軍状報告 1
ヴィルハルトを乗せた馬車が王宮へと辿り着いたのは、足の速い秋の太陽が西の方に沈み始めた頃合いであった。とはいっても、東と南北、三つの大通りが交差する王都中央広場から丘の上の王宮へと伸びる坂道には馬車を入れることができないため、そこからは徒歩で登らねばならない。
坂道を登りきると、レーヴェンザールと比べれば遥かに小さいが、施された彫刻の華美さでは勝るとも劣らない城門の前で、警備に就いている近衛兵たちへ官姓名を告げる。
迎えはすぐにやってきた。ヴィルハルトを出迎えたのは、嫌になるほど美形な、若い近衛騎士であった。
「お待ちしていました、中佐殿。ご足労をおかけして申し訳ない。私は女王陛下お付の筆頭騎士を務めております、レオハルト・ファルケンハイムと申します」
門の両脇に煌々と焚かれている松明の灯りを浴びて、燃えるように輝く金髪の下で、王都中の女性を虜にさせるような快活な笑みを浮かべながら、彼はヴィルハルトへ右手を差し出した。
「ヴィルハルト・シュルツです」
ヴィルハルトは素っ気なく名乗ると、彼の手を握り返した。
「まさに、激戦を戦われましたね」
誠実さと清廉さを兼ね揃えた顔に、さらにヴィルハルトへの敬意を付け加えてファルケンハイムは言った。
「結果、随分と多くの者を死なせることになりましたが」
彼の視線を受けて、どこかいたたまれない気持ちになったヴィルハルトは視線を虚空へと動かしつつ応じた。ファルケンハイムはその言葉に少し考え込むような顔を浮かべた後で、彼を王宮の中へと招き入れた。
「申し訳ありませんが、中佐殿。城の中へ入る前に、ここでお腰のものをお預かりします」
城門と内門の間に設けられている近衛騎士団の詰め所前で、ファルケンハイムは申し訳なさそうに言った。
武装したまま王宮へ入ることが許されているのは近衛騎士団に属する者のみであるから、ヴィルハルトはそれに素直に従った。彼が何も言わずに帯革に吊っていた軍剣と短銃を従騎士へ手渡したのを見て、ファルケンハイムは随分とほっとした様子だった。
それを横目で観察していたヴィルハルトは、恐らく、この決まりに文句をつける軍人が多いのだろうなと予想した。
ちょっとした悪戯心が芽生える。
「ご理解いただきありがとうございます。さ、それでは……」
先を促すファルケンハイムを追い、内門を潜りかけたところでヴィルハルトは思い出したように声を出した。
「ああ、そうだ」
先ほど軍剣と短銃を預けた従騎士へ振り返る。
「申し訳ない、こちらを忘れていた」
言って、ヴィルハルトは背中に隠し持っていたもう一丁の短銃を抜き取って、彼へ手渡した。
予備の弾薬と火薬を満載した弾薬盒も同様に、従騎士が差し出している両手の上に乗せる。従騎士は両手に掛かるその重さに、戸惑うような目を彼へ向けていた。
「戦場での生活が長かったせいか、身体の一部のようになっていてね。すっかり失念していた」
白々しく、詫びるような言葉を口にしつつヴィルハルトが振り向くと、ファルケンハイムは何と言ったら良いものかという表情を彼へ向けていた。大方、身体検査をするべきかどうかを考えているのだろう。ヴィルハルトの見せた態度が、演技としては完璧であったことも判断を迷わせているようだった。
「……他に、武器はお持ちではないですね?」
咳払いとともに、ファルケンハイムが確かめるように尋ねた。ヴィルハルトは頷いた。
「ええ。これですべてです。うん、随分と身体が軽くなった」
答えつつ、帯革を締め直したヴィルハルトを見つめるファルケンハイムの瞳には、先ほどまでとは違う感情が混じっていた。そのことに気付いたヴィルハルトは、内心でちろりと舌を出した。
他者から向けられる無条件の敬意ほど迷惑なものはない。
ファルケンハイムのような清廉潔癖な人物からとなれば特に。それは裏切りを許さない期待のようなものだ。一度でも期待に背けば、それは瞬く間に軽蔑へとすり替わる。
ならば、どこまでが正気なのかを疑われていた方がずっとマシだった。
他人の正気を測る物差しは人によって長さが違う。狂気の尺度もまた同様に。そうでありながら、なぜか人は誰もが自分と同じ定規を持っていると思い込む。
ヴィルハルトから見て、ファルケンハイムはまさにそんな人物の筆頭であった。
要は生き方の違いなのですよ。
ヴィルハルトは心の中で、この若い近衛騎士へ語り掛けた。
誰もが騎士たちのように、誇りや名誉に生きているわけではないのです。
続きは来週!
平成が終わり、令和になった後の世も拙作をよろしくお願い申し上げます。