍はどうやって、この北街道を突破するつもりなのだろうか。

 レーヴェンザールでの戦いを終えたあの夜。あそこで出会った鮮やかな女性は言っていた。

 二月後に、我が軍は最後の増援を予定している。三万に過ぎない増援だけれど、それでこの国はお終い。それだけは私の名のもとに確約してあげる。

 どういう意味だろうか。あれ以来、ヴィルハルトはそのことばかりを考えていた。

 いや、告げられた言葉の意味は分かるのだ。三万の増援が来る。それで〈王国〉軍の敗北が決定すると彼女は言ったのだ。

 だが。現実的にそのようなことが可能だろうか。三万という数字は〈王国〉軍にとっては一個軍に相当する兵力だが、〈帝国〉軍の基準では精々が二個師団に過ぎない戦力だ。ヴィルハルトにしても敵が二十万から二十三万に増えたところで何が変わるのか分からなかった。

 それとも。彼女はこの冬の間も〈帝国〉軍は大人しくしているつもりがないと言いたかったのだろうか。ただでさえ消耗の激しい冬場に警戒態勢を維持し続けるのは、軍にとってかなりの負担になる。そうして春になり、こちらが疲れ切ったところを一気に急襲するつもりか。

 いやいや。違う。ヴィルハルトは被りを振ると、一度これまでの考えを全て捨てることにした。

 春になったところで北街道の守りは堅い。軍人である以上、鉄壁などという言葉は軽々しく使いたくないが。ディックホルストの指揮下で、第三軍が構築した火力網は街道全体を要塞化している。これを打ち破るには〈帝国〉軍といえど、相当の損害を覚悟しなければならないだろう。

 ただし、それはあくまでも軍事的常識の範囲内での話だ。

 あの姫様には通用しない。何せ、国境突破のため、兵を空に飛ばしたような天才なのだから。恐らく彼女は、たった一撃でこちらの思惑を根本から粉砕してしまうような手を打ってくるはずだ。何故だか分からないが、ヴィルハルトにはそうした確信があった。

 自分ならどうするだろうか。

 もっともありそうなのは、猟兵による浸透突破。猟兵を小部隊ごとに分けて山へ入れ、こちらの砲台を一つずつ潰してゆく。猟兵の仕事をやりやすくしてやるため、同時に大部隊を街道へと向けて前進させる。こちらの目を惹きつけるための陽動だ。そしてまた、猟兵が仕事をうまくこなせばそのままじりじりと街道内の縦深を確保できる。時間と手間はかかるが、全体的にみれば人命の損失は最低限に抑えられる。

 或いは、正面切っての火力による殴り合いか。

 こちらの方が〈帝国〉軍らしいといえばらしい。

 長射程の砲を使って、こちらの砲台を射程外から砲撃しつつ街道を進む手もある。もっとも時間はかかるし、何より莫大な量の砲弾が必要になる。もしも実行しようものなら〈帝国〉軍の兵站は崩壊するだろう。

 あとは何だろうか。思いつかない。まあ、今さら何をされても驚きはしないが。


ご感想にはすべて目を通しております。ありがたいです。なかなか返信できずに申し訳ありません。

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