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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第三幕 城塞都市・レーヴェンザール攻防戦
112/202

112

前回、更新日を間違えました。

申し訳ありません。


ブクマが増えた! ありがとうございます!ありがとうございます!!

 それは二年前のことであった。

「我が国の軍で、最も訓練の厳しい部隊はどこでしょう?」

 貴族、いや、王族としての務めから半年間の将校教練を終えたばかりのアリシア・フォン・ホーエンツェルンは、勤務先の部隊はどこが良いかと言った指南役の教官にそう問いかけた。

「それは無論、我が軍最精鋭である近衛騎兵連隊でしょう。国王陛下のご守護という大命を果たすべく、どの部隊よりも厳しい訓練を日々積んでおりますから」

 彼女の問いに、教官はそう胸を張って答えた。彼にしてみれば考えるまでもない、当然の返答であった。自らが所属する近衛騎兵連隊に対する誇りと自負もあるが、何よりも〈王国〉の代々の君主は皆、近衛騎兵連隊で騎兵将校となる習わしがあるからだった。

 しかし、アリシアは教官の答えに満足しなかった。そこで自分がどのように扱われるのか、想像ができてしまうからであった。近衛騎兵連隊は確かに〈王国〉軍最精鋭だろう。その点に対して疑いはない。

 だが。そうではないのだ。アリシアはこの半年間に及ぶ将校教練を思い返した。

 それは教練の名を借りた接待であった。

 必要最低限の体力錬成。他の者と違い、甘い言葉を口にする上官。命令を飛ばさずとも従う兵たち。彼女が何もせずとも、激賞の言葉で埋まった考課表。

 結局のところ、軍はどこまでも彼女を〈王国〉第一王女としてしか扱わなかった。

 軍隊という厳しい場に身を置き、心身ともに鍛えられることで、いずれ担うことになるであろう重責に耐えきれるだけの逞しさを得たいと願っていたアリシアにしてみれば、これは不満以外の何物でもない。

 ここで慣例に従い、近衛騎兵連隊に入ればどうなるか。結果は分かり切っている。また接待が続くだけだろう。


「近衛騎兵連隊がお嫌ならば、近衛銃兵連隊はいかがですかな? こちらもまぁ、訓練の厳しさでは有名でしょう。騎兵には負けますがな」

 考え込んだアリシアに妥協案を示すように教官は言った。なぁ、軍曹と傍らに控えていた助教に同意を求めるように首を振る。軍曹はですなと答えた後、ぼそりと呟くように付け加えた。

「まぁ。厳しいというだけならば東部方面軍の独立捜索第41大隊もありますが……」

「独立捜索……偵察部隊ですか?」

 それを聞き逃さなかったアリシアが尋ね返す。

「おい、軍曹」

 それまでの上機嫌な表情から一転、余計なことを言いおってと言わんばかりに顔を顰めた教官に、軍曹がしまったという顔つきになる。彼は取り繕うように口を開いた。

「ああ、いえ、なんでもありません殿下。どうぞ、お気になさらずに」

「東部方面軍というと、ディックホルスト大将が司令官に就いていらっしゃるはずですね……独立部隊なんて、あったでしょうか?」

「あー、いえ、その」

 二人の態度に、むしろ興味を煽られたアリシアからの質問に軍曹は言葉を詰まらせた。何か助けを求めるような顔で教官の顔を覗き込む。教官は観念したようにため息を吐くと、アリシアに向き直った。

「独立捜索第41大隊は、そのディックホルスト大将によって、今年新設された実験部隊です。なんでも、新戦術の研究、その運用法の確立などを目的にしているそうですが」

「新戦術、ですか。それはどのような?」

「えぇ、小官も詳しく知っているわけではないのですが……密集体形を否定した、そうですな、散兵戦術とでもいうのですか。近頃、酷く熱心に演習を繰り返しているようで。この軍曹は創設の際、部隊視察のために一時期出向していたものですから、恐らくついつい口が滑ってしまったのでしょう」

「散兵戦術……〈帝国〉軍が採用している軽装の銃兵部隊、猟兵のようなものでしょうか」

 首を傾げたアリシアに、教官は面倒くさそうな感情を飲み下すと、にっこりと笑みを浮かべて応じた。

「よくお勉強されていますね。そのように考えてくださっても結構でしょう。ま、殿下には関係のないことです。何しろ、41という部隊番号から分かるように正規の部隊ではないですし、大隊とは名ばかりで兵も半数ほどしかおりません。その上、頻繁に将校を転属させるせいで人員不足と。責任者はよほど部隊運営の才能がないようです」

「人員が不足しているのに、将校を転属させてしまうのですか……?」

 彼女の新たな疑問に答えたのは軍曹であった。彼は何か、恐ろしいものを思い出したように肩を竦めていた。

「えぇ、大隊を任されているのは大尉なのですが……将校に対して異常なほど厳しい人物でして、その、大隊が望む水準に満たない能力の者を次々と隊から放逐してしまうのです」

「なるほど……」

 あれは軍の人事に対する侮辱ですねと締めくくった軍曹にアリシアは頷いた後、瞳を輝かせながら顔を上げた。

「その部隊について、もう少し詳しく教えていただけませんか?」

「殿下!」

 教官が驚いたように大声を上げた。

「まさか、あのような実験部隊に配属を希望されるわけではないでしょうな? 差し出がましいかもしれませんが、やめておくべきです。何故、近衛ではいけないのですか」

「教官殿の言う通りです、殿下。あの部隊で行われているのは、訓練の名を借りた拷問です。言いたくはありませんが、自分の以前の上官殿はあの大隊で身も心もすり減らし、現役を退いてしまったのですよ!」

 彼ら二人からの必死の説得にも関わらず、アリシアはその後、父王から東部方面軍司令官アーバンス・ディックホルストを通し、創設一年目の独立捜索第41大隊へと赴任した。


 第41大隊が半ば強制的に占拠している〈王国〉東部の大演習場に併設された兵舎、大隊監督官執務室とされている一室へと、着任の報告のために出頭したアリシアを出迎えたのは部隊に残っていたわずか13名の将校(当時)と、大隊最先任曹長であった。他の者たちが直立不動で並ぶ中、その人物は自らの執務机に差し出された書類をさっと眺めた後、何かを呪っているような、恐ろしい目つきを彼女へと向けた。

「確かに受領した。アリシア・フォン・ホーエンツェルン少尉、貴官の我が大隊への着任を心から歓迎する」

「ありがとうございます、大隊長殿」

 無機質な声で言った大隊監督官、ヴィルハルト・シュルツ大尉へアリシアは敬礼した。

「俺は大隊長ではない。大隊監督官だ。この独立捜索第41大隊の管理、運営を任されている」

 彼は答礼しつつ、そうアリシアの言葉を訂正した。申し訳ありません、大尉殿とアリシアは詫びた。

 それにヴィルハルト興味もなさそうに手を振って応じると、傍らで鉄像のように固まっていたヴェルナー曹長へとちらりと視線を送る。

「大隊最先任曹長、君が彼女の面倒を見ろ。少尉と言うことだが、速成教練を終えたばかりではむしろ、候補生としての扱いで十分だ。まずは体力から叩きなおせ。……少尉、何か文句が?」

 彼の言葉にぽかんとしていたアリシアに気付いたヴィルハルトが不機嫌そうに尋ねた。彼女は背筋を伸ばすと言った。

「いいえ! 何もありません、大尉殿!」

「そうか。それから、ここで俺は大隊監督官と呼ばれている」

「はい、大隊監督官殿!」

 アリシアは応じる自分の声が酷く弾んでいることに気付いていた。隠しようもないその声音に、控えていた将校たちが怪訝そうに顔を見合わせている。

 いや。一人だけ、納得したように頷いている者が居た。それは銀髪の大尉で、女性だった。後にアリシアは、その女性士官が近衛騎兵の名家であるカロリング家の一人娘だと知った。彼女もまた、高貴なる生まれ故の叶えられぬ葛藤を抱えていた。

「よろしい、それではしばらくこのヴェルナー曹長に従ってもらう……なんだ、曹長。何か意見があるのか」

「いえ。自分は。ただその……」

 ただ一人、彼女の様子にも何一つ反応を見せることのなかったヴィルハルトは、見上げたヴェルナーの顔色がおかしいことに気が付いた。しばらく、探るように彼の顔を眺めまわした後で、ヴィルハルトは納得したようにあぁと呟いた。

「いいか、曹長。かつて士官学校で候補生たちを苛め抜いていた時と同様に手を抜くなよ。彼女を他の者同様に扱うのだ。断じて、特別扱いは許さん」

「は、あー……了解しました、大隊監督官殿」

 ヴィルハルトの凶相と雪の精の如く白いアリシアの顔とを何度か見比べたヴェルナーは、どうにか自分を納得させると言った。

 それが〈王国〉現女王アリシア・フォン・ホーエンツェルンの、当時独立捜索第41大隊大隊監督官であったヴィルハルト・シュルツ大尉との最初の思い出だった。

続きは金曜日

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