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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第四幕 王都
171/202

第一擲弾戦闘団 4

 

 ヴィルハルト・シュルツが第一擲弾戦闘団指揮官としてグロウラッド演習場に着任してから、一月が過ぎた。

 今日も大隊長室(扉に掛けられているのはその通りの文言だが、実体は異なっていることを誰もが知っていた)には、練兵場から一斉射撃の射撃音が響いてくる。その向こうに広がる演習場では、テオドール・クロイツ大尉とヴェルナー曹長の統率の下、一個大隊が演習中だ。頬を張るようなその轟音に耳を傾けながら、ヴィルハルトはそうした楽しい仕事から離れ、尽きることのない書類仕事に追われていた。

 創設から一月。三つの大隊から成る戦闘団は訓練と演習を繰り返し、気の遠くなるような実弾を浪費しつつ、恐るべき速度で戦闘力を向上させている。


 無論、何一つ滞りなくともいかなかった。

 第一擲弾戦闘団は多くの新兵と新品少尉を受け入れている。

 特殊な戦術を採用しているこの部隊では、軍に馴染んでいない分、余計な癖がついていなくて良いというヴィルハルトの考えは兵に関していえば、その通りだった。

 問題は士官学校を卒業して間もない新品少尉たちだ。

 何故かといえば、彼らは士官学校で叩きこまれた、理想の将校像に自らをあてはめ、何もかもを軍の規則通りに行おうとしたからだった。分かりやすい例を挙げれば、彼らはただ移動するだけの時でも兵に隊列を組ませたがるのだ。

 ヴィルハルトとテオドールは行進など戦闘には無用として訓練を切り捨てているが、若い彼らは頑なだった。

 この問題を解決したのは、主席士官のユンカースだった。

 ある時、よほど書類仕事に飽いていたのだろう彼からの土下座に近い懇願によって、ヴィルハルトは演習参加を了承したのだが。その演習で彼は自ら一個小隊を率いて、新品少尉たちが率いる大隊規模の部隊相手に完勝して見せたのだ。

 森の中で、下士官からの進言にも耳を貸さず、馬鹿正直に兵に縦列を組ませていたとある新品少尉は、颯爽と現れた演習統裁官のテオドールから自信の戦士を告げられたのち、指揮をしていた小隊が追い詰められて壊滅してゆく様をまざまざと見せつけられた。

 すっかり自信を失った彼が隊を去りたいと願い出た際、ヴィルハルトは一切引き止めることもなく放逐した。何名かの新品少尉が彼に続いたが、いずれもヴィルハルトはただそうかと頷いただけで、認めてしまった。

 若き軍人の未来が閉ざされたのは、本人たちにとって幸か不幸か。それは余人が推しはかることのできることではない。

 が、残された者たちにとっては確実に不幸であった。


「先輩、また一人放り出したそうですね! 勘弁してください、ただでさえ人の手が足りないってのに」


 そう大隊長室に怒鳴り込んできたのは、兵站担当士官のエルヴィン・ライカだった。


「良いですか? 小銃や弾薬なら幾らでも引っ張ってみせますが、人間はそうはいかないんですよ? 分かってますか? 今でさえ、九人の中隊長の内、三人が本部の担当士官と兼務、二つが空席と、これじゃまるで二日目のレーヴェンザールじゃないですか!」


「気にするな。人事に関しては君の無能故ではない」


 まるで二日目のレーヴェンザールとは面白い言い回しだなと思いつつ、ヴィルハルトは答えた。

 戦闘団の指揮系統は現在、団本部の下に大隊を挟まずに直接中隊を置いている。三つある大隊の指揮権をヴィルハルトに集中させるためというよりは、彼に変わって大隊長を務められる者がいないからだ。能力面から見ればユンカースでも良いのだが、主席士官の仕事をこなしながら大隊長を兼務するとなると、仕事量が云々を置いても時間が足らない。

 要するに妥協と苦肉の策だった。

 よって、現在の編制は

 団本部中隊(団長、ヴィルハルト・シュルツ)

 本部偵察小隊(本人の希望により、テオドール・クロイツ大尉。訓練担当士官と兼務)

 第一中隊(エルンスト・ユンカース大尉。主席士官と兼務)

 第二中隊(エミール・ギュンター大尉。作戦担当士官と兼務)

 第三中隊(クリストフ・ラッツ中尉)

 第四中隊(ハリー・オステルマン大尉)

 第五中隊(ブルーノ・ウィンザー大尉)

 第六中隊(ダミアン・エイノ中尉)

 第七中隊(ステファン・ファーナー中尉)

 第八中隊(空席。中隊長代理、ローマン・クルツ曹長)

 第九中隊(空席。中隊長代理、トビアス・レッフラー曹長)

 となっている。

 オステルマン、ウィンザーの両大尉はディックホルストが推薦した将校であり、流石に優秀だった。特にオステルマンはここへ着任した当初は中尉だったが、柔軟な発想のできる男であり、その才能を認めたヴィルハルトによって大尉へと昇進していた。そのためか、新参の将校の中では最もヴィルハルトへの忠誠心が高い。何故、優秀な彼が中尉などに留まっていたのかといえば、彼が平民出身であるからだった。

 エイノ、ファーナーの二人は、他の多くの中尉同様予備役上がりだが、演習で頭角を現したため現在の地位につけた。第八、九中隊は適任者が見つからず、やむなく第41大隊出身の曹長たちに任せている。もしも今後、有能な人材が現れないのであれば、ヴィルハルトは彼らを中隊長として使うつもりだった。

 残る少尉、中尉たちは小隊長として第41大隊出身の下士官に補佐させているが、何処まで使い物になるか分からない。

 なお、前述した歩兵部隊以外にも、戦闘団には軽砲を装備した砲兵中隊と、工兵、輜重中隊が一つずつ付随している。専門性に特化している砲兵、工兵部隊の指揮は、それぞれ同兵科の大尉に任せていた。


「ああ。カロリング大尉がいてくれれば……」

 どれだけ言っても聞く耳を持たないヴィルハルトに、エルヴィンがそう嘆いた。

「諦めろ」

 ヴィルハルトは短い言葉で彼の希望を打ち砕いた。

 第一擲弾戦闘団の本部人員は独立捜索第41大隊からほとんどそのまま引き継いでいるが、唯一、アレクシア・カロリング大尉だけが抜けている。

 彼女が姿を見せない理由も、ヴィルハルトは理解していた。

 そもそもが、カロリング伯爵家は代々、近衛騎士を輩出してきた名家だ。そこに加えて、レーヴェンザールにおける激戦を生き残ったという戦功があれば、彼女は古巣である近衛騎士団に、大手を振って帰ることができる。

 一応、アレクシア・カロリング大尉の配属は人事局を通して要望しているが、もう彼女はここに戻らないだろう。


 そのヴィルハルトの確信が裏切られたのは、それから半月後のことであった。

 馬の嘶きを耳にしたヴィルハルトは、大隊長室から営庭を見下ろした。衛門の前に、騎兵の一団が見えた。一個小隊ほどだ。

 やがて、衛門が開いた。騎兵の先頭を進む銀髪の将校を見て、ヴィルハルトは顔を顰める。

 アレクシア・カロリング大尉だった。


「着任が遅れましたこと、心より謝罪いたします」

 嬉しいやら、驚いているやらのカレンに案内されて大隊長室へやってきたアレクシアは、そうヴィルハルトに頭を下げた。

「謝る必要はない」

 苦虫を噛み潰したような顔でヴィルハルトは彼女に応じた。

「確かに、君の配属については人事局へ要望を出していたが……なぜ、戻ってきた」 

 ヴィルハルトは叱るような口調で訊いた。

「貴方のためではない」

 斬り返すようにアレクシアは答えた。

「これまで共に戦ってきた戦友たちを見捨てることはできない。そう思っただけだ」

「騎士道か」

 ヴィルハルトは罵るように鼻を鳴らした。碌でもない理由だと思っている。だが、彼女の能力は放り捨てるには惜しい。

「率いてきた騎兵はなんだ」

「着任が遅れた手土産、というわけでは無いですが。この部隊で使ってください。人事局の許可も取ってあります」

 端的に応えつつ、アレクシアが辞令書をヴィルハルトに差し出した。驚いたことに、彼らは近衛騎士団から軍へ転属してきたらしい。

「……君のお父上に感謝すべきなのだろうか」

「私にとっては必ずしもそうではありませんが」

 眉を顰めた彼女に、ヴィルハルトは大方のことを理解した。どうあっても騎士団には残らないと我儘をいう一人娘のために、父親が実家の権威で規則を捻じ曲げ、無理を押し通した。

 そんなところだろう。

 なんともまあ。羨ましい。

 ヴィルハルトが蔑むように、心の中でそう呟いた時。新たな蹄の音が営庭から響いた。

 やってきたのは、軍の伝令だった。一通の命令書を携えていた。

「カロリング大尉。どうやら、装具を解いている暇はないようだぞ」

 その内容にさっと目を通したヴィルハルトが口を開いた。

「失礼ながら、少佐になりました」

 そっと口を挟んだアレクシアに、ヴィルハルトは頷いた。

「では。ちょうど二個中隊が宙づりになっていたところだ。両方の面倒を見ろ。副官!」

「はい」

 怒鳴りつけるように呼ばれたカレンが素早く応じる。

「演習に出ている連中を呼び戻せ。半刻後、将校は全員集合だ。ヴェルナー曹長もだ。それから、兵には行軍の準備をさせておけ」

 矢継ぎ早に出された指示を全て記憶して、カレンが大隊長室から飛び出してゆく。

 ヴィルハルトはもう一度命令書に目を落とした。まるで隠されていた楽園への道が眼前に拓かれたかのような笑みを浮かべている。


 かくして、〈王国〉軍冬季大攻勢は発令された。

 新たなる地獄は〈王国〉領北東部、無数の湖と小山の連なる極寒の凍土で産声を上げる。

 それはヴィルハルト・シュルツにとって。或いは、この国にとって。取り返しのつかない悲劇を齎すこととなった。 


 第四幕 王都 了

 第五幕 〈王国〉軍冬季大攻勢へ続く。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 続きをお待ちしております。 [一言] 兵站担当はライカさん、名前がごっちゃになってます
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