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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第四幕 王都
156/202

王都の日々 4

「兄さんも士官学校を出ているから、大陸史については大まかに知っていると思うけど。とにかく、この世界はなんていうかな、その時々の文化や思想、技術に対して、発想が先行し過ぎているような気がするんだ」

 どう言葉にしたら良いものかと、たどたどしく言葉を紡いだハルディオへ、ヴィルハルトは首を捻った。

「……発想が先行している、とは?」

「そうだね。特に、軍事面でそれは顕著だと思う」

 兄の質問に、弟は頷いて言った。

「兄さんにとっては当たり前のこと過ぎて、疑問に思わないのかもしれないけれど。例えば、軍隊の階級制なんかがその代表かな」

 ここで言葉を切ったハルディオは一度、茶で唇を湿らせてから続きを口にした。

「今や、大陸世界に置いて当たり前になっている階級制だけど、この発想はいったいどこからやってきたのかって言うのが、僕の疑問なんだ」

「初めに採用したのは〈帝国〉軍だな」

「うん」

 口を挟んだヴィルハルトに彼は頷いた。

「軍隊の階級制を作り出したのは〈帝国〉の初代皇帝だと言われているけれど、まぁ、あの国は皇帝の権威付けのためなら何でもするから、真実かどうかは怪しいんだけど……とにかく、それじゃあなぜ、初代皇帝はそうした制度を思いついたのかって、不思議に思ったことはない?」

 その質問にヴィルハルトは考え込むように、口元に手を当てた。まだ、なにが問題なのか分かっていない様子の彼を後押しするように、ハルディオが言葉を続ける。

「例えば、それ以前の軍隊はどうだったのかを思い出してみてよ」


 近代的軍隊が創設される以前の軍隊は、戦時にのみ編成されるものだった。

 指揮権を持つ者は王や貴族であり、彼らの家臣である騎士が下級指揮官を務め、兵は領民や傭兵によって構成されていた。

「この時代、領主によって率いられる部隊は全て連隊と呼ばれていた。けれど、その規模は数十人から数百人とまちまちだった。連隊の運営資金は全て領主が賄っていたからね。各領地の経済事情に左右されてしまうわけだ」

 ハルディオの言葉に、ヴィルハルトは頷いた。

「そして、常備軍が登場したのはおよそ二百年前。大陸戦乱期に、突如として歴史の表舞台へと躍り出たのが」

「〈帝国〉か」

 ヴィルハルトは呟いた。ハルディオはその通りと言うように、右手の人差し指を立てた。


 その頃の〈帝国〉は、北の荒れ地を領土に持つだけの小国だったと言われている。にも関わらず、突然、その名を大陸世界に轟かせたのには大きく二つの理由があった。

 一つは、いま述べた通り、史上初の国民から成る常備軍を創設したこと。

 各領主の下でまちまちだった部隊の規模を画一化し、軍隊という組織をより中央集権的な国家機構の一つとして昇華させた。この副産物として、旅団や師団といった連隊以上の規模を持つ編制単位が発明されることになる。

 また、常備軍はその誕生と同時に、これまでとは比べ物にならない数の職業軍人を産み出した。

 そのために作り上げられたのが、もう一つの理由として先ほどからハルディオの言っている、階級による指揮系用の整備、確立だ。

 ある意味で〈帝国〉がこれほどまでの大国に成長できた理由としては、これが最も大きいかもしれない。それまでは各貴族の利害関係によって左右されていた軍の目的を、一つに統一することに成功したのだ。

 つまり、〈帝国〉軍は戦いそのものを効率化したのだ。

 結果、遂には大陸の東過半をその版図に納めるだけの巨大国家へと成り上がった。

「しかし、この話というか、〈帝国〉の歴史の、どこがおかしいと言うんだ?」

 ここまで話したところで、ヴィルハルトはやはり首を捻った。

 理由があって、結果がある。彼にとってはそれだけの話であった。

「あー、いや、いま問題にしているのは〈帝国〉の歴史じゃなくて。この二つの仕組みが発明された経緯についてなんだ」


「考えてみてよ。本来であれば、新しい発想って言うのはさ、何らかの問題に対して、それを解決するための手段として考えだされるものでしょう? 軍事的に言えば、戦訓っていうのかな。ある戦いにおいて、採用された戦術や作戦のどこが優れ、なにが駄目だったのかを分析し、対策を講じて次の戦いに備える。それでも、人間が考え出したものには必ず、何かしらの欠陥がある。だから、何度も過ちや修正を重ねて、次第に完成させてゆく」

 話しているうちに興奮してきたのか、ハルディオは席を立つと部屋中を行ったり来たりし始めた。

「でも、〈帝国〉軍にはそれが無かった。いや、もしかしたら陰で努力していたのかもしれないけれど。でも、だとしても、あの軍事改革はあまりにも速やかかつ、効率的過ぎる。〈帝国〉軍が、現在の階級制度や常備軍を採用して二百年。今や世界中の軍隊で常識になったこの二つの制度は、各国の事情に合わせて多少の改変や改良がおこなわれてはいても、根本は何も変わっていない。僕の疑問はそこにあるんだ。本来ならば、長い時間をかけて精査され、完成されるべきところを、その過程を全部すっ飛ばして、最初から完璧なものを作り出すなんて、どう考えてもおかしい」

 まるで、何処かに答えがあったかのように。

 そう呟いて、彼は真剣な表情のまま黙り込んだ。

 話している内に、何か気付くところがあったのだろうか。

 そんな弟を見て、ヴィルハルトは思わず頬を緩めていた。別に揶揄しているわけではない。

 単純に、こうした弟の成長を垣間見ることに純粋な喜びを覚えているのだった。

「学校でも、お前はそんな感じなのか」

 思わず、彼は訪ねていた。その口調は酷く甘いものだった。

 ハルディオはハッと顔を上げて彼を見た。兄が微笑ましそうに自分を見つめていることに気付き、膨れたように唇を尖らせる。

「もう。茶化さないでよ。言葉足らずかもしれないけど、これでも結構真剣に考えてみた結果なんだ」

「茶化してなどいない」

 ヴィルハルトは真剣な顔で首を振った。それからふいに、にやりと口の端を吊り上げて言う。

「ただ。あまり生真面目過ぎると、何かと他人からは敬遠されてしまうぞ」

「兄さんがそれを言う?」

 今度は弟が兄を茶化す番だった。

 深夜のアパートに、兄弟の笑い声が響いた。


 ヴィルハルト・シュルツという人間は兄として、どこまでも弟に対して甘かった。

 軍人としての彼しか知らない者は信じないかもしれないが、わずかでも人間としての彼と接したことのある者なら逆に納得するだろう。

 ヴィルハルト・シュルツとは殺人者と聖人という、相反する人間性の極致をひたすらに反復し続けている男なのだから。



お待たせしております。

少なくとも、一月に一話は更新するので、お気を長くしてお付き合いください。

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