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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第四幕 王都
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軍状報告 3

「兵力差は言うに及ばず。その練度、士気の高さ。優秀な参謀組織による、卓越した作戦指導。挙げればきりがありませんが、我が軍と比べて何よりも勝っているのが火力、鉄量の差です」

 女王と国家重臣の居並ぶ前であっても、いや、或いは魔王の御前であっても変わることの無いだろう声で、ヴィルハルトは自らの属する軍と〈帝国〉軍の間に横たわる圧倒的な格差を並べ立てていった。


 〈帝国〉軍が火力を重視する軍隊であることは、大陸世界では常識である。

 だが、そのことを知っているのと実際に体験するのでは天地の差があった。

 レーヴェンザールでもそうだった。要塞に籠っていたのはこちらであるにも関わらず、〈帝国〉軍は終始、守備隊を火力でも圧倒してみせた。

 レーヴェンザール守備隊の迎撃準備は確かに、完璧とは言い難いものではあった。それでもヴィルハルトはかき集められるだけの火砲をかき集めたのだ。あの戦場で彼が運用した火力は〈王国〉軍史上でも類を見ないほどに強力なものだった。

 それでもなお、〈帝国〉軍の有する鉄量には届かなかった。

 下手をすれば、〈帝国〉軍の一個師団が保有している火力は、そこらの小国が保有している全火力と同等か、それ以上かもしれない。


「そんなことは分かっておるわ」

 ヴィルハルトがそこまで説明したところで、ローゼンバインが悔しそうな声を漏らした。

「だからこそ今、我が国の軍需工場は昼夜を無くして操業している。概算ではあるが今月末までに野砲120門、軽砲300門、擲弾砲1000門が軍に納められるはずだ」

「それはなんとも心強いお話ですね」

 ヴィルハルトは彼木の枝に残った最後の一葉を眺めている病人のような態度でそれに応じた。

「確かに。それだけの砲を一か所に集中させることができれば、あの〈帝国〉軍とまともに殴り合えるでしょう」

 その言葉に、軍人側から一斉に呻くような声が漏れた。

 その通りだな。

 軍人の末端に立つディックホルストは嘆息とも失笑ともつかぬ息を漏らしながら思った。

 そうなのだ。たとえ、100門の火砲が新たに増強されたところで、今度はそれをあちらへ5門、こちらへ10門といったように振り分けねばならない。一か所に纏めて運用できるわけではないのだ。そうでなければ、防衛線は意味を成さない。

 ただし。と、ヴィルハルトが胸の中で呟いた時だった。


「それでは」

 報告を聞いて、それまでずっと考え込むような表情を浮かべていたアリシアが口を開いた。ヴィルハルトの胸の内を呼んだかのように、尋ねる。

「貴方には、何か考えがあるのではないですか。シュルツ中佐?」

 期待に満ちた眼差しをヴィルハルトに向けつつ、彼女はどこか確信しているような声でそう訊いた。

「考えと呼べるほどのものは」

 ヴィルハルトははぐらかすように答えた。

「ただの思いつきのようなものです」

「それでも構いません。聞かせてください」

 ヴィルハルトはいじけたようにそっぽを向いた。どう考えても、自分の思いつきがろくでもない考えであることを自覚しているからだった。

「中佐」

 アリシアが彼を呼んだ。命令するような響きがある。

 ヴィルハルトは小さく息を吐いた。

 この姫様、いつの間にか君主らしくなったじゃないかと思っている。誰の影響であるのかまでは考えなかった。

「……自分が、レーヴェンザールでやった戦い方と同じです」

「それは……つまり、どういうことでしょうか?」

 女王はさらに聞き返した。ヴィルハルトは観念したように説明を始めた。

 それはレーヴェンザールから決死の脱出を行った後、友軍の下へ生還した頃からずっと考えていたことだった。


 レーヴェンザールを巡る戦いにおいて結果的に敗北したとは言え、守備隊は〈帝国〉軍に夥しい出血を強いた。どう少なく見積もっても、攻城戦に参加した〈帝国〉軍部隊の内、一個師団は丸々壊滅させたはずだった。

 別にヴィルハルトはその戦果を誇っているわけではない。彼はむしろ、それをただ一つの事実、戦いの結果として見做している。

 故に、彼はその結果を招いた要因をどこまでも客観的に分析した。

 その為に、まずは自分の行った戦術を再度見直した。

 レーヴェンザールで彼は、手持ちの火砲全てを集中的に運用させた。それによって、局地的ではあれ、守備隊は〈帝国〉軍の砲兵隊とも互角に殴りあい、結果として〈帝国〉軍へ大損害を与えている。

 寄せ集めに過ぎなかったレーヴェンザール守備隊では、そもそも砲兵ですらない者たちが砲を操っていたというにである。

 つまり、一定以上の火力を集中させることができれば砲そのものの性能はともかくとして、練度の差は補うことができるということだった。


 そして、もう一つ。守備隊の挙げた戦果はすべて、〈帝国〉軍がレーヴェンザールという一都市の攻略に固執したが故に達成できたものであるということだった。

 ヴィルハルトはむしろ、火力集中云々よりもこちらの方が重要であると判断していた。

 もしも敵が軍事上の常識に則って、レーヴェンザールを攻略ではなく迂回する選択をしていたとしたら、そもそもあの激戦は起こらなかったのだから。

 勝利に見合わないほど数多くの犠牲を出してまで引き下がらなかった理由を正確に推察することまではできないが、まぁ、最後は意地になっていたのだろうと予想が付く。


「火力の集中運用。そして、敵がその場での勝利に執着したこと。これが、我々レーヴェンザール守備隊の挙げた戦果の主な要因であると考えられます」

 ヴィルハルトはこれまでの説明をそう纏めると、改めて顔を上げた。

「であるならば」

 そして、彼は言った。碌でもないことを。

「もう一度、同じような状況を用意すれば良いのではないかと自分は考えました。〈帝国〉軍がたとえどれほどの損害を払ってでも攻略すべき価値のある目標を用意して、こちらはそれを全力で守る。問題は、その為に我々も他の全てを捨てなければならないということです。敵と互角に渡り合うには、我が軍の全戦力をその戦場に集中させる必要がありますから」

「貴様……自分が何を言っているのか、分かっているのか?」

 どこまでも淡々と言い切ったヴィルハルトに、顔を青白く染めたローゼンバインが慄くような声を出した。彼の両側に並ぶ者たちも、ヴィルハルトへ正気を疑うような目を向けている。ディックホルストですら、鼻白んでいるようだった。

「貴様が言っているのはつまり……この王都を戦場にするということだぞ!?」

「はい。ですから、そのように申し上げております」

 叫ぶように言ったローゼンバインに、ヴィルハルトは当然のような顔で頷いてみせた。

 そこでようやく、ヴィルハルトの話の全容を理解した文官側からも動揺しているようなざわめきが起こる。

 その一切を無視して、ヴィルハルトは女王へ顔を向けた。

「〈帝国〉軍にとって、何よりも高価値かつ如何なる損害を支払ってでも攻略すべき目標は今、この国に二つあります。一つはフェルゼン大橋。あの橋を確保できなければ、〈帝国〉軍は我が国の西部へと侵攻できないからです。大河を渡るために船を使うという手もありますが、大方、敵は我が国の南にあるオスタニア公国と船舶部隊を動かさない代わりに戦争には口出しさせないとでもいう密約を交わしているのでしょう」

「そこまで知っておったか」

 ヴィルハルトの言葉を聞いて文官側から、外務大臣のミュフリンクが感心したような声をあげた。

 彼の知る限り、〈帝国〉軍とオスタニア公国の密約についての情報が齎された時、ヴィルハルトはレーヴェンザールで敵の大部隊に囲まれていたはずだった。

 次の瞬間には、どこから知ったのかを疑った。そういえば、ルイスバウム家の息子とこの中佐は士官学校で同期だったことを思い出す。

 しかし、ヴィルハルトはミュフリンクの疑念を蹴とばすようにあっさりと答えた。

「少し考えれば、誰にでも分かることです。でなければ、開戦からこの方、〈帝国〉軍の船舶部隊が大河を下ってこないことに理由が付きません」

 彼はむしろ、この程度のことも思い至らないのかと言わんばかりに女王の重臣たちを見渡していた。ローゼンバインを筆頭にした軍人たちはともかくとして、文官たちにはわずかに残っていた彼への好意が一欠けらも余さずに蒸散したのはこの時だったかもしれない。

 ただ二人だけ例外はいた。

 一人はもちろん、ディックホルストだった。彼はこの中では最もヴィルハルトとの付き合いが長い。今さら、少しばかり礼を失した態度を取られたところでどこ吹く風だった。

 もう一人は文官側の末席にいる、内務大臣代理のバルゲンディート男爵だった。彼はむしろ面白がるような瞳をヴィルハルトへ向けていた。


「……それならば、フェルゼン大橋でも条件は同じでは?」

 誰もが沈黙している中で尋ねたのは女王だった。ヴィルハルトは首を横に振った。

「いえ。大いに違います」

 流石に、王都を戦場にするという案を聞いて動揺していたらしい彼女へ止めを刺すような声だった。

「何故ならば、たとえオスタニア公国と密約を結んでいるからといって、〈帝国〉軍が絶対に船舶部隊を動かさないという確証はないからです。むしろ、戦況が悪化すればあっさりとその密約を反故にするかもしれない。〈帝国〉が他国と結んだ条約をどれほど軽視してきたのか、歴史がそれを証明しています。……皇帝の気分一つで法律が変わる国ですからね」

 最後に、肩を竦めながらそう言ったヴィルハルトへ反論する者は皆無だった。少なくとも、〈帝国〉に関する限り彼の語ったことは真実であるからだった。

「敵が船舶部隊を動かせば全て終わりです。大河を渡られてしまえば、橋を守ったところで無意味ですから。ならばやはり、王都ここしかない」

 断言するように、彼は言った。

「……背水の陣というわけか」

 誰かが皮肉を言うように囁いた。財務大臣のシュタウゲン伯爵だった。

「あれは別動隊があって初めて成立する戦術です」

 ヴィルハルトは女王へ身体を向けたまま、聞こえてきた声に答えた。その声は反論しているというよりも、からかっているような響きがあった。

「この場合は敵中孤立、四面楚歌とでも言ったところかと。ああ、いや……」

 言っている間に、もう一つ思いついたことがあった。しかし、ヴィルハルトはそれを顔に出さなかった。

「むしろ、国家の興廃を賭けた一大決戦とでも言うべきかと」

 そう言いなおすふりをして、彼はいま思いついたことを胸の深くへと沈めた。楽しみの一つくらいは取っておかなければという気分だった。

「王都を戦場に、全戦力を集中した長期消耗戦で〈帝国〉軍に出血を強いる。それが、貴方の考えなのですね」

 アリシアがこれまでの話を纏めた。

「戦略的劣勢を覆すのならば、その程度の無茶はしなければ。もちろん、その前に我が国民の血が枯渇するかもしれませんが」

 ヴィルハルトは軽口を言うように応じた。その直後、踵を打ち鳴らすと背筋を伸ばした。

「しかし、陛下は言っておられました。戦うことを望むと。であるならば、我々は何処までも戦わねばなりません。たとえ、王都を火の海にしようとも」

 彼の言葉は、アリシアの胸を貫いた。

 ようやく、自分が口にした言葉の重大さを思い知ったのだった。

 彼女は白んだ頬へ手を添えた。数ヶ月分の疲労が一挙に押しかけてきたような感覚。

 まさか、こんなことになるなんて。

 そう思った瞬間、自分の思考がおかしいことに気付く。

 そもそも、私は何故、この人をここへ呼んだのだろうか。軍状報告であれば、すでに提出されているにも関わらず。彼の考えを聞きたかったから?

 もしかしたなら、この人ならばなにか、あの〈帝国〉軍を打倒す、奇跡のような策を思いついているかもしれないと思って?

 そんなもの、あるはずもないのに。

 いつまで夢見る乙女でいるつもりなのだ、私は。早く大人にならなければ。

 そう思えば、ヴィルハルトが最後に口にした言葉は現実を見ろという、彼女への叱責だったのかもしれない。

「ありがとうございます、シュルツ中佐」

 アリシアはゆっくりと、口を開いた。

「ええ。私は言いました。戦うことを望むと。そのための、一つの考えとして。今のお話は参考にさせていただきます」

 決意を改めるように、彼女は胸を張ってヴィルハルトを見た。彼は値踏みをするような瞳で彼女を見ていた。恐らく、自分を試しているのだろうとアリシアには分かった。

 私が、自らの手を血で汚すような決断ができるかどうか。

 彼女は迷った。

「……今日は、ここまでにしましょう。お疲れさまでした、シュルツ中佐。しばらくは、王都でゆっくりと、戦いの疲れを癒してください。他の皆さまも、お疲れさまでした」

 ああ。結局。

 私は今日も、決断することができなかった。

 アリシアは胸の中でそう、自分を罵った。

続きは来週。

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