表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
序幕 〈帝国〉軍襲来
14/202

14

はい。力尽きました。

一話更新で勘弁してください。

あと、さっさと戦闘始めろよと申す者(友軍)がおりますが、もうちょっと我慢してください

 シュトライヒ少将と別れたヴィルハルトは、大隊の宿営地へと戻った。

 会議の結果は追って知らせるとの事だったので、先に大隊への報告だけは済ませておこうと思ったのだった。

 〈帝国〉軍の侵攻がまたいつ始まるのか分からない為、場所は交易街ハンザから北へ1リーグに移していた。

 ヴィルハルトはその1リーグを暗澹たる気持ちで歩いた。

 自分の昇進と、与えられた任務の事を、どう説明したら良いものかと悩んでいた。

 少なくとも一人、間違いなく文句を言う人物が居る。


「ようやく、お戻りになられましたね」

 宿営地の周りに立っていた哨兵たちに対して、何気ない言葉を掛けているとヴェルナー曹長がやって来た。

「ああ。戻ったよ。大隊の様子はどうかな」

「移動の準備は完成しております」

「うん。ありがとう」

 さて、どう言ったものかとヴィルハルトは顎を揉んだ。

 結局、良い言葉が出てこない。彼は諦めて、事実だけを口にした。

「曹長、明日以降、新たに一個中隊が合流する事になった。彼らの面倒を君に任せても良いかな?」

 ヴィルハルトは、無駄な言葉を一切口にしなかった。

 それだけで、この無骨な下士官は総てを察するだろうと信じていた。

 ヴェルナーは彼の予想通りの態度で頷いて見せた。

「はい。了解しました」

「将校を大隊本部の天幕へ集めろ」

「皆さま、既に集まっておいでです」

「そうか。君も来い、曹長」

「はい、大隊監督官殿」

「ああ、それと。……追って正式な辞令が下るだろうが。この面倒が終わるまで、俺は少佐だそうだ」

 ヴィルハルトは何処までも、どうでも良いという態度で言った。

 それを聞いたヴェルナーはごつい顔面を喜色一杯にすると、踵を打ち鳴らして敬礼した。

「おめでとうございます、大隊長殿」


 その翌日、国境守備隊は速やかに後退を開始した。

 前進配置されていた第3師団は警戒線に最低限の人員を残し、昼前には交易街ハンザを通過していた。

 それと同時に行われたのはハンザ及びその周辺の村々から、住民たちを避難させる事だった。

 住民たちは幾らかの食糧や、村で貯蔵していた種もみ、さらには持てるだけの財産を持ち出す事が許された。後方へ運びきれない物資は焼き払われた。

 これは〈帝国〉軍が当然考えているだろう現地徴発、つまり略奪による兵站の負担軽減策を阻止する狙いもあったが、何よりも17年前の〈帝国〉襲撃に際、農村がどのような目に遭ったのかをその目で見たシュトライヒ少将の進言であった。

 住民たちの避難に活躍したのは、意外にも貴族出身の若手将校たちだった。

 彼らは未だに国民の規範たる自分たちには、我が身を盾にしてでも領民を保護する義務があるという理想を本気で信じていたからだった。

 しかし、同時に貴族としての自分という自負心から来る傲慢さもたっぷりと持っていた。

 住民たちの反感や反発が最低限以上にならなかったのは、この辺りの事情が大いに関係していた。

 そして、彼らの中には頑として避難に応じない者たちも居た。

 祖父や曾祖父たちが切り開き、受け継いできた自分たちの土地から引き離される事を到底許容できない者たちだった。

 こういう時の為に軍があるのではないかと、声高に非難する者も居た。


 しかし、そうした一部の事情を除けば東部国境守備隊の撤退、事実をそのままに表現するならば撤退、は水際立っていた。

 僅か二日の間に、ドライ川以南の〈帝国〉軍の手に落ちていない地域からは、ありとあらゆる物資と人間が引き払われていた。

 特に、大河を利用した兵員や物資の輸送の為に編成されていた〈王国〉軍の船舶部隊が大きな貢献を果たしていた。

 理由は不明だが、〈帝国〉軍の船舶部隊が大河を下ってきていない事が幸いして、多少の無理を押してでも、船に人と物を積み込む事が出来たからだった。

 少なくとも現状においては、〈王国〉軍は大河を確保しているのだった。


 この事実にもっとも衝撃を受けたのは〈帝国〉軍であった。

 初戦における損害の確認、捕虜の収容、そして再編を済ませた6万から成る戦意旺盛、意気軒高な〈帝国〉軍将兵6万は、まさかたった一度の敗北で敵全軍が引き上げて行くなどとは想像にもしていなかったからだった。

 前衛である騎兵部隊を指揮していた、歴戦の指揮官であるダーシュコワ中将をして、或いは何か罠にかけられているのではと慎重な前進を命じたほど、〈王国〉領東部国境地帯の草原は静まり返っていた。

 結局、何らの抵抗を受ける事も無く、〈帝国〉軍は初期段階の目標であった交易街ハンザへと到達した。

 大陸歴1792年、四ノ月、22日の事であった。


「まぁ、作戦は大いに順調と言ったところかな」

 〈帝国〉軍の前衛部隊指揮官を務めた、〈帝国〉西方領軍第77軽装騎兵師団長、子爵中将、マゴメダリ・ダーシュコワ中将はどうにも複雑な笑みを浮かべて、そう言った。

 白いものが多く混じった髪を短く刈り、騎兵らしいすらりとした体躯の上には、すらりというよりはひょろりと長い頭部が乗っかっている。

 右の眉からこめかみにかけて走る大きな刀傷の痕があり、見る者に何処か、鉄槍を彷彿とさせる人物だった。

「それもこれも、君の働きあってのものだよ」

 彼の笑みの先には、むっつりと不貞腐れているワシリー・スヴォ―ロフ大佐が居た。

「それはどうですかね」

 スヴォーロフ大佐は上官からの褒め言葉に対して、蹴飛ばすように答えた。

 ダーシュコワ中将は笑みの理由を変えた。

 口の減らない孫に向けるような苦笑だった。

 上官に対する不遜な態度や言葉遣いを咎めはしない。こういった率直な物言いをする武人が軍に一人いてくれるというのは、幸運であると知っていた。

 ただし、一人で良い。

「そうではないか? 君が散々、敵を引き付けてくれたからこそ、私の師団は軽微な損害のみで敵の国境防衛線を突破できたのだから」

「連中は腰抜けの集まりです。閣下の騎兵師団であれば、我々の陽動無くしても結果は変わらなかったでしょう」

「腰抜けか。ただ、そのお陰で手頃な司令部を無血のままに占領する事も出来た。少なくとも悪い話では無いと思うが」

 ダーシュコワ中将はどこか慰めるように言った後で、手を広げて周囲を示した。

 彼らが立っているのは、数日前までは〈王国〉軍の東部国境守備隊司令部が置かれていた交易街ハンザの市庁舎、その中庭だった。

 スヴォーロフ大佐は返事すら返さなかった。

 やれやれとダーシュコワ中将は首を振る。

 彼は確かに、戦場では勇猛果敢と言えばこれ以上無い程に勇敢な男だ。

 明らかな問題のある上官の命令に対して、物怖じする事無く堂々と反論する事も出来る。

 有能な指揮官が、こうあって欲しいと部下に望むものを全て持っていた。

 しかし、あえて欠点を述べるとすれば、敵に対してもまた、己と同じように在る事を望む点だった。

 もちろん、戦場で名誉ある敵と相対するのは武人である誰もが望む事ではあるが、その事に拘泥しすぎては、指揮官としては少し……とダーシュコワ中将は思っていた。

 ダーシュコワ中将は歴戦の、有能な野戦指揮官であると同時に、人間一般に対する愛情に不足の無い人物でもあった。

 つまり、兵士の一人ひとりが人間である事を忘れられない男だった。

 その彼からすれば、スヴォーロフ大佐の望むような強大な敵と戦場で巡り合い、どうしようもなく損害が増加する事を恐れていた。

 ダーシュコワ中将は、スヴォーロフ大佐とは対照的に、どれほど強大な敵を撃ち破ったかよりも、その為に兵の損害をどれだけ減らせたかを喜ぶ指揮官だった。

「まぁ」

 返事を寄越さないスヴォーロフ大佐に向かい、肩を竦めながらダーシュコワ中将は言った。

「戦争はまだまだこれからだ。少なくとも、次に出会う頃には敵も準備を整えているだろう」

 言って、歩き出す。

「どちらへ?」

 ようやく口をきいたスヴォーロフ大佐が尋ねた。

「遠征軍総参謀長殿からのご要望でね。先行させている斥候の情報をもとに、威力偵察部隊を組織して、敵がどれほどの戦力を有しているかを確認して来いと。私の部隊も、まだまだ皇帝陛下の御為に働く事が出来るらしい」

 ダーシュコワ中将の口から出た総参謀長という言葉に、スヴォーロフ大佐が明らかな嫌悪の表情を浮かべた。

「総参謀長殿は、私と同じ大佐だったはずですが。大体、参謀には指揮権など無いというのに。閣下の事を小間使いか何かと勘違いしておられるのでは?」

 ダーシュコワ中将はどう答えたら良いものかと迷う表情になった後、諦観に似た笑みを浮かべた。

「まぁ、どの道、これは騎兵が果たさねばならない任務の内だ。それに〈帝国〉侯爵に対して私の如き子爵が何を言える訳でも無い」

 それは軍将校としてでは無く、〈王国〉以上に爵位の肩書きが力を誇る〈帝国〉で生き残ってきた貴族としての言葉だった。

 今度こそ、部隊を待たせている方向へと歩き出す。

 その途中、ダーシュコワ中将はああそうだと思いだしたように呟き、スヴォーロフ大佐に振り向いた。

「そうそう、少しは君の機嫌が良くなりそうな事を教えてあげよう。今回の遠征軍には、君がずっと会いたがっていた人物がなんと、二人も参加するそうだよ。その内の一人は、明日にでもここへ着くだろう」

「誰です?」

 純粋な好奇心で、スヴォーロフ大佐は尋ねた。

 ダーシュコワ中将は老いてなお精悍な笑みを浮かべて答えた。

「元叛徒の、英雄だよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ