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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第三幕 城塞都市・レーヴェンザール攻防戦
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前後の話を間違えて投稿しました。真に申し訳ございません腹切って死にます。

 再び前進を開始したヴィルハルトに、今度は敵の銃列が立ちふさがった。

 先ほどまでのような味方への誤射を恐れてのばらばらな射撃体勢ではなく、一斉射撃を行うための横列だった。

 指揮を執っているのは、横に幅広い顔の初老の男だった。

 果断な決断と言えるだろう。

 どうやら、よほどの高級将校らしかった。

 ヴィルハルトの口元に、好意的な笑みが浮かぶ。自ら陣頭指揮を執っているということは、部下に汚れ仕事を押しつけることを良しとしない信条の男なのだと分かるからだった。

 しかし、感心ばかりもしていられない。

 まっすぐにこちらを向いた銃口を前に、さてどうしたものかとヴィルハルトは考えた。

 すぐに思考を放り捨てる。

 前進する以外、できることなどないからだった。

 見事に重なった発砲音が響いた。銃弾の群れが押し寄せ、敵味方問わず血飛沫をあげさせている中、ヴィルハルトは奇跡的に被弾を免れた。

 己の悪運強さに半ば呆れながらも、さらに足を速めようと踏み込んだその時、後ろからくぐもった呻きが聞こえた。

 顔だけを振り向かせる。

 ケスラーが地面に崩れ落ちていた。その周りには、赤々とした血だまりが広がってゆく。

「行ってください、司令!」

 彼は顔を苦痛に歪ませながらも、ヴィルハルトへ叫ぶように言った。

 ヴィルハルトはその通りにした。

 もはやこれ以上、一刻の猶予もなかった。すでに〈帝国〉軍は守備隊の突撃に対する陣形を整え始めている。騎兵の姿が見えないのが救いではあるが、ぐずぐずしていればすぐにやってくるだろう。

 そうなれば、もうどうにもできない。

 包囲され、殲滅されるのを待つだけになる。


「楽しかったですよ、司令」

 駆け去ってゆくヴィルハルトの背に向け、ケスラーは実に満足そうに呟いた。

 平民出身で、五十も目前にしてようやく少佐への昇進を果たした彼は、順当に行けばこのまま現役を終えているはずだった。

 その後に待っているのは静かな、慎ましい年金暮らし。

 彼には嫁も子もいなかった。

 特に誇ることもない、これといった功績もない、ただ苦労だけが多かった人生を一人、静かに終えるはずだった。

 それが。

 最後の最期に、大陸最強最精鋭の〈帝国〉軍二十万もの大軍を相手に、旧王都を防衛するための戦いに参加することができた。

 もはやこれまでとなった後も、敵の度肝を抜くような脱出劇まで演じてみせた。

 痛快の一言に尽きるというものだ。

 退役後の、年金だけをあてにした細々とした生活などと比べるべくもない。

 レーヴェンザール臨時守備隊では副司令という立場から、ヴィルハルトの放つ異常なほどの戦意にあてられて殺気立つ者たちを諫める役割を演じては居たが、元々アルベルト・ケスラーという人物は武人肌の男だった。であるからこそ、本来の命令に背いて部隊を率い、レーヴェンザールの救援に駆けつけたのだ。

 人生最後の一月、その日々はまさにこれまでの彼が望んでいた通りのものであった。

 結局、旧王都の防衛は成らなかったが、それでもケスラーの心には深い満足感だけが残っていた。

 存分に戦い、存分に暴れ、そして見事に敗れた。ならば、文句はない。

「いやはや、実に愉快だった」

 意識が途切れるその時まで、彼の口元には不敵な笑みが浮かんでいた。 


 ヴィルハルトは駆けこんだ勢いそのままに、〈帝国〉兵たちの銃列へ突進した。次弾の装填が間に合わず、蜘蛛の巣を散らしたように兵たちが逃げてゆく。その中で最後まで踏みとどまっていた幅広い敵将校の頭を軍剣で思いきり叩き割った。

 頭蓋骨が陥没し、水音とともに脳漿が飛び散った。頬に返り血を浴びながら、ヴィルハルトはその将校の胸元に目をやった。

 中将の階級を示す階級章が縫い付けられている。

 例え敵軍であろうとも、自分より階級の高い将校を殺すのは得も言われぬ快感があるなとヴィルハルトはにやけた。すぐに表情を引き締める。

 こんな時まで自分は、と情けなくなった。


 果たして、ヴィルハルトは三重の塹壕線、その全てを突破した。

 片時も遅れずに傍らを駆けてきたヴェルナーにちらと目をやると、その横顔には信じられぬというような、呆れたような表情が浮かんでいる。

 その気持ちはまぁ、ヴィルハルトにも理解できた。

 まさか、生きて突破できるなどとは思ってもみなかったからだった。

 顔を巡らせると、エルヴィン・ライカ中尉やエルンスト・ユンカース中尉も突破に成功していた。二人とも、そう少なくはない数の兵を引きつれている。

 この場に騎兵がいなかったことと、友軍への誤爆を恐れた〈帝国〉軍砲兵たちが射撃を行わなかったのが一番の理由かもしれない。

 とにかく、幸運だった。

 幸運。

 それ以外に、なにがある。

 ヴィルハルトは歯を噛み締めた。

 振り返れば、そこでは遅れた部下たちが〈帝国〉兵たちに取り囲まれ、なぶり殺しにされている。

 助けを求める絶叫を振り払い、彼らはここまでやってきたのだ。

 畜生。

 奥歯がぎりりと音を立てて鳴った。

 十七年前と何が違う。

 そう思ったヴィルハルトの背後で、誰かが倒れる鈍い音が聞こえた。


 考える間もなく振り返っていた。。

 倒れたのはカレンだった。

 と言っても、撃たれたわけではないらしい。単純に、体力が切れたのだろう。

 思わず足が止まった。

 引きつったような呼吸音を立てている彼女と目が合う。

 縋るような。何かを求めるような、その瞳。

 きっとあの時、自分も同じような目をしていたのだろうと思った。

 世界中から放り捨てられたような気分で、それでも懸命に生き延びようとする幼子の。

 しかし、カレンの口からは正反対の言葉が飛び出した。


「行ってください! 司令! 早く!」


 彼女の後ろからは、〈帝国〉兵たちが猛然と追ってくる。追いつかれれば、命はないだろう。

「私は置いて、行ってください!!」

 それを見てなお、再び、カレンが懇願するように言った。

 次の瞬間、ヴィルハルトの中で何かが作動した。

 彼のような人間の中にも毅然として備わっている、人間としての善性だった。

 今際のオラフ・クレーマンの顔が脳裏に思い浮かんだ。そして十七年前、自分を救ってくれた〈王国〉軍の兵士たち。彼らの悔いるような、それでいてどこか満足げな顔。

 彼女を助ければ、自分もああなれるのだろうか――? 

 そんな考えが頭をよぎった。

 気付けば、ヴィルハルトの肉体はそれまで駆けてきた道を退き返し、カレンの下へ向かっていた。

 ほっそりとしたその身体を肩に担ぎ上げるように持ち上げる。

 息も絶え絶えのカレンが、何かを口にしようとした。

「口を閉じていろ」

 ヴィルハルトは食いしばった歯の隙間から、耐えるような声を出した。

 カレンの身体が重いからではない。

 今さらに、自分はいったい何をしているのだろうかと腹を立てているのだった。

「大隊長殿!!」

 ヴェルナーの大声が大気を震わせた。ヴィルハルトがそちらへ目をやると、彼は周囲に居た兵たちを従えて、即席の銃列を組ませていた。背後から追ってくる〈帝国〉兵を牽制しようという狙いらしい。

 だが、その間にはヴィルハルト達がいる。

「やれ!」

 その危険を顧みず、ヴィルハルトは命じた。

 危険な命令ではあったが、どの道追いつかれてしまえば結果は同じだ。

 ヴィルハルトが向かう先で、十丁ほどの銃口が一斉に火を噴いた。

 頬に、焦げるような熱さを感じた。どうやら銃弾の一発が掠めていったらしい。しかし、それ以外の弾丸は全てヴィルハルトとカレンの周りを素通りしていった。

 背後で〈帝国〉兵たちの悲鳴が響く。しかし、効果を確認している暇はない。

 ヴェルナーが駆け寄り、ヴィルハルトが抱えているカレンをひったくるようにして受け取った。少し乱暴だが、この際は仕方がない。

 大柄なヴェルナーはカレンを軽々と持ち上げると、一切の遅れもなくヴィルハルトに付いてきた。

「シュルツ少佐!!」

 その声が聞こえたのは、ちょうどその時であった。

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