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星川亮司短編集

わたしの人生はコーヒーであった

作者: 星川亮司

皆様、新年明けましておめでとうございます。

連載、サボっていますが、星川生きております。

本年もヨロシクおねがいいたします。

「わたしの人生はコーヒーであった」


コーヒーメーカーから注いだコーヒーは、熱くて、(ぬる)くて、やがて冷めてしまう。


わたしは只野太郎。会社では、目立たず、騒がず、粛々と日々を息を殺して生きている。


「出る杭はいずれ打たれる」と新人の頃に指導してくれた先輩が話していたっけな。



2017年1月3日正月、久し振りに先輩から連絡があり、大阪の喫茶店で待ち合わせた。


先輩は、現在は仕事を変え悠々自適に、年金を貰うまで比較的だれでも雇ってくれる日雇いの派遣社員で糊口(こぐち)をしのいでいる。


「アメリカン!」


わたしは、早くに待ち合わせの喫茶店へ着いた。


シナモンローストの浅煎り豆に、多めのお湯を注ぎ、苦味よりも酸味がきつい味に仕上げたコーヒーを、砂糖も、ミルクも入れずにブラックでいただく。


これも、新人の頃に先輩に教えられたサラリーマンの(たしな)みの1つだ。


最近のチェーン店はメニューにはアメリカンはない。店員はニコリとして「アメリカンですね」と、請け合ったが、運ばれて来たコーヒーはきわめて、普通のブレンドコーヒーであった。


わたしは、ブレンドコーヒーではない。味の薄いコーヒーがわたしそのものであった。


わたしは、会社に引きこもる経理課に勤めていて、営業が売りさばいた商品の伝票を、「こいつ、帳尻合わせてるけど、金をポケット入れやがったな」と、時折思うところはあっても、静に、ボンヤリ、へへえ、とやり過ごす。失敗は皆無だが、際立って鋭いところもみせない。ただ、ひたすらにお人好しに振る舞う。上は、社長から下は守衛のガードマンまで好い人で通している。


会社で結婚したと聞くと、祝儀を振舞い。悲しみがあったと聞くと誰よりも泣いてやった。


「只野太郎は、わが社の浜崎伝助だ」数も少なくなった古株の同僚は、釣りバカ日誌のうだつは上がらないが人柄だけで誰からも愛され会社に根をはる主人公にたとえてそう呼ぶ。


この人柄も現在は、会社を辞めた先輩が授けてくれたサラリーマンとして生き抜く知恵なのだ。


新人の頃は、これでも人並みに悪の真似事をした時もある。印象が好いのを使って、女をたらした時もある。その中の一人が妻だ。




わたしには、過って妻がいた――。


12月25日。クリスマスの熱いイブを過ごしたわたしは、まだ明け切らぬブラインドを透ける薄明かりの中、妻。当時、彼女はまだ付き合って間もない生娘であったが、朝から、ハムエッグを作り、パンを焼き、熱いコーヒーを煎れて、ベットに裸でうつ伏せに眠るわたしの肩を、ウブなそぶりで揺すって起こした。


「ねえ、ねえ、あなたってば。起きて、ねえ、ってば起きてよ」


「う、うん?起きてるよ……」


「ねえ、ベットから起きてくれなくちゃ朝食が冷めちゃうわ」


「……いいや、もう起きてるよ!」


と、わたしは立ち上がって、隆々と起立した……(やめておこう)。朝から妻を抱いたのだ。


――湯気あがる熱いコーヒーを見ると若いあの頃を思い出す。



わたしと妻とは干支が一回り違う。当時、遊び人だった34歳のわたしは独身貴族を決め込んでいたのだが、女子大の新卒で22歳で入ってきた妻の若くはじけるような笑顔が気に入って、新人歓迎会の時から狙っていた。


「彩ちゃんは、美人でかわいいから彼氏とはいつから付き合ってるの?」


と、普通に彼氏がいるかどうかを尋ねても女ってヤツは照れだか、神秘性だか知らないが男との交際は隠してしまう。だが、はじめから彼氏がいるものと問いかければ、彼氏がいるかいないか正直に答えるのが選択心理だ。


わたしの問いかけに妻は、顔を紅くして、「あたし男性とお付き合いしたこともありません」と、小さく恥ずかしそうに呟いた。


「君、処女かい?」


妻はこくりと頷いた。


この時から決めていたコイツを自分の女にしようと。



「只野、夫婦だったんだから今でも彩くんと連絡を取り合ったりする仲なのかい?」


コーヒーを半分ほど飲み干すと先輩がそう問いかけた。



新人でウブな彩を、わたしが目をつけたように、先輩も気に入って三角関係になった。


わたしは、女遊びの一人にしようと彩へ近づいたのだが、先輩と言う競争相手が出来ると、しだいしだいに、彩へのめり込み遊びのつもりが本気になっていた。


はじめ彩は、わたしより新人指導で先輩へついたせいもあって、先輩へなついた。


彩は、先輩が風だかインフルエンザで会社を休むと、粥の材料をスーパーで買って甲斐甲斐しく見舞いへ行った。


わたしは、彩を先輩に取られまいと、後輩が心配するフリして彩と先輩を二人きりにしないよう邪魔したものだ。


その帰り道、わたしは並んで帰る彩の唇を強引に奪い。思いを伝えそのままベッドへ連れ込んだ次第で物にした。



わたしが彩を妻にすると先輩は身を引くように会社を辞めた。


わたしは、遊び心が発端だったが、先輩は本気で彩を愛していたのかも知れない。


夫婦になってから、ベッドで彩を腕枕していると、彩は、ポツリと先輩とデートした時の話などをしたっけな。嫉妬にかられて彩と激しく2回戦に燃えた。


わたしと彩の相性はよかったが、結婚して6年、わたしが40歳、彩が26歳になっても子供が出来なかった。その頃は、決して彩との夜の営みに手を抜いて居たわけではない。


彩も女盛りの26歳、器量も性格も良く文句ない良妻だったが、賢母になれなかった。


わたしは、彩を産婦人科の不妊治療へ通わせた。


もしかするとわたしが種無しかぼちゃなのではないかと、不安になった。



今年、会社へ若くかわいい新人が入ってきた。新人指導にはわたしが就いた。


その~、なんて言えばいいのだろう。わたしは、自分を試したい気持ちになった。


女たらしは、わたしの18番。手練手管で新人を物にした。


「只野さん。責任取って下さい」


最近の女は慎ましさが足りない。たった一度の浮気の相手にしたのが運の尽き、会社の上司にはじまり、親兄弟に至るまでの大問題にされ、とうとう、愛しの妻、彩の耳に入る事となった。


「わたしは、子供が産めないようなので身を引きます」


彩は、去年のクリスマス前にわたしからあっさり身を引いた。


「今、思えば。彩は、わたしが思い通りにわたし色に染めたかわいいヤツだったな……」


去年の新人との浮気とドタバタで離婚した。離婚までしたが新人との間には子供は出来なかった。


女ってヤツは薄情な物で、新人は妊娠してないとわかると、あっさりわたしと手を切って、将来有望な企画室の男に乗り換えた。



数年ぶりの男一人の淋しい正月に、同じく数年ぶりに先輩が連絡をくれた。淋しい男は男どうしこれが男の友情と言う物よ。


寝正月を決め込んでいた所へ、先輩の連絡を受けた時には、涙だか、鼻水だか分からない物が身体中の穴から流れ出た。



わたしは、コーヒーの最後の一口を飲み干した。


「先輩、この後、夜の北新地へ繰り出しませんか?」


と、わたしは、会心のお人好しで先輩に問うと、先輩は、思い詰めた表情で重い口を開いた。


「只野。実はな、俺に子供が出来たんだ」


「それは、おめでとうございます。新年からおめでたいですね。で、相手は誰なんです?」


「君の良く知ってる(ひと)だ」


「えっ!?いったい誰なんです?イヤだな、教えて下さいよ。わたしと先輩の仲じゃないですか」


「あ・や」


と、口が動いた気がするが、わたしは、思い出せない。


ただ、人生は一杯のコーヒーのようにほろ苦い。



〈了〉

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― 新着の感想 ―
[一言] 単純に主人公ざまあ、という話でもなく、生き方の問題なんでしょうねえ…… これもまた人生。 離婚時に子供とかいたら、泥沼展開もあったんでしょうけど。
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