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お待たせしました。
「残念でしたなぁ、姫様」
ヴィルハルトの去った後。天幕を叩く雨粒の音ばかりがうるさく響く中で、アルメルガーがおどけたような調子でリゼアへと声を掛けた。
珍しく落胆した様子の彼女を見たためか、彼の野性味溢れる顔には面白そうな、茶化すような笑みが浮かんでいる。
「しかし……もはや何ものにも遠慮する必要がない、か。いったい、何をやらかすつもりなのやら」
「何をしたところで、もう遅いわ」
無精ひげを撫でつけながら、なおも楽しそうに呟いたアルメルガーへ、リゼアは決めつけるような声で言った。
「私は勝った。そして、彼は負けた。これは揺るぎようのない事実なのだから」
彼女はそこで言葉を切ると、可愛らしく鼻を鳴らす。
「それにしても、もう! なんて自己評価の低い男なのかしら! あの状況下で、一月もの間、兵を戦わせ続けるなんて並大抵の指揮官じゃできやしないというのに! それにあの、いじけたような目! よほど鬱屈した幼少期を送ってきたのかしら」
地団太を踏むような彼女の様子に、アルメルガーは苦笑した。
まったく。褒めているのか、けなしているのか。女性というのはこれだから……。
そう考えているアルメルガーへ、リゼアは不機嫌な顔を向けると訊いた。
「私の配下に加わることが、そんなに嫌かしら?」
「嫌というよりも、話が上手すぎると思ったのかもしれませんぜ」
アルメルガ―が肩を竦めながら答えると、リゼアはきっと眦を吊り上げた。
「私が嘘を吐くような女にみえて?」
「まさか」
彼女の表情に、アルメルガーは降参したように両手を挙げると言った。
「ただ、奴さんがそう思ったかもしれないという話です。今日の今日まで、散々邪魔し続けた敵が、突然、自分の仲間にならないかと申し出てきたわけですからな。まぁ、信じられなくても仕方がないでしょう」
彼の言葉に、リゼアは顔に浮かべている不満をわずかに和らげると訊いた。
「それは、貴方の実体験から?」
「そう取っていただいても」
やはり飄々と答えたアルメルガーは、リゼアに対してことさら優雅な一礼をしてみせた。
「まぁいいわ」
それにリゼアは諦めたような溜息を吐くと、自らに言い聞かせるような口調で呟いた。
「どの道、明後日にはすべてが決着する。そうしたら、この国をさっさと滅ぼしてあげましょう。後顧の憂いさえなければ、あの男も考えを改めるかもしれない」
それを聞いたアルメルガーは、そういうことではないんだがなあと後頭部を掻いた。
国を裏切るというのは簡単だ。
面倒なのは、自分を信じる者、信じた者を裏切ることなのだ。
特に、もうこの世のどこにもいない連中からの信頼を裏切ることが。
そう教えてやりたいが、彼女はきっと理解しないだろうことをアルメルガーはよく知っていた。
彼女はこれまでの人生で、欲しいと思ったものは全て手に入れてきた。それも、何一つ失うことなく。
敗者の気持ちなど、知る由もないだろう。恐らく、これから先も。
それが悪いわけではない。誰もが望む人生を生きているだけの話だ。
まぁ、良いさ。それに、お前もそのうち分かる。
アルメルガーは脳裏に、あの目つきの悪い少佐を思い浮かべて言った。
なんでそう言えるかって?
そりゃもちろん。この俺がそうだったからさ。
続きは月曜日!
ところで、文字数が少ないけど更新が頻繁なのと、それなりの文字数で今のペースと、どっちが良いのでしょうか