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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第三幕 城塞都市・レーヴェンザール攻防戦
123/202

123

 気象士官の予測通り、雨はすぐに降りだした。

 次第に強まる雨脚の中を、ヴィルハルトと直率の司令部予備隊は静かに前進した。

 先ほどまで街中に響き渡っていた砲声は間遠になっていた。しかし、喧噪は止まない。

 南門から続く大通りに出るなり、敵は見つかった。緑装に身を包んだ〈帝国〉西方領軍猟兵のおよそ一個中隊が路地に差し掛かったところで防御部隊からの射撃を浴びて釘付けにされている。

 さっと敵情を流し見たヴィルハルトは、素早く思考を巡らせた。率いてきた兵たちの小銃には雨で濡れるのを防ぐために雨除けを付けさせているが、建物にでも入らない限り二発目の装填は不可能だった。

 ならば。やはり白兵で戦うより他にない。

 ヴィルハルトは率いてきた兵たちに振り向くと、銃剣を装着するように命じた。

 自らも着剣した小銃を構えなおしたヴィルハルトの視線の先、ちょうど敵が固まっている向こう側の建物の影から、ヴェルナーの厳つい顔が覗くのが見えた。

 数百ヤードを隔ててなお、無言のまま上官の意思を汲んだヴェルナーが頷くのが見えた。

 それに頷きを返した後で、ヴィルハルトは改めて敵の様子を確認する。

防御部隊の射撃が止んだ。敵が反撃に移ろうと動き出す。

 その瞬間、これまで一月半の間、胸の内に淀み続けていた彼の狂気が暴発した。

「撃てぇ!!」

 号令とともに引き金を絞ったヴィルハルトに続き、約百丁の銃口が一斉に火を噴いた。

 銃を持ち直し、突撃へ転じようとしていた〈帝国〉兵たちが血飛沫をあげながら、ばたばたと倒れる。突如、思ってもみない方向から射撃を受けた〈帝国〉猟兵たちは混乱に陥った。

 だが、命中弾は少ない。やはり、雨のせいで不発が多いのだった。

「よろしい」

 それを確認したヴィルハルトは身を晒すように、通りの真ん中へと躍り出た。敵の何人かが彼の姿に気付き、急いで応射の態勢を整えようとしている。その背後へ、再び一斉射撃が襲い掛かった。

 言うまでもなく、ヴェルナーの率いている別働隊からの射撃であった。〈帝国〉猟兵たちの中に、恐慌の嵐が吹き荒れた。自分たちが敵に包囲されていると知ったからだった。

 ヴィルハルトは口元を三日月の形に歪めると、大音声を発した。

「目標、前方の敵猟兵! 総員、突撃に移れぇ!!」

 鞭を打つような声で命じた彼は、先陣を切って走り出した。予備隊の男たちが上げる、鬨の声がそれに続く。

 未だ混乱から立ち上がっていない敵兵たちを無視し、ヴィルハルトは敵指揮官らしき人物の下へと躍進した。

 銃剣の付いた銃口を、その腹へと突き刺した。肉と臓物をかき分ける感触が、銃身から手の平へと伝わる。

 しかし、腸を銃剣で掻きまわされながらも、敵指揮官は戦意を失っていなかった。憎悪の籠った目でヴィルハルトを睨みつけると、己の腹に突き刺さった小銃を握りしめ、軍剣を引き抜いた。

 敵指揮官が自分めがけて軍剣を振り上げたのを見たヴィルハルトは小さく舌打ちをすると、小銃から手を離してそれを避けた。人生最後の反撃が空振りに終わった敵指揮官の口から、血と唾液の混じった液体がぼたぼたと零れ落ちる。

 ヴィルハルトは自身の軍剣を抜くと、むしろ穏やかな笑みを湛えつつ彼にとどめを刺した。指揮官を失った〈帝国〉猟兵たちは、半ば抵抗の意思を失っていた。

彼らはヴィルハルトに追いついた司令部予備隊により瞬く間に鏖殺された。

     

「司令」

 ちょっとした殺戮を終えたところで、ヴィルハルトを誰かが呼んだ。振り向くと、防御部隊の指揮を任せていたギュンター大尉が立っていた。

 彼は血塗れになったヴィルハルトと、その足元に転がっている〈帝国〉猟兵の亡骸へ交互に視線を送っている。

「主席士官、状況は?」

「は、現在、防御部隊は事前の計画通り、街の各所で侵入した〈帝国〉軍を迎撃中であります。しかし、準備が遅れた上、敵が多すぎます。雨で平射砲が使えないとなると、全てを抑えるには無理があります」

「構わん」

 ギュンターの言葉にヴィルハルトは頷いた。

「初めから、全てを抑えきれるとは思っていない。防御部隊は敵を退きつけつつ、南第四区まで後退しろ。街の奥へと、敵を引きずり込むのだ


「しかし」

 ヴィルハルトの命令にギュンターは顔を顰めた。それを跳ねのけるようにヴィルハルトは言った。

「なんだ。まだ街の被害を気にしているのか」

「違います」

 ギュンターは首を横に振った。

「防衛線を後退させれば、市民たちの安全が」

「彼らは望んでこの場に留まった」

 答えたヴィルハルトの声には温度が無かった。

「自らの意思によって、戦場へと残ったのだ。ならば、その責任は自分で取ってもらわねばならない。たとえ、どのような結末であろうとも」

 そう言って、ヴィルハルトはギュンターへと背を向けた。

「急げ。君たちの後退を支援するために、我々はこのまま遊撃戦を続行する」

「……了解しました」

 不本意そうな表情を浮かべつつも、ギュンターはその命令に従った。

 血の滴る凶器を片手に、全身を赤く染めた上官の背中を見送りながら、内心で嘆息している。

 なんて有様だ。あれが本当に人間なのだろうか。

 

 新たな敵を求めて歩き出したヴィルハルトの下へ、先の様子を見に行かせていた兵が戻ってきた。南第一区はすでに敵軍によって占領されているとのことだった。

 橋頭保を築かれたな。厄介なことになった。

 そして敵は増え続け、こちらは減り続けている。どうしようもない。

 もう半月ぶりなどと口にしておいて情けないかもしれないが、やはりこれ以上は無理だ。一正面ならばなんとか凌げていたものを、二正面ともなれば話はまったく別だからだ。

 それにしても。何故、自分は攻城砲の存在を忘れていたのだろう。こうなることは容易く予見できたはずなのに。馬鹿正直に突撃を繰り返す〈帝国〉軍に、見事に踊らされたというわけか。

 まったく。大した指揮官ぶりだな、俺も。

 ヴィルハルトは自らを嘲笑うように鼻を鳴らした。

 そして、敵の指揮官はあの“辺領征伐姫”リゼアベート・ルヴィンスカヤ大将。ここで手を抜くはずがない。

 こちらに反撃の余地を残さないためにも、徹底的な攻勢を仕掛けてくるはず。

 そんな彼の考えに呼応するように、東門のある方角から一斉砲撃の轟音が響いてきた。着弾の衝撃は、今までよりも遥かに近い。

 ほぼ同時に、レーヴェンザール上空へ赤色発煙弾が打ち上げられた。

 それは彼らの抵抗に終わりを告げる、幕引きの狼煙であった。

続きは金曜日

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