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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第三幕 城塞都市・レーヴェンザール攻防戦
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 敵司令官との会談を終えて戻ったヴィルハルトへ向けられた反応は、大きく分けて二つだった。

 彼の無事を素直に喜ぶ者と、疑うような目を向ける者。

 前者はカレンやケスラー、エルヴィンであった。反対に、後者の筆頭はアレクシアとギュンターだった。

 説明を求めるような顔をした彼らへ、ヴィルハルトはリゼアベート・ルヴィンスカヤとの対談内容をかいつまんで話した。

 自分がリゼアの傘下に誘われたことは伏せておいた。

 ただし、それは自らの保身のためではなく、余計なことを考えられては面倒だと思ったからだった。


「脱出の手筈は整っているか」

 話し終えたヴィルハルトは、司令官席へ腰を下ろすと不躾にそう口を開いた。

「司令がいらっしゃらない間に、部隊を再編しました」

 まず応じたのはケスラーだった。ヴィルハルトは先を促すように頷いた。

「攻囲突破に投入できる戦力は、軽傷者を含めたおよそ三千名。戦闘参加が不可能な者と、自分で動くことができない者については、市民とともに船に乗せます」

 そこまで言ったところで、ケスラーは口を噤んだ。

「どうした」

 説明を続けろというヴィルハルトの声に、彼は言葉を濁しながら答える。

「ただ、動かすことのできない者については……置いてゆくしかありません」

 ヴィルハルトはそれだけで、ケスラーの言わんとすることを理解した。

 明言こそ避けられていたが、動かせない者とはつまり、もはや現在の医療技術ではどうあっても助からないほどの重傷者という意味があった。

「彼らはいま、何処に?」

「教会におります」

 ヴィルハルトの質問に、ケスラーは短く答えた。その声には、巨岩を引きずるような重々しさがあった。

 明日の献立について考えるような顔でヴィルハルトは頷いた。

「後で行こう」

「お供します」

 ケスラーは静かに頭を下げて答えた。

 次に口を開いたのは、守備隊兵站担当士官のエルヴィンだった。

「緑色発煙弾と、それを打ち上げるための計臼砲については手配が済んでいます」

 彼は手元の書類を捲りながら言った。

「軽臼砲はレーヴェンザール衛兵隊の武器庫で眠っていたものを拝借しました。前時代の遺物というか、まぁほとんど化石みたいなものですが、発煙弾一発を打ち上げるだけなら要は足ります」

 冗談を言うような口調で続けた彼はそこで一度、言葉を切った。思い悩むような顔になると、言い難そうな声を出す。

「ただ、一つ問題がありまして」

「なんだ」

 ヴィルハルトがさっと相槌を入れた。エルヴィンは逡巡しつつも、その先を口にする。

「軽臼砲を打ち上げるための人員が必要です。対岸にいる船舶部隊が、確実に目視できる高さまで打ち上げるには|レーヴェンザール市庁舎ここから打ち上げるのが一番手っ取り早いのですが……ただ、発煙弾打ち上げと同時に作戦を開始する以上、操作員は我々にも、市民たちを乗せた船にも間に合わない可能性が」

「つまり」

 言い難そうに言葉を口にしたエルヴィンへ、それまで黙っていたユンカースが口を挟んだ。

「誰かが街に残る必要があると」

 彼の言葉に、エルヴィンが渋面を作って頷いた。

 最後まで難儀だねぇとユンカースが呟いた。司令室に沈黙が落ちる。

 誰もが、探るような目をヴィルハルトへと向けていた。まったく別のことについて考えていたヴィルハルトは、彼等の視線に気づくと取り繕うように咳払いをした。

「分かった。では、それについては後で考えるとして……」

「考えているような時間がありますか」

 ヴィルハルトがはぐらかすように答えると、アレクシアのきつい声が飛んだ。

 挑むようん顔をした彼女へ、ヴィルハルトは面倒そうな表情を向ける。

 一触即発の雰囲気の中、声をあげたのはケスラーだった。

「私が残りましょう」

 実にあっさりとそう口にした彼へ、全員の顔が集中する。

 その視線に、ケスラーは居心地が悪そうに腹を撫でると言った。

「この中で一番老い先短いのは私ですから。それに、体力もない。攻囲突破に加わったところで、足手まといになるかもしれません。ならばいっそ、ここに残って国に献身する機会を与えてくだされば」

「ケスラー少佐」

 カレンが引き止めるような声を出した。この中でケスラーと最も付き合いが長いのは彼女だった。東部方面軍で司令官の副官をしていた頃から、その立場上、たびたび顔を合わせる間柄だった。

 だが、ケスラーはそれに微笑んで首を振った。

「良いのだ、副官」

 そこにはいかなる反論も許さないという、確固たる決意が込められていた。

 カレンから視線をずらしたケスラーは、ヴィルハルトへと向きなおる。

「司令、私はこのまま行けば、少佐のまま定年を迎えて予備役へと編入になる運命でした。それを最後の最期に、旧王都を守るための戦いに副司令という立場で参加し、ここまで戦い抜くことができた。貴方に従ったからです。もはや、軍人としても、一人の男としても、人生に思い残すことは何もない」

 妻子も居ませんからなと、彼は清々しい顔で笑った。

「しかし……」

 それに、ヴィルハルトは即答できなかった。

 この男には珍しいことに、感情が決断することを迷わせていた。

 もちろん。誰か一人が街に残らねばならない以上、ケスラーの言葉には説得力もある。どの道、包囲突破に参加したからといって生き残れる保証などないのだ。

 だが。

 オラフ・クレーマンの今際の顔が脳裏にこびりついている。

 自己犠牲など、忌むべきものだと考えてきたはずなのに。

 ヴィルハルトが決断に迷っているところへ、司令室の扉が叩かれた。

「誰だ」

 ケスラーが応じた。そして、入ってきた人物に言葉を失う。

「なんだ、貴様ら。揃いも揃って、随分と深刻そうな顔をしおって」

 皮肉気な笑みを口元に浮かべながら扉を開けたのは、レーヴェンザール侯爵、ユリウス・アイゼナハ・フォン・ブラウシュタインであった。

続きは金曜日

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