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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
序幕 〈帝国〉軍襲来
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せっかくのゴールデンウィークだから、毎日二話ずつ更新しようぜ!


と、酔った勢いで言いました。

 東部方面軍総司令部より、東部国境守備隊へと命令が伝達されたのは大陸歴1792年、四ノ月17日の事であった。

 この間に国境からさらに4リーグの縦深を確保した〈帝国〉軍は、自国領から到着した増援を受け入れ兵力を増強させていた。

 その数は、およそ6万。

 彼我の兵力差が完全に逆転した事により、混乱と狂乱の最中に在った国境守備隊司令部は命令が伝わるとともに、再び指揮官たちを招集した。

 その中には何故か、独立捜索第41大隊監督官であるヴィルハルト・シュルツ大尉も含まれていた。


「本日払暁前、東部方面軍総司令部より、今後の作戦行動についての命令が届けられた」

 守備隊司令部の会議室に再び集められた指揮官を見回して、守備隊参謀長ロデリック・マイザー大佐は口を開いた。

 円卓を囲む指揮官たちが一斉にどよめく中、ヴィルハルトだけは相変わらず入り口の横で立たされている。

 会議の内容をそっちのけで、何故自分が呼ばれたのかを考えていた。

「それで」

 しかめっ面を浮かべて葉巻を吹かしていた、独立銃兵第11旅団長のシュトライヒ少将が急かすように言った。

「命令の内容は?」

 マイザーは、後ろに控えていた景気の悪い顔色の情報参謀に頷くと、自分は椅子に腰を下ろした。

 進み出た情報参謀は不景気な顔のまま、持っていた羊皮紙を広げて読み上げる。

「東部国境守備隊は、ただちに第二次防衛線まで後退。方面軍主力と合流し、さらなる〈帝国〉軍の侵攻に備えるべし」

「後退? 国境を捨てろというのか!」

 円卓を叩きつけて立ち上がったのは、第3師団長のトゥムラー中将だった。

 多くの者が彼の言葉に同調して、声を上げる。

「方面軍司令官は何を考えておる! これだから……」

「トゥムラー中将」

 激高したトゥムラーの言葉を、鋭く遮ったのはシュトライヒだった。

 これだから平民は、とでもいうつもりだったのだろう。

 貴族たちにとって散々に使い古された文句ではあるが、命令を受けた軍人が口にするべき言葉では絶対にない。

 流石に、その程度の軍人としての自覚はあったようで、トゥムラーは不機嫌に唸り、音を立てて座った。

「トゥムラー中将の仰る事はもっともだが、〈帝国〉軍の兵力は増援を得て、6万にまで膨れ上がった。もはや、我が国境守備隊だけで対処するのは不可能です」

 マイザーが隣に座る守備隊司令官、レイク・ロズヴァルド中将の顔色を気にするように言った。

 ロズヴァルドの顔はすっかり血の気が失せ、東方部族のような土気色になっていた。

「守備隊司令は方面軍に増援を要請しなかったのか」

 不満をぶつける矛先を変えたトゥムラーは、ロズヴァルドに詰め寄った。

「再三に渡り要請した。しかし、増援が到着するまでの間、我が守備隊だけで三倍近い敵軍を相手にするなど……」

「三倍の兵力差が何だというのか。防衛に徹すればその程度の補いはつこう。増援到着とともに、前線を国境まで押し戻せばよいのだ」

 言って、トゥムラーは円卓を叩きつけた。

 家柄を無視した態度の彼に、ロズヴァルドの顔に赤みが戻る。

「どういった権限で、一師団長の貴官が司令官である私に意見するのか! 貴様、出身は子爵家だったな……」

 そして、見るに堪えない舌戦が始まる。


 シュトライヒは一人、頭を抱えていた。

 東部方面軍司令官のたった一つの間違いは、師団長と同階級の者を守備隊司令に任じた事だ。

 結果、司令官であるロズヴァルドと師団長であるトゥムラーの権限が大きく重なってしまっている。

 しかし、仕方のない事情もあった。

 元々、この国境守備隊は軍事的な必要性に迫られて編成されたものでは無いからだ。

 むしろ、政治的な理由が大きかった。

 それも下らない事この上ない理由だった。

 東部方面軍には、平民出身である総司令官に対して反感を持つ貴族将校が多すぎたのである。

 こうした者たちを方面軍の中枢から遠ざける為に、国境防衛と言う大それた方便を用意し、独立した指揮権まで与えたのが、東部国境守備隊という組織の真実だった。

 ああでもない、こうでもないと言いあっている中将を見比べて、シュトライヒは我がことのように情けなくなった。

 これが国民の規範たる貴族の有様かと、泣きそうになる。


 対して、同じ情景を目にしていたヴィルハルトはどうでも良いような顔で息を吐いた。

 流石に立っているのが面倒になってきたのと、自分が呼ばれた理由がますます分からなくなってきたからだった。

 まさか、彼らの罵り合いを聞かされるためではないだろう。

 自分が罵られるのを聞かされるのならばともかく。

 それに、そもそも領内へと侵入した一個大隊程度の敵に目を奪われて、国境を突破された時点で国境防衛と言うこの軍の目的は失われているのだから、後退、いや、撤退は当然だと思った。

 何より、このまま国境で戦い続ければ、例え〈王国〉軍の全軍をかき集めたとしても敗北は必至であった。

 何故か。〈帝国〉軍が圧倒的に有利だからに他ならない。

 予備役を含めれば総兵力80万を誇る〈王国〉軍は、確かに大陸世界諸国と比べれば規模の大きい軍隊ではある。

 だが、500万を常備している〈帝国〉軍と比べてしまえば、それも霞んでしまう上に、即座に動員を掛けたとしても軍から離れて久しい予備役兵が現役兵と同程度の戦闘力を取り戻すには最低でも三か月は見なければならない。

 さらに国境付近で戦うとなれば、〈帝国〉軍はすぐ背後の本国から無尽蔵に近い補給を受け続ける事が出来る。

 条件で言えば自国領内で戦う〈王国〉軍も互角なように思えるが、兵力以上に隔絶している国力の差はどうにもならない。

 つまり、勝負にならない。

 であるならば、多少領内の被害には目を瞑ってでも、敵に補給線を伸ばさせる事が重要になる。

 そうする事で初めて、数で劣る〈王国〉軍は真正面から戦う以外の、例えば敵後方の補給線を叩くなどと言う選択肢を得る事が出来る。

 ああ、なんだ。

 ヴィルハルトはそこまで考えて、ふと気付いた。

 つまり、国境防衛などと言うのは最初から絵空事だったのだ。

 だというのに言い合いを続ける中将たちを見て、思わず吹き出しそうになった時だった。

 ようやく二人の中将を椅子に座らせることに成功したマイザーが口を開いた。

「お二人とも、落ち着いてください。命令にはまだ続きがあります。最後まで聞いた後で、今後の方針についての議論をお願いいたします」

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