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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第四幕 王都
144/202

レーヴェンザール臨時守備隊解散式 1

 女王の演説によって、国民の間に吹き荒れた熱狂の嵐が去った後。彼女に続いて、〈王国〉執政府を代表して宰相エスターライヒが、そして軍を代表して軍務大臣、エーリッヒ・フォン・グライフェン大将がそれぞれ登壇した。

 内容自体は、女王の語ったものとさして変わりはない。守備隊の奮戦を称え、戦没者を悼む。ただし、女王のそれと比べれば、彼らの言葉は遥かに形式的なものであった。

 それが終わると、守備隊は再び行進を始めた。

 先ほど通り過ぎてきた東大通りではなく、北大通りへと足を向けて王都北門を目指す。熱気冷めやらぬ市民たちに背を向けて、守備隊は王都を後にした。

 その後、守備隊は北門を抜けてすぐ先に広がる、〈王国〉中央軍の近衛騎兵第一連隊が駐屯している練兵場へとやってきた。

 そこで、この臨時部隊の解散式を執り行うためであった。


 史上最大の激戦を戦った英雄たちの部隊。その解散式は、先ほどまでの華々しかった凱旋式と比べれば遥かにささやかなものだった。

 これと言った来賓もなく(騎兵連隊はこの日のために駐屯地を空にしているらしく、衛門で彼らを出迎えた衛兵司令の中尉以外に誰の姿も見えなかった)、会場である練兵場の営庭に用意されていたのは閲兵台が一つだけと、役目を終えた部隊に対して軍や執政府が何らの未練も残していないことを示すには十分な扱いと言えるだろう。


 自分たち以外に誰も居ない営庭で、しかし守備隊は隊列を組んだまま、行進を続けていた。

 既に列から離れたヴィルハルトは一人、閲兵台の上に立ってその様子を見守っていた。その口元には、この男にしては珍しく何かを面白がるような笑みが浮かんでいる。

 やはり、守備隊の行進は整然などとは程遠かった。踏み出す足の左右がどうにかそろってはいるが、逆に言えばただそれだけである。

 つまりは、これがあの戦場で自分に与えられたすべてだったのだと、今さらながらに思っているのだった。

 行進一つとっても覚束ない、敗残兵と落伍兵と、志願兵の寄せ集め。しかし、その彼らこそが自分とともに、この〈王国〉におけるもっとも過酷な戦場を戦い抜いた。

 なんともまったく。よくもまぁ。感心すべきか、呆れるべきか。どちらにせよ、兵にとっては迷惑なことこの上なかっただろう。


 隊列を先導しているのは、守備隊主席士官に任じていたエミール・ギュンター大尉だった。

 彼のすぐ後ろでは、守備隊最先任曹長のヴェルナーが苦々しげな表情を浮かべながらそれに従っている。恐らく、守備隊の行進っぷりに一言も二言もあるのだろうとヴィルハルトには分かった。

 営庭を一巡りしてから、守備隊の隊列はヴィルハルトの立つ閲兵台の前で停止した。整列した兵たちの前に、将校が進み出てくる。

 予備隊の訓練担当兼指揮官であったアレクシア・カロリング大尉。守備隊兵站担当士官、エルヴィン・ライカ中尉。正面陣地放棄後は、市街戦の指揮を執ったエルンスト・ユンカース中尉。

 下士官たちが小うるさく列を整えている間に、ヴィルハルトは彼らの顔をゆっくりと見回した。守備隊の司令部にいた将校で、生き残ったのは彼らだけであった。司令付の副官であったカレン・スピラ中尉はヴィルハルトとともに隊列から離れて、今は彼の立つ閲兵台の背後に控えている。

 やがて、ギュンターが捧げ筒の号令をかけた。どうにもちぐはぐな、統一感の無い動きで兵たちが背筋を伸ばし、着剣された小銃の切先を天へと突きあげる。

 ヴィルハルトはそれらを睥睨しつつ答礼すると、手を下ろした。ゆっくりと口を開く。


「諸君、レーヴェンザール臨時守備隊は本日をもって、その任務を完遂した」

 静かな声だった。しかし、張り詰めた静けさに満ちている営庭に響くには十分な声量であった。

「よって、現時刻をもってレーヴェンザール臨時守備隊は解散となる。諸君らには今日より、十日間の賜暇が与えられる。その後は原隊へ復帰するか、或いは新たな配置が与えられるだろう。以上、諸君。ご苦労様でした」

 言い終わるなり、ヴィルハルトは背筋を伸ばした。話はこれで終わりだと言わんばかりのその態度に、兵たちの間に戸惑うような空気が流れる。

 それはそうだろう。たとえ、ともに激戦を潜り抜けてきたわけでなかったとしても、ヴィルハルトのそれは部隊の解散にあたって指揮官が贈る言葉としては簡潔に過ぎるからだった。

 しかし、彼はこれ以上何も言うつもりはなかった。

 そもそも。彼は戦場でもなければ必要以上に言葉を弄することを好まない。すでに守備隊の奮戦は女王を始めとした、この国の重鎮たちによって労われているともなれば、今さらに自分から何を言うことがあるだろうかと本気で思っている。


 多くの兵が落胆を隠しきれない表情を浮かべている中で、ある一点の兵たちだけがヴィルハルトのその態度を当然のように受け入れていた。

 それもそのはずだった。彼らはレーヴェンザール攻防戦の以前から、ヴィルハルトに付き従ってきた独立捜索第41大隊の兵士たちだった。彼らは自分たちをここまで引っ張ってきた男がどのような人物であるかを良く知っているからだった。

 その先頭にはヴェルナーが立っていた。すべての兵士へ規範を示すかのような直立不動の体勢を執りつつ、彼の目じりは震えている。ここまで、自分が忠誠を尽くして従ってきた上官が、最後に戦場以外の場所で示した不器用さを笑っているらしかった。

 それに気づいたヴィルハルトは不機嫌そうに彼を睨んでからギュンターを見ると、さっさとしろと言うように顎をしゃくった。ギュンターは仕方なさそうに肩を竦めてから、大きく息を吸い込んだ。

「気を付けぇ!!」

 それで、どうやら本当にヴィルハルトからの言葉は終わりのようだと悟った兵の多くが渋々といった様子で背を伸ばし始める。

 ただ一つ、ヴェルナーと彼の背後にいる一団だけが素早く踵を打ち付けて、すっと背筋に旗竿を入れる。

「守備隊司令殿に、敬礼!」

 ギュンターの号令が響き渡った。第41大隊の兵たちは一糸乱れのない動きで敬礼の姿勢を取った。その他の将兵たちを無視するように、ヴィルハルトは彼らに向けて右手を上げた。こめかみに添えた手を下ろすまでの数寸、彼はここまで自分が率いてきた兵たちを見つめた。

 その数は少ない。

 開戦当初、五百余名いた大隊で、ここまで生き残ってきたのはわずかに127名のみであった。

 その127対の瞳もまた、彼を見つめていた。その瞳は雄弁に、ヴィルハルトへと問いかけている。

 ヴィルハルトは頬を緩ませた。彼らの問いかけは、彼自身もまた何千回、何万回と自問してきたことであるからだった。


 ともに傷つき、血を流し、そして同じものを失ってきた。

 ではいった、自分たちは何を得たのだろう?


 ヴィルハルトはゆっくりと、注意深く見ていなければそうとは分からないほど微かな仕草で首を振った。

 答えは彼にも分からない。

 けれど。

 刹那、祈りを捧げるように瞑目したヴィルハルトは改めて顔を前に向けた。

 アレクシアが、エルヴィンが、ユンカースが、そしてヴェルナーが。彼をじっと見つめていた。誰からともなく、頷き合う。


 何を得たのかは分からない。

 けれど、確かに残ったものはある。

 それだけで、彼らには十分だった。


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