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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第四幕 王都
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軍状報告 2

 ファルケンハイムの案内に従って通されたのは謁見の間だった。

 両開きの大きな扉の前へ立たされたヴィルハルトは、これに少なからぬ驚きを覚えた。

 謁見の間、玉座の間とも呼称されるそこは、普段ならば重大な国事や儀式、或いは他国からの国賓を迎える時以外に使われることは少ないからだ。臣下を迎えるため、それも自分のような一軍人からの軍状報告を聞くためであれば、この部屋とは別に用意されている応接の間で十分、事足りるはずだった。

 それについて尋ねるようにファルケンハイムへ視線を向けてみたが、彼はなんとも複雑そうな表情を返しただけだった。

 疑問も解けぬうちに、部屋の警護に就いていた近衛騎士が入室の許しを出した。

「〈王国〉軍中佐、ヴィルハルト・シュルツ殿です!」

 彼はヴィルハルトの名を呼ばわりながら、謁見の間の扉をゆっくりと開いた。


 そこには、すでに女王の姿があった。

 新雪のような白い髪の一房を青い飾り紐で結い、深い濃紺の礼服で身を包んだ彼女は部屋の奥、二段ほど床の高くなっている場所に置かれた玉座に座り、彼を待っていた。

 そして、ヴィルハルトの立つ部屋の入口から女王の座る玉座までの間に敷かれた青い絨毯の左右には、昼間の凱旋式で来賓席に座っていたのと同じ顔触れが揃っていた。

 ヴィルハルトは視線だけを動かして、さっとその面々を見回した。

 なるほどなと思う。

 玉座から見て右側には軍務大臣、三軍の司令官を始めとした〈王国〉軍の重鎮たち。左側には王の諮問機関たる執政府を構成する大臣たちが。まさに〈王国〉の文武百冠が総出で自分を待っていたわけか。

 これでは、応接の間では手狭だったのだろう。


 入り口で立ち止まっていたヴィルハルトの背中へ、ファルケンハイムがさあ、と促すように声を掛けた。彼はゆっくりと青い絨毯の上に踏み込んだ。それを見て、ファルケンハイムは静かに部屋の壁際へと移動した。

 この謁見の間は王宮の一階部分のほとんどを占めるほど広い部屋である。玉座までは、三十歩ほどの距離があった。

 ヴィルハルトはその距離を、左右から様々な想いの込められた視線に晒されつつ進んだ。次第に、女王の表情がしっかりと見えてくる。彼女はどこか、待ちきれないような笑みを浮かべつつ彼を待っていた。

 女王の前へ辿り着いた彼は足を止めると、その場で片膝を突き、首を垂れた。

「どうぞ、お顔を上げてください」

 臣下の礼を捧げたヴィルハルトへ、女王は丁寧な声で応じた。

 言われるがままに彼が顔を上げると、そこには年相応の、花の綻ぶような笑みを湛えたアリシア・フォン・ホーエンツェルンの顔があった。

「こうして直接、言葉を交わすのは随分と久しぶりのように思います。大隊監督官殿」

 彼女は悪戯っぽい口調で、ヴィルハルトをそう呼んだ。

「およそ一年ぶりですか、ホーエンツェルン少尉」

 ヴィルハルトはそれに、気の抜けた声で答えた。アリシアがますます嬉しそうに相好を崩す。

 ヴィルハルトは彼女の顔から視線を彷徨わせた。玉座の背後、二階まで吹き抜けになった高い天井から下げられている、〈王国〉王家の紋章である大百合の描かれた垂れ幕へぼんやりと焦点を合わせる。

 ヴィルハルトがあまり人と視線を合わせようとしないことを憶えているアリシアは、彼の態度を気にしなかった。しかし、彼女が続けて口を開こうとしたところで、その左側から重苦しい咳払いが響いた。

「陛下」

 宰相、エスターライヒだった。彼は小さくも、厳かさを一切失わない口調で女王へ囁いた。

「臣下の者と親しく言葉を交わすのは構いませんが、場を弁えていただきたく存じます」

 その声には、わずかに叱るような響きがあった。エスターライヒの視線は、玉座を挟んで並ぶ〈王国〉軍の重鎮たちへ向けられている。

「失礼しました」

 エスターライヒの言わんとするところを察して、アリシアはこほんと咳払いをしてから、改めてヴィルハルトへと向き直った。次に彼女の口から出た声は、感情を交えない、厳かさと気品差に満ちたものだった。

「シュルツ中佐。先のレーヴェンザールでの防衛戦は、まことにお疲れさまでした。辛い戦いだっただろうとお察しします。そして、急の呼び出しに答えていただき感謝します」

「陛下の藩屏たる軍将校として責務を果たしただけです」

 ヴィルハルトは現在、自分の置かれている状況を丸で無視するような気楽さでそれに応じた。その受け答えに、アリシアは引き締めたはずの頬がわずかに緩むのを自覚した。

 恐らく、彼はこのままの態度であの激戦も指揮を執ったのだろうと容易に想像がついたからだった。

「今夜、貴方をお呼び立てしたのは他でもありません。我が軍で最も、〈帝国〉軍と苛烈かつ豊富な戦闘経験を持つ将校である貴方が戦場で見聞きした真実、感じたことを、その口から直接お聞きしたいと思ったからです」

 女王はそこで一度、言葉を切った。どう尋ねるべきかどうか迷っている。そんな顔だった。

 しかし、それも一瞬だった。彼女は意を決したように口を開いた。

「シュルツ中佐、貴方から見て、この〈帝国〉軍との戦争をどう思いますか。率直な言葉で構いません。聞かせてください」

 その質問に、ヴィルハルトはほとんど考えることもなく答えた。

「大前提として。〈帝国〉軍に勝利することはやはり、不可能であると言わざるを得ません」

「中佐!!」

 彼の率直に過ぎる一言に、玉座の右側から叱責の声が飛んだ。

 〈王国〉軍総司令官と中央軍の司令官を兼任するローゼンバインだった。

「〈王国〉軍人ならば、言葉を選ばんか! 陛下は……」

「陛下は、自分に率直な言葉を使うよう仰せになられました。であるから、自分はその通りにしたまでです」

 彼の怒声を遮るように、ヴィルハルトは少し声を張った。

 アリシアはまったく動じていなかった。むしろ、自分の知っている大隊監督官であれば、その程度のことは当然のように口にするだろうと思っていた。

 一方のローゼンバインは、一中佐から取られた態度に絶句していた。彼の左右に並ぶ軍務大臣のグライフェンや、西部方面軍司令官のバッハシュタインも不快そうに眉を顰めている。ただ一人、軍人側では一番端に立たされているディックホルストだけが涼しい顔をしていた。

 ヴィルハルトは邪魔者が黙り込んだ隙を突くように、淡々とした声で先を続けた。

「やはり、〈帝国〉軍は強力無比です。大陸世界の東半分を支配しているだけはある。分かりきっていたことではありますが、レーヴェンザールで改めて思い知らされました」

「それは具体的に、どのように?」

 反論の素振りを見せたローゼンバインを片手で制しながら、女王が尋ねた。

遅れました。続きは来週!

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