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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第四幕 王都
158/202

王都の日々 6

 用件を終えてしまえば、これ以上この場所に留まる理由もない。人事局長室を後にしたヴィルハルトは、足早に外へ向かった。

 彼が士官学校の同期生、テオドール・クロイツと再会を果たしたのは、正面玄関へ通じる廊下の途中であった。

 およそ五年ぶりに顔を合わせた旧友二人はしばしの間、互いの顔をしげしげと眺め合った。

 やがて、先に口を開いたのはテオドールだった。

「よくも生きて還ってきやがったな、この野郎」

 開口一番に発せられたのは生還を祝う言葉でも、再会を祝したものでもなく、憎まれ口だった。

「どうした。こんなところで」

 対するヴィルハルトの言葉も五年間の空白を無視したものだった。

 彼は軍服姿の同期生を驚いたように眺めていた。

 ヴィルハルトの記憶にある限り、この同期生は士官学校卒業後の強制服役期間を終えたのちは、商会を営む実家に戻ったはずだった。クロイツ商会の若旦那はなかなかのやり手だという評判も、王都にいた頃はよく耳にしていた。

 それがなぜ、今さら軍服など着込んで軍務省の庁舎になどいるのか。

 彼の質問に、テオドールは顔を翳らせた。

 言うべきか否か。散々迷ったあとに、彼は絞り出すような声で白状した。

「現役復帰を願い出に来たのだ」

 その返答に、ヴィルハルトの驚きはますます大きくなる。

「貴様が? 軍隊など、二度とごめんだと言っていたじゃないか」

 予備役に編入する際、テオドールが吐き捨てた言葉をそっくりそのまま口に出す。

「貴様のせいだ」

 すると、彼はヴィルハルトに指を突きつけて、悔しそうに言った。

「貴様のせいで、俺は人生を掛けた大博打に負けたのだ。それも大穴で」

「……何の話だ?」

 訳が分からずヴィルハルトが聞き返すと、テオドールはいじけた子供のようにそっぽを向いた。

「貴様には関係ない」

「言っていることが無茶苦茶だぞ」

 この男が勝手なことを言い出すのは今に始まったことではないが、流石に意味が分からず、ヴィルハルトは呆れたように肩を落とした。

 テオドールもまた、自分が滅茶苦茶なことを言っている自覚はあるらしい。居心地悪そうに咳払いをすると言った。

「どの道、女王陛下が総動員を発令されたからな。いずれ軍に呼び戻されるのならば、せめて自分から、そう思ったのだ」

 言い訳染みた彼の言葉に、ヴィルハルトは苦笑した。実に彼らしい言い分だと思ったのだった。

 テオドール・クロイツという男は、ありとあらゆることを自分で決断せねば気が済まない性格なのだ。たとえ命令であっても、納得がゆかなければ唯々諾々と従うことはない。

 それが原因で現役の頃は上官たちから随分、嫌われていたらしい。

 無論、それだけが原因というわけではない。もう一つの大きな要因がある。

 しかし、将校としては優秀だった。

 その才能は、特に部隊の管理運用に秀でていた。実家が大商会で、その御曹司という生まれ故か。とにかく組織をどう扱い、どうやって維持、発展させてゆくべきなのかを理解しているのだろう。

 実際、彼が現役の頃に受け持った部隊の規律維持と練度攻城には凄まじいものがあった。

 実家が商会という点については、第41大隊からレーヴェンザール守備隊まで一貫して兵站担当士官を任せてきたエルヴィン・ライカもまた同様ではあるが、彼とテオドールでは格が違うと言って良い。

 と。そこまで考えたところで、ヴィルハルトは思い出したように目の前の同期生を見た。


「貴様、配置はもう決まっているのか」

「いま復帰を願い出てきたばかりだぞ。そんなにすぐ決まってたまるか」

 ヴィルハルトの質問に、テオドールは現世に残してきた多くのものを惜しむような顔で答えた。

「では、俺の部隊に来ないか」

 ヴィルハルトにとっては、何気ない一言のつもりだった。実際、部隊を一から作らねばならない今、その管理運用に長けた将校は喉から手が出るほど欲しい。

 しかし、それを聞かされたテオドールは信頼していた細君の不逞の現場を目の当たりにしたような表情を彼に向けた。

「冗談じゃない。貴様の部下にだけはなりたくない」

 吐き捨てるように言ったのは、ヴィルハルトが部下の将校をどう扱うのか知っているが故か。それとも、同期生から偉そうにされるのが嫌なのか。

 恐らく、そのどちらもだろうな。

 そんなことを考えながら、ヴィルハルトも顔を顰めながら応じた。

「俺だって嫌だ」

 傍から見れば、憎まれ口に憎まれ口で返しているだけのように見えるが、ヴィルハルトは本気だった。

 テオドール・クロイツという男は、他に選択肢がない限り絶対に部下になどしたくない男である。それは態度が尊大だとか、命令に一々噛みついてくるだとか、その程度の可愛らしい理由などではない。

 彼が現役だった頃。一度でも彼を受け持った上官たちが口を揃えて言ったという言葉をヴィルハルトは耳にしたことがある。

 戦意旺盛ではなく、戦意過剰。危険。あまりに危険。

 たとえ営庭でも軍剣以上の武装をさせるなと、連隊長直々の命令が下されたこともあるそうだ。命令が本人にではなく、その周囲に向けて発せられたものであることがこの話の肝でもある。

 実際、野砲など与えた時には大問題を起こした。戦場の空気を知るためと称して兵を蛸壺に入れ、その至近に砲弾を落としたのだ。結果、怪我人こそ出なかったものの、二名の兵士が使い物にならなくなった。まじかで砲弾が炸裂する恐怖に負けてしまったのだ。

 それ以降、中央軍ではたとえ訓練でも兵の近くに砲撃してはならないという規則が書き加えられていた。

 問題児と言えば、これ以上の問題児はいない。

 誰が好き好んで部下に持ちたいと思うのか。だが。


「使える将校が足りない」

 ヴィルハルトは言った。

「貴様なら、能力は問題ない」

 素行はともかくな。そう付け加えながら、ヴィルハルトは改めて同期生に向き直った。

「俺にとっても苦肉の策だ。駄目か」

 口にした言葉は、この男にとって土下座に等しいものだった。

 それが分かるからこそ、テオドールはむっつりと下唇を突き出した。決断を迷った時に見せる癖だった。

「……貴様の部隊と言ったな。あの凱旋式で率いていた連中か?」

 彼は確認するように尋ねた。

「いや、新しい大隊を貰った。新編で」

 ヴィルハルトはさっと応じた。新編だと付け加えたのは、つまり一から部隊を作らねばならないことを教えるためだった。

「中佐にもなって、まだ大隊長か」

 不満そうにテオドールが言う。

「まぁな」

 それにくすりと笑って、ヴィルハルトは言った。

「ただし。貰ったのは三つだ」

 囁かれたその言葉にテオドールは一瞬、愕然とした表情をみせた。それもすぐに消えて、面白がるような顔になる。

「なるほど。なるほどな……つまり、親父殿は大勝したと」

 呟いている言葉の意味は分からないが、もう一押しのようだと目算したヴィルハルトは、 ダメ押しの一言を口にした。

「貴様、予備役での階級はなんだ」

「中尉だ」

 意外にもテオドールは素直に答えた。

「大尉にしてやる」

 当然のようにヴィルハルトが言った。それを耳にしたテオドールは、諦めたように両手を打ち合わせた。商談成立ということだろう。

 近くを通りかかった軍務省の職員が何事かという目を二人に向けた。二対の凶悪な瞳に睨み返されて、そそくさとその場を後にする。

「よかろう」

 やがて、テオドールが了承の言葉を低く唸った。背筋を伸ばし、踵を打ち合わせる。

「気の進まないこと、この上ないが。貴様の下についてやる」

 言って、彼は十五の歳に叩き込まれた所作で、見事な敬礼を行なった。ヴィルハルトもまた、姿勢を正してそれを受ける。

「詳細は追って知らせる。着任は七日後、グロウラッド練兵場だ」

「承りました。中佐殿」


 互いに手を下ろしたところで、ヴィルハルトはさっと踵を返した。

 今のさっきだ。まだ、人事局長執務室の主は変わっていないだろう。

「おい、待て。シュルツ」

 その背中をテオドールが呼び止める。

「あと七日で、俺は貴様に一生頭を下げねばなくなるわけだが……」

 振り返ったヴィルハルトに、彼はもったいぶる様子で言った。

「その前に一度、対等な立場で文句を言わせろ」

 その申し出に、ヴィルハルトは特に嫌そうな風もなく頷く。

「では。二、三日中に、迎えをやる。どうせ、やることもないだろう貴様。ねぐらは変えておらんだろうな。ルイスバウムも呼ぶぞ。お前に言いたいことがあるらしいからな。二人で、一生分の文句を言ってやる」

 つまり、同期生同士、飲み会の誘いというわけだった。手早く確認を済ませると、テオドールは去っていった。

「……まぁ。聞くだけならタダか」

 その後ろ姿を見送りながら、ヴィルハルトは溜息ともつかない声でそう言った。




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