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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第三幕 城塞都市・レーヴェンザール攻防戦
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 〈帝国〉軍から軍使が来ている。

 その報せを受けたヴィルハルトはヴェルナー曹長と、頑なに同行すると言って聞かないカレンを伴って、東門正面陣地跡へとやってきた。

 粛々と降り続ける雨によって、血と硝煙で汚された大地が洗い流されている中、墓石のように累々と転がる瓦礫の先で、その男は待っていた。

「ようやく、また会えたな、少佐」

 傍らに従わせている従兵の持つ、松明の灯りによって照らし出された彼の顔を見たヴィルハルトは、驚きに目を見開いた。

 褐色の肌を持つ〈帝国〉軍准将が、その野性味に溢れる面立ちに、にこやかな笑みを浮かべていたからだった。

「〈王国〉軍、レーヴェンザール臨時守備隊司令、ヴィルハルト・シュルツ少佐であります」

 彼は姿勢を正すと、名乗りつつ敬礼を送った。それに、〈帝国〉軍准将は無作法な答礼で応じた。

「〈帝国〉トルクス自治領軍、第一猟兵旅団長、ラミール・アルメルガー准将だ」

 南部訛りの強い〈帝国〉語でそう名乗ったアルメルガ―へ、ヴィルハルトはこめかみに当てていた手を下ろしつつ、丁寧な発音の〈帝国〉語で尋ねた。

「失礼ですが、自分は閣下とお会いするのは初めてのはずですが?」

 それに、アルメルガーはむしろ楽しげな笑い声をあげながら答えた。

「何を言ってやがる。この戦争が始まって早々、あの小川で散々おちょくっておいて」

 彼の砕けた口調に、ヴィルハルトも思わず口の端を綻ばせると言った。

「ああ、その節は大変失礼致しました。なにせあの時、我軍は敗走の真っ最中でありまして。ご挨拶にお伺いする時間もありませんでしたから」

 彼の返答に、アルメルガーはますます面白そうに笑った。

 その隣に立っている従兵が、呆れたような視線を上官へ向けていた。ヴィルハルトに着いてきたカレンとヴェルナーも、困ったような表情を浮かべている。

 ここに至るまで、凄惨極まりない殺し合いの敵同士であったにも関わらず、和やかに言葉を交わし合っている二人の神経が理解できないのであった。

「それで、閣下」

 アルメルガーがひとしきり笑い終えたところで、ヴィルハルトは言った。

「かのトルクスの英雄、ラミール・アルメルガー将軍が、小官如きに果たしていったい、どのような御用件でしょうか? 申し訳ないのですが、余裕がないのはあの時も今も同じなのです」

 それにアルメルガーは頷くと、なおも顔に不敵な笑みを浮かべつつ答えた。

「我が軍の司令官が、貴官との対談を望んでおられる」 

「〈帝国〉軍の指揮官……ミハイル皇太子殿下ですか?」

 驚いたように訊き返したヴィルハルトへ、アルメルガーは片手をぷらぷらとさせて応じた。

「いや、殿下ではない。殿下はこのことをご存じない。貴官と対談を望んでおられるのは軍団長、リゼアベート・ルヴィンスカヤ大将だ」

 アルメルガーの口からその名が出た時の、〈王国〉軍側の反応は様々であった。ヴェルナーは分かりやすく目を剥いて驚きを露わにし、カレンは警戒するように眉間に皺を寄せた。

 当のヴィルハルトは純粋な疑問から首を傾げていた。

 〈帝国〉四公家に数えられるルヴィンスカヤ公爵家令嬢にして、〈帝国〉全軍中唯一の女性将校、“辺領征伐姫”の異名を持つ常勝将軍が敵軍の、それもたかが少佐に過ぎない自分と対談を望んでいる理由が思いつかないのだった。

「光栄ですが……どのようなお話なのでしょうか」

 そう訊いたヴィルハルトへ、アルメルガーは腕を夜の向こうへと伸ばしながら答えた。

「それは自分で確かめてもらう。ここから半リーグの地点に張った天幕で、閣下はお待ちだ。護衛にはお互いがもっとも信頼する部下を一人ずつ」

「……わかりました。では、一度戻って、部下に伝えます」

「いや、少佐。今すぐ来てほしい。こちらもその、なんだ。余裕があるわけではないのでな」

 無精ひげを生やした顎を指で掻きながら言ったアルメルガーの様子に、ヴィルハルトは内心で成るほどと呟いた。

 先ほどアルメルガーは、軍の総司令官であるはずのミハイル・ニコライヴィチ・ロマノフはこの対談について知らないと言っていた。つまり、非公式な対談であると、そういうことだろう。

 話の内容はまぁ、大体予想が付いた。大方、さっさと降伏しろとでもいったところか。

 しかし、そう考えるとますますわからないことがある。

 それだけの話ならばこの場で済むはずであるからだ。アルメルガーほどの人物を寄こしたとなればなおさらだった。

 となると、敵軍団長、リゼアベート・ルヴィンスカヤはまったくの個人的な興味だけで自分と会うことを望んでいるように思えるからだった。 

「……わかりました、お話をお受けします」

 ヴィルハルトはわざと、少し逡巡するふりをした後でそう答えた。褐色肌の准将は満足げに頷いた。

「副官」

 ヴィルハルトは振り向くとカレンを呼んだ。

「はい」

 未だ警戒を解いていない目をアルメルガーへ向けつつも、彼の副官は素早く応じた。

「話は聞いていたな? 君は司令部へと戻り、このことを皆に伝えろ。もしも二刻以内に俺が戻らないようであれば、その後は副司令の判断に従え。俺はヴェルナー曹長を連れてゆく」

「司令……」

 カレンが反論するような声を出した。ヴィルハルトは制するように手を伸ばし、その続きを口にさせなかった。

「……では、十分にお気をつけください」

 やがて、カレンは諦めたようにそう言った。やけに力強い発音であった。

 ヴィルハルトはそれに曖昧な頷きを返した。

続きは・・・すみません、時間が無くて来週になります・・・


それでは来週、月曜日!

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