王都の日々 2
翌朝。前日とは違い、ヴィルハルトは雄鶏が第一声を上げるのと同時に目を開けた。
半ば無意識に身支度を整え、軍剣を腰に差す直前で、はてと動きを止める。何故、自分がこんなことをしているのかとようやく疑問に思ったからだった。
王都の外れ、第一近衛歩兵連隊の練兵場から響く起床喇叭の音色を遠くに聞きながら、自分もすっかり兵隊になってしまったものだなと自嘲した。
起きてしまった以上、何かしていないことには落ち着かない。下へ降り、驚いたようにヴィルハルトを見たウィンター夫人が用意した朝食を食べると、彼は何か手伝いが無いかと尋ねた。彼女は初めこそ遠慮しつつも、最後にはやや嬉しそうにちょうど男手の必要な仕事があったのだと、彼に幾つかの頼みごとをした。
ウィンター夫人に頼まれたのは、壊れた棚や建付けの悪くなった扉の修繕だった。それらを淡々とこなしつつ、軍務を離れてしまえば、驚くほど自分にはやることが無いのだったと、ヴィルハルトは思い出していた。
頼まれごとを全て終えてしまったヴィルハルトは、自室へ戻るとぼうっとして時間を過ごした。やらねばならないことは幾つかあったが、どうにもやる気が起きない。考えるべきことも無数にあるのだろうが、今はそのどれもが億劫だった。
結局、また酒でも飲んで眠ってしまおうかと思い立ち上がったところで、扉が叩かれた。
「失礼します、シュルツさん。お客様ですよ」
顔を覗かせたウィンター夫人が、贈り物を持ってきたような声で告げる。
「客?」
誰だ、とヴィルハルトは首を傾げた。また、軍務省から来た役人だろうかと思っている彼の前で、ウィンター夫人の背後から一人の青年が姿を現した。
「――兄さん」
その声を聞いた途端。ヴィルハルトの顔面に、恐らく彼の部下ですら一度としてみたことが無いだろう、甘い笑みが浮かんだ。
「ハルディオ」
彼は、その青年の名を呼んだ。それに、ハルディオ・シュルツは安堵とも歓喜ともつかない笑みを顔中に浮かべて、ヴィルハルトへ一歩近づいた。ウィンター夫人が気を利かせて、二人の間からそっと身を引いた。
やや癖のある短髪に、輝くような青い瞳。十七年前、幼かったヴィルハルトの両腕にすっぽりと治まっていた小さな赤子は今、彼よりも少し頭の位置が高くなっていた。
率直な性格であることを窺わせる、精悍な面立ちは最後に見た時よりも少し、凛々しくなっているように思えた。
「お帰り、兄さん」
「ああ。ただいま」
差し出された手を固く握り返して、ヴィルハルトは答えた。
更新頻度が遅く、まことに申し訳ないです。
エタらせることは絶対にないので、長い目でお待ちくだされば幸いです。
続きは来週。