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土埃を立てて崩れ落ち、〈帝国〉兵を飲み込んだ瓦礫を見て、エミール・ギュンター大尉は痛ましげに眉間に皺を寄せた。彼はこの街の生まれだった。今、自らの命令で打ち崩した家も、そこに住んでいた老夫婦の顔も知っていた。
「大尉殿」
しかし、現在のギュンターには感傷に浸っている時間も自由もない。周辺の部隊を見に行かせていた軍曹が戻ってくると、彼に声を掛けた。
「各防衛部隊の展開は滞りなく。事前に配置された平射砲の展開も完了しております」
軍曹の報告に、ギュンターは頷いた。ちょうど、どこかで砲声が轟いた。誰かの悲鳴、そして建物が崩れる音。
それにギュンターは力なく嘆息した。
彼が考案した都市防衛計画の内、唯一ヴィルハルト・シュルツによって手直しされたのがこの点だった。
当初、ギュンターは可能な限り、街への被害を最小に抑えようと計画していた。しかし、その案はヴィルハルトによってむしろ積極的に街を破壊するように修正されてしまった。
無論、ただ悪戯に街を破壊することが目的ではない。崩れた家の瓦礫などで道を塞ぎ、土地勘のない〈帝国〉兵たちを混乱させ、その間に市街へと侵入した敵を包囲殲滅するという狙いがあった。
ギュンターもその利点については理解している。それに彼の案では、砲の向きや射角が大きく制限されてしまうという問題もあった。街の保全が目的ならばともかく、もはやここは戦場に他ならない。
戦場でむやみに兵から自由度を奪うべきではないことくらい彼にも分かっている。
ただ、生まれ育ち、慣れ親しんだ故郷を自らの手で破壊するという事実が、ギュンターを憂鬱にさせていた。
黙り込んだ上官の横では、軍曹が報告を続けていた。
「破壊された北門から〈帝国〉軍が続々と侵入しています。装備から、恐らくは西方領軍の猟兵部隊と思われます」
彼の報告が終わると共にあちこちで響きだした銃声を聞き、ギュンターは思考を切り替えると軍剣の柄を握りなおした。
「防衛線の指揮を執る。着いてこい、軍曹」
「は」
「ここは俺たちの故郷だ。そう簡単に、奴らに渡して堪るか」
そう呟いたギュンターの横顔は戦意に燃えている。しかし、その瞳にはどこか、穏やかな諦観が浮かんでも居た。
短いので、寝る前にもう一話更新します(新手法)