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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
序幕 〈帝国〉軍襲来
11/202

11

「お二人とも、落ち着いてください。命令にはまだ続きがあります。最後まで聞いた後で、今後の方針についての議論をお願いいたします」

 守備隊参謀長、ロデリック・マイザー大佐がそう口にして、二人の中将が言い合いをしている最中、所在なさげに立っていた情報参謀を促した。

 彼は再び羊皮紙に目を落とし、咳払いをすると命令文の後半を一息で読み上げた。

「ただし、一部の部隊は守備隊後退を援護するとともに、その後友軍主力の布陣が完了するまでの間、ドライ川を絶対防衛線として敵軍の前進を遅滞すべく防御戦闘を行うべし」

 ようやく役目を終えた情報参謀がすっと後ろへ下がった。

 会議室の中は静まり返った。

 命令の内容は簡潔であった。

 つまり、味方の準備が整うまで敵を足止めしておけと言う事だった。

 絶対防衛線とされたドライ川は、ドライゼ山脈を水源とする流れの中で最も大きなものだった。交易街ハンザから北に八リーグを大河に向かい流れている。

「以上が、我々の達せられた命令である」

 守備隊司令官、レイク・ロズヴァルド中将が告げた。

 トゥムラー中将は納得していないとばかりに鼻を鳴らした。

 彼を横目で睨みつつ、ロズヴァルドは続けた。

「守備隊主力は、友軍との合流を図ってもらう。第3師団並びに騎兵第6連隊、独立砲兵第3旅団がこれに該当する」

 部隊名を呼ばれた指揮官の内、トゥムラー以外の者たちは心なしか安堵したような表情を見せた。

「そこで問題となるのが、後衛戦闘をどの部隊に任せるかという事だが」

「第3師団には、この後の合戦で大いにご活躍頂くとして。やはり、独立編成の部隊が望ましいと思われます」

 ロズヴァルドの言葉の後半を引き継ぐように、マイザーが言った。

 ここに来て、真っ当な意見を出しやがってと、シュトライヒ少将は歯を食いしばった。

 国境配置であった独立銃兵第12旅団は〈帝国〉軍の初撃を受けて壊滅している。逃れてきた者たちを集めて一個大隊がどうにか、と言う人数だ。さらに言えば、将校の数があまりにも足りず、もはや戦闘組織としての体を成してなど居なかった。

 であるならば、守備隊の手札に残る独立編成の部隊はもう一つしかない。

 事前に方面軍司令部より増援として国境守備隊の指揮下へと入っていた、シュトライヒの率いる独立銃兵第11旅団のみであった。

 軍における独立部隊とは司令部直轄で、師団などと言った上級部隊の隷下に入らない部隊を指す。

 基本的には、より上級の部隊に対する穴埋め的な役割を持ち、ある程度の作戦を独力で行えるように編成されていた。

 〈王国〉軍を例に挙げれば、第3師団隷下の銃兵旅団は三個銃兵連隊の単一兵科によって構成され、作戦行動の際には同じく師団隷下の砲兵隊や騎兵隊などとの支援を受ける。

 これに対して独立銃兵旅団の場合、二個銃兵連隊を基幹に砲兵、騎兵のそれぞれ一個大隊によって構成される三兵編成をとっている。

 分かりやすく行ってしまえば、規模を一回り小さくした師団のようなものであった。


「では、参謀長の意見を踏まえて、誰か後衛任務に志願する者はいないか」

 ロズヴァルドは円卓を見回して、そう尋ねた。

 この後に及んで、志願かと、シュトライヒは漏れそうになる罵りを抑えるのに必死だった。

 成程。確かに危険な任務に自ら名乗りを上げるというのは美談にはなるであろう。

 同時に、軍隊における志願と言うのが司令官にとって何よりも素晴らしいのは、志願した者に対して命令では無く、許可を与えれば良いという点だ。

 つまり、命令責任という重荷を放棄する事が出来る。

 こいつら、戦場を社交場か何かと勘違いしてるんじゃないかと内心で激しく毒づきつつも、シュトライヒは苦渋の表情のまま片手を上げた。

「その後衛任務、我が独立銃兵第11旅団が承ろう」

「よろしい」

 その申し出を当然のように、ロズヴァルドが頷く。

 他の連中も同じようなものだった。中には、自分には全く関係ないという態度の者も居た。

 その筆頭はトゥムラーだった。

「ですが、ドライ川には東西に一カ所ずつ架橋されております」

 参謀長としての職務を果たさんとするマイザーがその空気を壊した。

「シュトライヒ少将の第11旅団は、道幅の広い本街道側、西側の渡河点に布陣して頂くとして、東側にももう一つ、部隊を置く必要があります」

「そうだな」

 ロズヴァルドはその意見に頷いた。

「本街道は広い。渡河点に架かっておる橋も石造りで頑丈なものだ。当然、敵の主功はこちらに向くだろうから、旅団全力を配置する必要がある」

「対して、東側の渡河点は森の中を抜ける副道の先にある、付近の農民が普段使いするような小さな橋です。当然、さほどの広さもありません。そう、例えば一個大隊でも置いておけば十分な場所です」

 マイザーがそう説明した瞬間、ヴィルハルトは小さく舌打ちをしていた。

 やられた、と思っていた。

 自分がこの場に呼ばれた理由がようやく理解できた。

 そして、目の前の彼らの正気を疑った。

 しかし態度には表さない。

「その程度でしたら、主力から引き抜いても問題はありません。それとも、臨時で編成するか……」

「いやいや、参謀長。少し待て」

 マイザーの進言を、ロズヴァルドは演技たっぷりに遮った。

「この場にはもう一人、独立部隊の指揮官が出席していると思うのだが」

 その視線の先には、目つきの悪い大尉が据えられている。

 彼は拗ねた子供のようにそっぽを向いていた。

「シュルツ大尉」

「自分の部隊は方面軍司令部直轄であります」

 名を呼ばれた直後、ヴィルハルトはいじけた声で答えた。

 それをせせら笑うようにして、ロズヴァルドは情報参謀から羊皮紙を受け取ってひらひらとさせた。

「そうだな。そして、この命令はその方面軍司令部からのものだ。何より、命令は“一部の部隊”と言っているだけで、“守備隊の部隊”とは言っていない」

「いや、ロズヴァルド司令官」

 口を挟んだのはシュトライヒだった。

 どんな命令の解釈だと呆れかえっている。

「いくら何でも、そのような事は」

「君は黙っていたまえ。シュトライヒ少将、命令だ」

 シュトライヒはぐぅと唸った。

「それに彼は先日、自ら後方任務に名乗り出ていたではないか」

 これを聞いたヴィルハルトは、後方の護衛任務と後衛での戦闘任務を一緒くたにするなと思ったが、同時に大した考えも無しに余計な事を口走った五日前の自分を殺したい気分になった。

 畜生。いつも、いつも。

「自分の部隊はまともな編成ではありません。とても本格的な戦闘には耐えられないと思われますが」

「いくらかの増援ならば寄越してやる。砲も融通してやろう。少なくとも、頭数は揃えてやる」

 ロズヴァルドは普段ならば絶対に口にしないような、好意的な言葉を述べた。

 ヴィルハルトの胸の中を様々なものが駆け巡る。

「命令ですか」

 彼は尋ねた。

「命令だ」

 ロズヴァルドは答えた。

 内心で狂喜している。

 平民出身。その出自に相応しい、卑しい目つきの男。

 大尉の分際で一個大隊を与えられている成り上がり者。

 小隊演習の際には、卑怯な手管ばかりを使うと士官学校でこの男と同期だった甥からは聞いている。

 大演習場を半ば私物化している事については、怒りを通り越して侮蔑に近い感情を抱いていた。

 自由に使用してよいと許可を与えたのは彼に他ならないが、その事実について自身を追求などはしない。

 いずれにしても、自分が軍中央の椅子を手に入れた時点で真っ先に軍から追い出すつもりだった。

 そう言った思いのどれもこれもが、結局は平民出身の方面軍司令官によって引き立てられた、という一点に要約されていた。

 つまりは、ヴィルハルトにしてみれば八つ当たり以外の何物でも無い命令を、彼は口にした。

「〈王国〉軍中将、レイク・ロズヴァルドが発令する。〈王国〉軍大尉、ヴィルハルト・シュルツは東部方面軍独立捜索第41大隊を率い、友軍の布陣完成までの間、ドライ川東方渡河点にて〈帝国〉軍の進行を押しとどめよ」

 ヴィルハルトは諦めのような溜息を漏らした。

 上官の命令に逆らう事は許されないという、軍の第一原則を改めて思い知らされるとは。

 顔を上げた。ロズヴァルドの頭頂部辺りを眺めるようにして、敬礼する。

「了解しました。自分は、独立捜索第41大隊を率い、ドライ川東方渡河点にて後衛戦闘を行います」

 

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