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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
序幕 〈帝国〉軍襲来
15/202

15

 〈帝国〉軍が交易街ハンザを占領したのとほぼ同時刻、ヴィルハルト・シュルツ少佐率いる〈王国〉軍独立捜索第41大隊も、防衛を命じられた地点であるドライ川の東側渡河点へと到着した。

 西側を通る交易馬車が行き交う為に整備された本街道から折れて、森の中へ続く副道を進んだ先へ架かる小さな橋がそれであった。

 副道は最初こそ、大人が三人並べば一杯に埋まってしまう道幅しかなかったが、川へと近づくにつれて徐々に広がっていた。

 橋を中心にして漏斗のような形で広がる道を進むたび、ヴィルハルトは徐々に不機嫌な顔つきになっていった。

 彼が想像していたよりも広いのだった。

 特に、橋周辺は円周上に木々が切り開かれた跡があり、その気になれば一個大隊は楽に行動させる事が出来そうだった。

 農民が普段使いする道。防衛には小規模な部隊のみで十分とは、一体誰が言っていたか。


 無論、森がこういった形をしているのには理由があった。

 この橋の近くを使用する村々の住人たちが、仕事の合間に休憩を取ったり、水汲み場として使ったり、時には野宿をしたりと普段使いしているが故に、森の危険から距離を取ろうと伐採されていたのだった。

 そもそも、橋を作るための木材もまた、森から伐採されたものだ。

 つまり、まぁ、農民が普段使いするからこその広さがあった。


 この地点でのドライ川は、川幅は5ヤード程、水深は人の膝程度の深さしかない。

 しかし、そこへ架かる橋は、長さに反して幅だけは大きかった。

 馬車が二台は行き交えるほどの広さがあった。

 橋の先には緑の丘陵地帯が広がっている。

 〈王国〉東部では珍しくもない風景であった。

多くの兵士たちが緑を掘り起こして大量の土を積み上げている光景を除けば、だが。

彼らは大隊へ増援として送られた工兵たちだった。

ヴィルハルトは、彼らを大隊との合流を待たずに先行させていた。

工兵たちが動き回る川向こうの緑の丘には、茶色の線が幾つも走っている。

それらは銃弾から身を隠すための塹壕であった。すでに人の腰元辺りまでの深さがある。

壕の淵には、土嚢が積み上げられ、掩体が各所に構築され、砲座が据えられている。

穏やかな小川沿いの丘は、人の手により砲煙弾雨に耐え抜くための要塞へと姿を変えつつあった。


「築城作業の進捗は?」

 大隊本部として丘の北側に張られた天幕へ入るなり、ヴィルハルトはそこに居たオスカー・ウェスト大尉へ尋ねた。

「工兵隊長は、後三日あれば完璧に仕上げて見せると言っておりました。大隊長殿」

 彼はここ数日間、ずっとそうだったように、不機嫌の極地にある口調で答えた。

「二日で終わらせるよう言え。人手が足りないのならば、銃兵たちに手伝わせる」

 ヴィルハルトは彼の機嫌を無視して言った。

「はい。了解しました、大隊長殿」

 ウェストは表面上だけは丁寧な態度で応じた。

 表情だけがひたすら無機質だった。

「曹長、大隊の様子を見て来い。それと、ライカ中尉を呼べ」

「はい、大隊長殿」

 場の雰囲気を察して、天幕からさっと出ていったヴェルナー曹長を見送ると、ヴィルハルトはウェストへと視線を戻した。

「ウェスト大尉」

「はい。何でしょうか、大隊長殿」

 彼の返事に、ヴィルハルトは嫌そうな表情で背中をもぞもぞとさせた。

「君にそう言う態度を取られると寒気がする。将校たちの前では、口調も態度の今まで通りで良い。もちろん、十分に信頼のおける下士官の前でも。誰も文句は言わないだろう」

 ヴィルハルトがそう告げると、ウェストは長い時間をかけて重々しく息を吐き出した。

 その後で、ぎらりとヴィルハルトを睨みつける。

「どういう意味だ。俺に情けでも掛けているつもりか」

「違う。君の馬鹿丁寧な態度が、俺の精神衛生上、かなりよろしくないからだ」

「俺に比べればマシだ。貴様が俺よりも先に少佐? 何の冗談だ」

 ウェストの恨みの籠った声に、ヴィルハルトは溜息をついた。

「何度も言うように、俺が望んだ事では無い」

「それだ」

 ヴィルハルトの言葉に、ウェストは指を突きつけて言った。

「貴様の、その態度が何よりも気に食わん。士官学校の頃からそうだった。他人から与えられた何もかもに、嫌そうな顔をしやがる」

「それは」

 ヴィルハルトは咄嗟に反論できなかった。

 一瞬の逡巡は、彼の自弁の機会を永遠に奪った。

「大隊長殿、ライカ中尉をお連れしました」

 ヴェルナーが天幕の入り口から顔だけを出して伝えた。

 ヴィルハルトは頷いた。

「入れ」

 ライカ中尉が天幕に入る直前、ウェストがヴィルハルトにだけ聞こえる声で言った。

「おい、貴様。今回ばかりは遠慮するなよ」

 それはどういう意味かと尋ねる前に、ウェストは天幕を出ていってしまった。

 工兵隊長の下へ向かうつもりらしい。


「ウェスト大尉とのお話は終わりましたか、先輩」

 ヴィルハルトが大佐に成ろうとも、大将に成ろうとも態度を改めないだろう士官学校の後輩は、諧謔みをたっぷりと含んだ顔でそう尋ねた。

「相変わらず、機嫌が悪いようだ」

 ヴィルハルトはそれだけを答えた。

「まぁ、ウェスト大尉はあんな感じですが、大隊長は貴方ですよ。大隊全員、それだけは了解してます」

 エルヴィンは軽い口調でそんな事を言った。

 果たして自分は、その信頼に答えるだけの人間かなと、ヴィルハルトの頭を一瞬疑問がよぎった。

 すぐにその事について考える事を止める。そんな事に費やしている時間は無い。

「中尉、君を第2中隊長から解任し、兵站担当士官に任じる」

 担当士官とは、有体に言ってしまえば大隊以上の部隊に配置される参謀としての役割を果たす将校を指す。

 大陸世界の軍隊では、独自の参謀組織が編成されるのは旅団以上の規模を持つ部隊であり、そこに配属されるものを参謀、それ以下の部隊に配属される者を担当士官として呼び分けていた。

 規模と責任の大きさが違うだけで、実際にこなしている任務は大差ないにも関わらず、何故一々呼び方を変える必要があるのかと問えば、その制度を作り出した者たちでも明快な返答は出来ないだろう。

 結局、軍隊とは伝統と習慣によってたつ組織であると答えるより他に無い。

「ただちに交戦に必要な物資の量を計算しろ」

「もうやりました。ところで、第2中隊長は誰を?」

「ユンカース中尉に任せる」

 ヴィルハルトが上げたのは、先日大隊と合流したばかりの元独立銃兵第11旅団からの増援を率いてきた中尉の名だ。

 常に何かに悩んでいるような顔をしているが、元々は中央軍に居たらしく、軍務も人間関係も、それなりに卒なくこなす類の人物だった。

 そして、期待された以上の結果を出している。

 エルヴィンはヴィルハルトの人選に文句は無いようだった。

「ところで」

 彼は話題を切り替えた。

「爆薬を言われた通り確保しましたが……一体、何に使うつもりですか? 橋を爆破するにしても、この量はちょっと」

「それに関しては、俺もまだ確信していない。後で工兵隊長と相談した上で説明する」

「ははぁ、何か企んでいらっしゃるんですね」

 エルヴィンはにやりと笑った。

「まぁ、弾薬砲弾の類はかなりの量を守備隊から融通してもらいましたので、よっぽどありますよ。一合戦と言わず、二度か三度は出来る程。平時最低備蓄法様様と言ったところですね」

 エルヴィンの口にした、平時最低備蓄法とは〈王国〉の国民皆兵制度を象徴する最たるものであった。

 〈王国〉建国直後の、戦乱を乗り越えて間もない頃に制定された法律であり、戦時に備えて備蓄するべき物資の最低量を定めている。

 戦時となれば予備役にある者たちを現役に復帰させて兵力を増強する事となる為、このような制度は無論、他の大陸各国にも同様のものがある。

 となれば、国民皆兵を標榜する〈王国〉にあって、その最低備蓄量が他国のそれとは比較にならない量であるというのは何も不思議な事では無かった。

 ただし、長い平和の間、年々厳しくなる国家財政の金食い虫でもあるこの法律が今日に至るまで改正の手を逃れてきたのには、〈王国〉が先人からの戦訓を大切に保持し続けてきたからと言うよりも、軍需産業に関わる軍閥の貴族議員たちによって強引に守られてきたからでもある。

 まぁ、つまり国家を守るためと言うよりも貴族たちの既得権益を守るための法律に成り果てていたのだった。

 当然、そのような事情を知っているエルヴィンの顔には微妙な表情が浮かんでいた。

「まぁ、役には立っているな」

 ヴィルハルトは単純に評価した。

 元々、彼にはこれと言った政治的信念は無い。批判する言葉も思いつかなかった。

「他には何か?」

「いや、無い。作業の様子を見てくる」

 ヴィルハルトは天幕から出ようとするその前に、ヴェルナーが駆けこんできた。

 酷く慌てた様子だった。

「失礼します、大隊長殿」

「どうした」

「警戒に着いている第3中隊から伝令です」

「何があった」

「敵です」

 報告を耳にしたヴィルハルトは即座に、エルヴィンとヴェルナーに着いて来いと命じた。

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― 新着の感想 ―
転生とか魔法とかチートとか悪役令嬢とかじゃなくて こう言う架空戦記モノが読みたかったんですよ! ありがとうございます!
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