神様の天秤
大勢の人間が列をなして待っていました。
私は不安になって、見ず知らずの前にいた方にこの列がなんの列なのかを聞きました。
彼は言いました。
「これは死後の裁量を決める秤を待つ列です。あの秤で私たちの今後の運命が変わるのです」
私は生前、大した人間ではありませんでした。
それこそ人に言えば溜息をつかれるような、つまらないものだったと思います。
ある男が天秤に乗りました。
もう一方の天秤に、次々に人が乗って行きます。乗っても乗っても、天秤は一向にあがりません。
私は見ず知らずの前にいた方に尋ねました。
「あの方は生前、何をしていたのですか」
「あの方は生前、医者をしていました。天秤に乗っているのは、彼がこれまで救ってきた方々です」
やがて、大勢の人間が乗って天秤はやっと均等に保たれ、その人は目の前に現れた扉を開けました。
もう一方の天秤の人間も現れた扉に入って行きました。
次の人が天秤に乗りました。すると先程の人に負けず劣らず、大勢の人が天秤に乗りましたが、その後で天秤から降りて行きました。
私は見ず知らずの前にいた方に尋ねました。
「あの方は生前、何をしていたのですか」
「あの方は生前、ある国の政治家をしていました。大勢を救いましたが、大勢が犠牲になりました」
結局天秤にはその人の家族だけが残りました。その人は残った家族と扉の奥へ消えて行きました。
やがて私の番がきました。
私の反対側の天秤には誰も乗っていないのに、天秤が均等になりました。
私は不思議に思い、天秤をよく目を凝らして見ました。
そこには一匹のナメクジがいました。
そこで私はようやく、そのナメクジが昨日、ふみつけそうになって、避けたときのナメクジであることに気がつきました。それはほんの気まぐれであり、ただふみつけたら気持ちが悪いと思った、それだけのことでした。
私は目の前に現れた扉に手をかけたまま、しばらくの間考え事をするのでした。