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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第四幕 王都
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第一擲弾戦闘団 3

 ヴィルハルトが大隊長室に戻ると、ほどなくしてテオドールとギュンターがやってきた。

「まず、体力錬成。次に小銃の取り扱い。それ以外の基本的なことは、演習で叩きこむ」

 従兵の差し出した茶を啜ってから、テオドールが不躾に口を開いた。

 兵の訓練について言っているのだなと察したヴィルハルトが頷くと、彼は持ってきた鞄から数枚の書類を取り出した。そこには、訓練計画が簡単にまとめられていた。

「日程はこんなもんだ。上手くいけば、二月で物になる」

「随分と乱暴だな。二週間後にはもう演習か」

「ここの下士官たちならいける」

 ざっと計画書に目を通したヴィルハルトへ、テオドールはさらりと答えた。

「ちょっと待ってください」

 口を挟んだのはギュンターだった。若干、この二人の会話の速度についていけていないようだ。

「その前に、団長。第一擲弾戦闘団を、戦場でどう運用するつもりなのかだけでも教えてください」

 今さらの質問に、ヴィルハルトはああ、と声を漏らした。

 そういえば、彼を作戦担当に指名しておきながら説明していなかったなと思い返す。自分にとってはあまりにも自明の事だったので、失念していたのだ。テオドールが当然のようにその点を理解していたことも手伝ったかもしれない。

「我々は戦場で隊列を組まない。少数の部隊に分かれて、相互に連携しつつ、敵前線の間隙を突き、後方を食い荒らす」

 簡潔に述べたヴィルハルトに、ギュンターは驚いたように眉を顰めた。それから、彼は周りの意見を求めるように、部屋にいる者たちの顔を見回す。だが、ヴィルハルトはもちろん、ヴェルナーも、カレンですら、当然のような顔でそれを聞いていた。初めから知っていたしいテオドールも特に反応を見せない。

 むしろ、彼らはギュンターが何をそんなに驚いているのか不思議に思っていた。

 その中で、ギュンターの疑問を最初に理解したのはカレンだった。

「中佐」

 彼女はヴィルハルトにそっと囁きかけた。

「独立捜索第41大隊について、ギュンター大尉にご説明すべきかと」

 それを聞いて、ようやくヴィルハルトも得心がいった。

 独立捜索第41大隊は、ヴィルハルト・シュルツが発案した戦術の有効性を計るための実験部隊だった。散兵による浸透戦術。それは隊列を組んで、砲煙弾雨の中を前進して敵陣を打ち破るという大陸世界における戦争を根本から否定するものだ。

 ギュンターも参加したレーヴェンザールでの戦いは、要塞戦でもあり、やむなく〈帝国〉軍と正面切っての殴り合いをしなければならなくなったが。やはりその戦いはヴィルハルトの本意ではなかった。


「なるほど。小部隊に分かれての浸透突破。つまり、後方攪乱が我々の任務なのですね」

 説明を聞き終えたギュンターは持ち前の生真面目さで、その内容を飲み込んでみせた。

「目標は敵の補給線、輸送隊ですか」

「それだけではない」

 応じたヴィルハルトに、ギュンターはまだ何か、と訊いた。

「実際に戦ってみて分かったのだが、〈帝国〉軍の砲兵隊は図体こそデカいが、その分警備が薄い」

 それは恐らく、強大な砲兵隊を有する〈帝国〉軍ならではの弱点だろう。

 そもそも〈帝国〉軍は砲兵の比率が多い軍だ。極端な例を挙げると、一軍を構成する部隊の半分を砲兵が占めていることすらあった。当然、そのような編制では砲兵全てを守りきるための戦力を揃えるとなると、前線に向けられる部隊などなくなってしまう。

 そのため、前線に必要な部隊を配置してから残ったわずかな予備兵力をやり繰りして砲兵の護衛にあてている。もちろん、予備兵力なのだから、前線で兵力が不足すればそちらに割り当てられてしまう。そうなれば、砲兵隊は丸裸も同然だ。

 とはいえ、圧倒的な兵力と莫大な火力で敵を圧殺する〈帝国〉軍にとっては、それも弱点と言えるようなものではなかったのだろう。

 だが。しかし。第41大隊であれば。この部隊であれば。

「そうか」

 得心のいった顔つきで、ギュンターが頷く。

「後方へ浸透し、敵の最も柔らかいところを突く。それは、何も輸送隊だけではない……」

 大陸各国の軍隊では、輸送隊は新兵や戦闘に参加させるには練度の足りない者を中心に編成されることが多い。荷を運ばせるために、貴重な戦力を割けるほど余裕のある場合などそうそうないからだ。時には護衛すらつかない場合もある。

 どれほど大規模な輸送隊であっても、まともな訓練を積んだ銃兵一個大隊に襲われれば、勝ち目などない。そして補給は軍隊の生命線だ。これが滞れば、たちまち軍は崩壊する。

 そしてまた、補給線は同時に、後方の上級司令部からの命令を前線へと伝える連絡線でもある。これを断ち切ってしまえば、前線における有利は圧倒的なものになるのだ。

 だが。ギュンターは今さらになって思った。

 考えてみれば、それは砲兵も同様ではないか。

 砲兵に白兵戦力を求めるのは無理がある。彼らは砲術の専門家であり、軍における学者集団と呼んでもいい。風向き、温度、湿度。様々な要因を検討して、放った砲弾を狙い通りの位置に落とすには、それだけの知識を学習し、技術を磨く必要があるのだ。小銃の振り回し方などを憶えている時間などない。

 彼らが操る野砲は確かに大きな脅威だが、目の前に立ってしまえばそれは問題にもならない。そして、そこまで近づいてしまえば。敵を撃ち殺し、突き殺し、殴り殺すための凶器として訓練された銃兵に、彼らでは太刀打ちできない。


 無論。何故これまで、砲兵隊が後方攪乱の目標とならなかったのかについては理由がある。敵陣の突破と、続く後方攪乱は騎兵の役割だったからだ。騎兵は砲兵と相性が悪い。爆音と周囲で炸裂する砲弾の齎す衝撃に耐えられる馬が少ないからだ。

 だから、騎兵部隊は普通、敵後方に入り込んだのちも砲兵陣地は迂回する。そもそも、馬の機動力があれば敵の連絡線を千々に引き裂くことなど容易なのだから。

 だが。第一擲弾戦闘団は、銃兵を中心とする部隊だ。騎兵のような機動力は無い。代わりに、人であるからこその隠密行動が可能になる。

 そして銃兵による敵陣後方への浸透突破など聞いたこともないが、彼らの指揮官は誰あろう、ヴィルハルト・シュルツだった。


「我々の主目標は、敵砲兵隊だ」

 第一擲弾戦闘団指揮官、ヴィルハルト・シュルツ中佐は恐ろしい目つきをさらに凶悪に歪めながら言った。それに、ギュンターの隣ではテオドールが舌なめずりしていた。

「新兵の訓練と合わせて、新品少尉たちも叩きなおす。重点的には」

「自主性、自立性、ともかく、本部から命令が途切れても独自の判断によって任務を完遂できるだけの精神力を養わせる」

 ヴィルハルトの発言を、テオドールが奪うように継いだ。

 ヴィルハルトは頷いた。

「難しいですな」

 ギュンターが不安そうにぽつりと漏らす。

「出来ないヤツは放り出す」

 ヴィルハルトが当然のように言った。

 それは恐らく、自分もなんだろうなとギュンターは思った。自分が、この男の求める能力を示せなければ、あっさりと首を切られるだろうと確信できた。

 困ったな。どう考えても、そちらの方が楽だ。そう思いながらも、この仕事を放りだすつもりのない自分に少し驚いた。

「お任せあれ、連隊長殿」

 テオドールは腰を浮かせると、仰々しい仕草でヴィルハルトに一礼した。

「二週間で、あの間抜け面の馬鹿どもを、少しは見られるような顔に変えて御覧にいれます」

「随分と大きく出たが、できなかったらどうするんだ」

「ご心配なく。できなかった連中は死にます」

 呆れ混じりに聞き返したヴィルハルトへ、彼は獰猛な笑みを浮かべながら応じた。流石に、と思ったのか。ヴィルハルトの背後に控えてきたカレンが、こほんと小さく咳払いをした。

 ここは自分が何か言うべきなのだろうなと思ったヴィルハルトは口を開いた。

「ヴェルナー曹長。訓練担当にくっついて、兵どもをどやしつけろ。それから、新入りの将校たちには気の利いた下士官を付けてやれ。彼らが居れば、連中も死なずに済むかもしれない」

 もちろん。それは彼らが下士官の言葉に耳を傾ければの話だが。

 心の中でそう続けながら、ヴィルハルトは机から碗を取り上げて、すっかり冷めてしまった茶を一口飲んだ。その間に、テオドールはさっさと部屋を出ていった。ヴェルナー曹長もその後に続く。ギュンターには残ってもらった。作戦担当である彼には、自分の考えている戦術をもっと詳しく説明する必要があるからだった。

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