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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第三幕 城塞都市・レーヴェンザール攻防戦
140/202

140

すみません。139話と140話の投稿を前後してしまいました。練炭買ってきます。

 鉄火が支配する戦場に、古代の騎士物語の一場面ような情景が想起していた。

 一人は、緑装に身を包んだ大男。大ぶりな両刃造りの軍剣を握った、筋骨隆々の肉体からは怒気と闘気が立ち昇っている。

 対するは、空色を模した軍服に身を包んだ、中性的な面立ちの麗人。朝日を浴びて白銀に煌く銀髪と、まったく同じ輝きを持つ長剣を手にしている。

 両者はすでに、数合を打ち合っていた。緑装の大男、ワシリー・スヴォーロフの振るう撃剣を、銀髪の剣士アレクシア・カロリングは悉く受け流している。

「おのれぇ……」

 スヴォーロフが苛ついた声を出した。

 彼が使う〈帝国〉流撃剣術は、一刀のもとに敵を切り伏せることを主眼に置いた、二の太刀要らずの撃剣術である。

 その全身全霊の一撃を、軽々とあしらわれているのだ。それもアレクシアは一度も打ち合わずに、受け流すのだから苛つくのも無理はない。

 再び、撃剣が振るわれる。それをアレクシアはわずかな身のこなしで躱し、白銀の剣を振るう。首元に迫った白刃を弾き返しながら、スヴォーロフは考えた。

 両者の腕力の差は歴然である。

 ならば、組み合ってしまえば後はどうにでもなる。

 そう思い、彼は一歩身を引くと今度は身体ごとぶつかるように軍剣を振るった。今度は逸らせないと悟ったアレクシアが刀身の最も厚い部分でそれを受ける。

 スヴォーロフの顔に会心の笑みが浮かんだ。

 組み合ったまま、剣ごとアレクシアを両断しようとばかりに押し込んで行く。

 アレクシアの眉間が苦しげに顰められた。

 なおもスヴォーロフは剣を押し込み、遂に二人の顔がお互いの吐息も感じられるほどに近づいた時。ようやく、彼はアレクシアの正体に気が付いた。

「女! 女か!!」

 スヴォーロフは吐き捨てるような声で言った。

「ただの女と侮らないでもらおう」

 それにアレクシアは静かな声で応じた。

「我が名はアレクシア・カロリング。この国の王家を守護する、近衛の騎士だ」

「この国の王は、女にまで剣を取らせるのか」

 スヴォーロフの顔が嫌悪に染まった。

「道理で、貴様らの軍は騎士道など気にしないのだな」

「なに?」

 アレクシアは聞き返した。ほっそりとした頬に汗が伝う。

「そうでなければ、戦意も残っていない敵を虐殺するような真似はしない」

 怒りと憎しみの籠ったスヴォーロフの言葉に、アレクシアはあの小川での戦闘を思い出した。

「そうか、貴官は」

 ヴィルハルト・シュルツの奇策によって、わずか半刻もかからずに吹き飛ばされた敵部隊。その敵へ向け、彼は追い打ちをかけるように砲撃を行った。

 卑劣といえば、これ以上卑劣な戦術は無いだろう。

 ようやく、目の前の男がヴィルハルト・シュルツへ対して抱く憎悪の正体に気付いたアレクシアの胸がずきりと痛んだ。

 だが、だからと言ってここで彼が殺されては困る。そして、自分も死ぬつもりはなかった。

 アレクシアは押し込まれる敵の刀身から逃れるように重心を移動させつつ、刃先で滑らせるようにして組み合いを解くと一歩後ろへ下がった。

「貴官の部下に対する仕打ちは詫びよう」

 彼女は言った。

 その言葉に、スヴォーロフが怒りの唸り声をあげながら再び撃剣を振りかぶる。

「そして、貴官にも」

 そよ風に流すような呟きだった。

 スヴォーロフは応じるように軍剣を振り下ろした。これまでとは比べ物にならないほどの威力が込められた、まさに全身全霊の一刀。

 それを、アレクシアは舞うような身のこなしで躱した。

 スヴォーロフの喉元へ向け、白銀の閃光が奔る。


 アレクシアは撃剣に対する戦い方を極めた剣士であった。

 幼いころから、大人に混じって剣を振っていた彼女にとって、彼らが振るう剣は例外なく撃剣であったからだ。

 いつかはその剣を力づくで弾き飛ばしてみせると決心していたアレクシアだが、成長した後も、男女の性差からくる筋力の差はどうしようもなく埋めがたかった。

 故に、彼女は剛の剣に対して柔の剣を極めた。

 スヴォーロフにとっては相手が悪かったとしか言えない。


 彼女の愛剣は風のような柔らかさで彼の首を、頸椎ごと断ち切った。

 スヴォーロフの瞳から憎悪の光が消える。この世における何もかもを忘れたような表情。やがて、その大柄な肉体がぐらりと揺れると、その首が胴体から転がり落ちた。

 アレクシアは切り捨てた男の遺体を見下ろすと、小さな声で祈りの聖句を呟いた。そして顔を上げる。

 彼女を取り囲むようにしていた〈帝国〉兵たちは言葉を失っていた。

 突如として始まった騎士の決闘。そのあまりにも鮮やかな決着に、思考が完全に麻痺している。

 アレクシアは堂々と彼らの間を歩いた。

 〈帝国〉兵たちは無言のまま、彼女へ道を譲った。

 まるで、この戦いの勝者にはその権利があると言わんばかりに。

 ヴィルハルト・シュルツがこの場に居たら、呆れて物も言えなかっただろう。

 それほどまでに、それは騎士道物語然とした光景であった。

続きは二日後!

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