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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第四幕 王都
142/202

凱旋式 1

 大陸歴1972年。九ノ月、第14日。

 初秋を迎えた〈王国〉北部の澄み切った青空が広がる下、その日、王都ではレーヴェンザール臨時守備隊の“凱旋式・・・”が執り行われていた。


 高い陽光を浴びて、白珠のように輝く王都の東大通りは今、期待に満ち溢れた市民たちが詰めかけている。その視線は、一心に王都東門へと注がれていた。

 門とはいっても、王都は城塞都市であるレーヴェンザールのように街の周囲を城壁で囲まれているわけではない。そこに在るのは巨大な石造りのアーチに鉄製の門戸をはめ込んだだけのものだった。

 こうした門は湾に接している西側を除いて、街の南北にも設けられている。普段から門は開け放たれており、街に住む者でなくても自由に行き来することができた。

 別に、そこを通らねば街へ入れないわけではないが、王都の目抜き通りの始点となっていることから、地方から王都へやってくる者はまず、これらの門から街へと入るのが一般的であった。


 しかし、今、群衆の前にある王都東門はぴたりとその口を閉ざしている。

 それがまるで楽園への入口であるかのように見つめている市民たちの眼前で、やがて大きな鉄の門が軋りをあげながらゆっくりと開きだした。

 同時に、その脇に立っていた衛兵の一人が集まっている者たちへ向けて、大音声を張り上げる。


「〈王国〉東部方面軍、独立捜索第41大隊指揮官、兼、レーヴェンザール臨時守備隊司令、ヴィルハルト・シュルツ“中佐”殿と、その将兵であります!!」


 衛兵の発した言葉に招かれるようにして、開かれた門の向こう側から真新しい中佐の階級章を身に付けた、小柄で、凶悪な目つきの男が人々の前に姿を現した。

 途端、通りのあちこちで爆発が生じた。それは王都市民たちの張り上げた、歓呼の絶叫であった。通りに面している建物の窓という窓から身を乗り出している者たちが、手にした〈王国〉旗を力の限りに振り回し、色とりどりの紙片を外へ飛ばしている。

 現れた男は快哉に沸く市民たちを一瞥すると、その全てを無視するかのように王都へ踏み込んだ。

 その後に続くのは、この世でも最も過酷な戦場から帰還したレーヴェンザール守備隊将兵の生き残りたち。

 当初、九千名を擁したレーヴェンザール臨時守備隊の内、激戦を耐え抜き、そしてあの決死の脱出行の後、数多くの苦難と悲劇に見舞われつつも生還の叶った、1209名の隊列であった。


 盛大な歓待を受けて、王都の東大通りへと進入した守備隊将兵の胸には、一人残らず鈍色の鉄十字が輝いていた。

 正十字を挟んで、一振りの剣と小銃が交差した意匠のそれは“野戦騎士鉄十字章”と呼ばれる勲章である。

 この勲章には、特別な恩給も年金もついてはいない。しかし、その受勲は〈王国〉軍人にとって最大の名誉とされていた。

 何故ならば、野戦騎士鉄十字章は〈王国〉軍において、歴史に名が残るほどの激戦と認められた戦いの中で、自らも武器を振るった者に身分、階級の区別なく与えられるものであるからだ。この鉄十字を身に帯びるということは即ち、この国の歴史がいつか、大海の底へ没するその日まで未来永劫に渡って、彼らの戦いが記憶され続けるということを意味しているのだった。


 列の先頭を進むヴィルハルト・シュルツ中佐の胸には、野戦騎士鉄十字章と共に、金色に輝く勲章も揺れていた。

 〈王国〉王家の紋章でもある大百合と、それを囲むよう一対の剣と盾を象ったそれは皮肉にも、彼らが戦い、そして守りきることのできなかった旧王都と同じ名を冠している。

 レーヴェンザール勲功章。

 それは〈王国〉独立戦争時に、傭兵の身分でありながら国祖ホーエンツェルンから軍事の全権を任されたという不世出の英雄から名を取った勲章であり、この国が軍人に対して授ける最上位の栄典でもあった。

 もっとも、この百年間、〈王国〉軍において誰一人授与されることの無かった純粋な名誉勲章である野戦騎士鉄十字章と比べて、こちらは軍に功労のある者や、要職を務めた者に対しても贈られるため、一種の褒章としての意味合いが強い。

 だとしても。決して、一介の中佐風情に与えられるようなものではなかった。

 そう。例えば、敗北必死の戦争で、他の友軍部隊全てが敗走を重ね続ける中で唯一、与えられた任務を全うした部隊の指揮官である、とでもいうような理由でもなければ。


 つまりはそれだけ。それだけの事だった。

 王都中の声援を一身に集めて行進しつつ、ヴィルハルトの内心は冷めきっていた。

 通りには一定の間隔で衛兵が立っており、列の先頭が差し掛かる度に民衆へ大声で部隊名と指揮官の名を告げていた。そのたびに人々が快哉に沸き、質量すら感じられるほどの声援が守備隊に贈られる。

 幾つ目かの通りを過ぎて、大きな交差点へ差し掛かった時だった。一際大きな歓声が四方から押し寄せて、守備隊の隊列を飲み込んだ。

 唐突に、ヴィルハルトの頬が奇妙に引きつった。今、自分が立たされている現状の何もかもが馬鹿馬鹿しく思えて、笑い出したくなったのだった。

 誰も彼もが知っている。この凱旋式の、本当の意味を。

 真実は凱旋などとは程遠い。

 〈王国〉は領土の東過半を失い、国家の歴史的象徴であった旧王都も敵の手に堕ちた。軍が主張するところの「強固なる防衛線」など幻想に過ぎず、総動員令は発令こそされたものの、予算確保の問題などから動員完了の目途すら立っていないのが現実なのだ。

 つまるところ、この式典は〈王国〉執政府と軍が共謀して国民を騙すために用意した盛大な嘘なのだ。

 目的は言うまでもない。国民の戦意高揚を図るためだった。

 そのために執政府はヴィルハルトたちを「圧倒的な〈帝国〉軍を相手に最後衛で戦い抜き、軍の反撃準備完成までの期間を稼ぎ出した英雄」として祀り上げた。軍もまた、自分たちがただ敗走を重ねているだけの愚鈍な集団ではないのだと、国民へ証明せねばならなかった。

 野戦騎士鉄十字章も、レーヴェンザール勲功章も、ヴィルハルトの中佐への昇進も、そしてもこの凱旋式とやらも。

 この戦争を戦い抜くための、方便に過ぎないのだった。


 そして、国民はその嘘に喜んで騙された。或いは騙されようとした。

 何故か。彼らもまた知っているからだ。自分たちが戦意を失い、悲観的な感情の病に侵されてしまえば、〈王国〉は明日にでも戦争に負けるだろうということを。

 だからこそ、彼らは国家の望んだその通りに狂して見せた。

 それに、この嘘の中には幾つかの真実も含まれていた。

 何故、〈帝国〉軍が未だに大河を渡っていないのか。

 何故、王都は未だに戦争の直接的な脅威に晒されていないのか。

 何故、遅すぎたともいえる女王の決断、総動員令の発令が未だに、致命的な結果を招いていないのか。

 それはたった九千名余りの部隊が、時代遅れの城塞都市に籠り、二十万を超す敵の大軍勢相手に正面切って戦ったからなのだ。敗色濃厚な〈帝国〉軍との戦の中で、彼らだけが唯一、確実に〈王国〉の余命を延ばしてみせたのだ。

 故に、眼前を進むヴィルハルトたち守備隊へあらん限りの声を張り上げ、全身で彼らの成し遂げた偉業を称え、さらなる活躍を熱望する。

 それはまったく動物的な生存本能の発露であった。

 濁流に溺れる者が、藁にも縋るように。人生の落伍者が最後の望みを込めて、天へ祈りを捧げるように。

 国民は激戦を戦い抜いた男たちに、希望の光を見ているのだった。


 その頂点にあるヴィルハルト・シュルツは、そんな民衆を嘲りと憧憬の入り混じった瞳で見つめていた。

 誰もがここまで単純であれるのならば、生きるとはどれほど簡単なことだろうか。

 幾度かの戦い、そしてレーヴェンザールでの激戦を経て、人間の生命と一生の価値を知ってしまったヴィルハルトには決して真似することのできない民衆という生き方が、彼には酷く羨ましく思えた。


 レーヴェンザール臨時守備隊の隊列は、万雷の喝采を浴びつつ王宮を目指した。

 殺戮の舞台から生き延びたというただそれだけで、人々は彼らを称え、そして彼らの名は未来永劫に渡って記憶される。

 それは人の世がどれほど移ろうとも、決して変わることの無い、一つの真理を示す情景であるのかもしれない。


 どこまでも愚かな、聖者の行進。

 それは欺瞞と虚飾に彩られた、勝利なき凱旋であった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 皇国の守護者と内容にてますね
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