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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第四幕 王都
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王都の日々 8

「それで、いったい、何をしにきたのだ」

 驚きを隠せない様子のハルディオと、何やらふさぎ込んでしまったウィンター夫人を食堂に残して、ヴィルハルトはカレンを連れて自室へと戻った。

 扉が閉まるなり、突き放すような声を出した彼に、カレンは背筋を正すと一通の封書を差し出した。

「こちらを。父、いえ、ディックホルスト大将からです」

「閣下から?」

 訝しみつつ封書を受け取ったヴィルハルトは、その中身にさっと目を通す。

「……君を、また副官に?」

 そして、呆れた声を漏らした。

「はい。中佐殿のお手伝いをせよと、仰せつかっています」

 彼女は頑なな声で、それに頷いた。

 ヴィルハルトはもう一度、ディックホルストからの手紙に目を落とした。

 文面には、彼に任された新部隊設立に関して、東部方面軍として出来る限りの支援を約束する代わりに、カレン・スピラ中尉を引き続き副官として使うようにと書かれている。

「人事局からの正式な辞令も出ています」

 その内容を後押しするように、カレンが言った。

 ヴィルハルトはしばし、彼女を無言で睨んだ。

 支援する代わりに彼女を副官に、というディックホルストの意図を彼は誤解しなかった。

 つまり、御目付役というわけか。

 ヴィルハルトは胸の中で舌打ちをした。

 確かに、彼は部隊を一から作らねばならない。だが、なにもかもを好きにできるわけではない。そういうことだった。


「俺が着任するのは七日後だぞ」

 考えるのも面倒になって、ヴィルハルトは封書を机の上に放りながら言った。

「必要ならば、身の回りの御世話もするようにと」

「必要ない」

 応じたカレンに、ヴィルハルトはにべもなかった。

「しかし……色々と御準備もあるでしょうし……」

「俺には軍務以外で、人を傅かせて喜ぶような趣味はない」

 平行線をたどる会話に、カレンは困ったように口をつぐんだ。同じような気分でヴィルハルトも彼女を睨む。翡翠色の瞳がそれを見つめ返した。そこには、縋りつくような光がある。

 それに気づいたヴィルハルトは深く溜息をついた。

 彼女も命じられてきたのだから、要らぬと言われれば困りもするだろうとは思うが。

「そもそも、来てもらったところで頼むことが何もない」

 彼は弁解するように口を開いた。

「それでしたら」

 ぱっとカレンが顔を上げる。

「ディックホルスト大将と、ブラウシュタイン大佐から大隊、いえ、戦闘団へ推薦されている将校たちの資料をお持ちしますから。事務仕事であれば、私もお役に立てると思います」

「休暇中に仕事をしようとは思わないのだが」

 煙草を咥えながら、ヴィルハルトが面倒そうに返す。

「とにかく。今日のところは何もないぞ」

「では、本日はご挨拶だけということで」

 そう事務的に頭を下げたカレンに、ヴィルハルトは呆れたように紫煙を吐き出した。


「明日、また参ります」

 去り際に、玄関まで見送りに出たヴィルハルトへカレンがそう告げた。

「ああ、いや……」

 必要ないと彼が答える前に、彼女はさっさと出て行ってしまう。

 ヴィルハルトは酷く疲れた顔で食堂へ戻った。そこで待っていたのは葬式もかくやと思われるほどに沈んだ面持ちのウィンター夫人と、彼女を気遣うように見つめている弟だった。

「あー……兄さん」

 恐る恐るといった口調で、ハルディオがヴィルハルトに訊いた。

「さっきの女性は、いったい……?」

「部下だ」

 ヴィルハルトは酷くぶっきらぼうに答えた。

「レーヴェンザールから引き続き、俺の副官を務めることになったから、挨拶に来たらしい」

「あの方も、戦場にいらっしゃったんですか」

 そこへ、ウィンター夫人の消え入りそうな声が響いた。

「ええ。まあ」

 どう応じて良いか分からず、ヴィルハルトは素直に頷いた。

「そう、そうだったんですね……」

 何故か、彼女はますます落ち込んでしまった。

「……大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが」

 見当違いなヴィルハルトの問いかけに、ウィンター夫人はご心配なく、と儚く笑う。その横では、ハルディオが盛大な溜息を吐き出していた。


「僕もそろそろ、帰らないと」

 しばらくして、ハルディオが思い出したように立ち上がった。

「そうか」

 見送ろうと、ヴィルハルトもそれに倣う。

「あ。そうだ、兄さん。教会にはもう、顔を出した?」

「……明日にでも、行こうかと思っていた」

 帰り支度をしながら訊いた弟に、ヴィルハルトは盗人が自白するような顔で答えた。

「そっか。きっと、マザーが心配しているだろうから、早めに行ってあげてよ」

 どこまでも邪気のないハルディオの声が、聖銀で出来た短剣のようにヴィルハルトの胸に突き刺さる。

「……分かった」

 血を吐くような小声で、彼は答えた。


 翌朝、カレンがまだ早い時刻にヴィルハルトの下宿を訪ねると、彼はすっかり支度を済ませて、出掛けるところだった。彼にとって弟との約束は、聖職者に下された神聖なる使命と同義であった。

「……おはようございます」

 驚いた様子で挨拶をした彼女に、ヴィルハルトは本当に来たのかと言いたげな顔を向ける。

「どちらに?」

「君には関係ない」

 言って、彼女と入れ違いになる形で玄関を出て行く。

「あ、お、お待ちください」

 その背中を、カレンは慌てたように引き止めた。手にしている資料の束をどうしようかと迷っている内に、ヴィルハルトは雑踏の中へ踏み出してしまう。彼女は諦めたように資料を玄関の隅に置いて、その後を追った。


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