No.43 田園の
出されたお題を元に、一週間で書き上げてみよう企画第四十三弾!
今回のお題は「田園」「老人」「テーマパーク」
6/15 お題出される
6/17 なんとなく浮かぶ
6/18 トラブルに巻き込まれ案が全部吹っ飛ぶ
6/20 改めて考え直す
6/22 相変わらずの筆の遅さである
プロットはメモに起こしましょう(切実)
「今年の夏は、ディムトピアランドで決まり! パパママお願い、ユッピーが私を待ってるの。去年より大きくなったディムトピアランドに今年も連れてって!」
車に搭載されているカーラジオから、聞きなれた少女のCMが流れる。そしてこの耳に残る独特のテーマソングもだ。このテーマソングが聞き飽きたから、私は営業課に移動願を出したんだが……残念ながら、今からディムトピアランドへ出向き『キャスト』役に、しかも問題解決を押し付けられたチーフとして戻ることになった。
ディムトピアランドは、田舎の田園広がるど真ん中におったてた、どこかのテーマパークのパチモンみたいなレジャー施設だ。割と好評なのがムカつく。……私は、このディムトピアランドが小さいころから大嫌いだった。祖父と父が家庭など放り出して、娘がぐれようと知らん顔で続けたテーマパークが、そして、就職難で結局離れられなかったこの不甲斐なさと理不尽さが、私を常にいらだたせていた。
8月の頭。蒸し暑く車内の冷房と合わせて窓を開け放っても日差しが刺さる気がする運転席で、聞きたくもないテーマ曲を聞かないために流したラジオで、まさかの感動の再会とは……今日はついてないな。
そんな訳で私は、がらでもないファンシーな衣装を積んで、汗だくになりながら一面の田園風景の中を走っている。車内ラジオでは相変わらず私の憎き勤め先のCMが流れ、更にはその特集番組が始まったため、私は車内ラジオを消した。イラつくったらない。
遠方に専用のモノレールが走り、その先には何やら大きな観覧車に大きなジェットコースター……お決まりのレジャー施設の外観に大きな建物が幾つか。可愛いキャラクターたちを最先端技術で提供する。そこに金を惜しまない。子供の心を掴むため、というより、この方が金になるからそうしたのだと私には見える。現に私は、自分を育ててくれたのは父ではなく、母が女手一つで育ててくれたと思っている。
物心ついた時には、私は日本に移住していた。アメリカ人の父が日本の片田舎に目をつけ、祖父をスポンサーにテーマパークを開こうと言って早30年になるらしい。私が生まれて25年、私はただ居るだけだった。構ってもらえずに寂しい思いをしたのは、今でも正直憎んでいる。
そして、半年前、母はまるでそれが当たり前だったかのように静かに眠ってしまった。最後は足腰を悪くし、歳に似遣わぬ老人のような歩き方で、屋敷の中を歩いていた。
そんなやるせなさを積み込んだ憂鬱な夢の国の車で向かう途中のことだ。田圃道の真ん中で一人の老人を見かけた。何もない場所に一人、とぼとぼと足が悪いとばかりに歩いている。
……こんななにもない場所を歩いているなら、遠方からでもこの人に気付けそうだが……私は100mほどまで近づくまで気づかなかった。きっと疲れているのだろう。最初はそのまま通り過ぎるつもりであったが、そのとぼとぼと歩く姿が、ちょうど思い出していた母と重なった。父も祖父も見向きもしなかった母の弱り切った姿に……。
「おじいさん、目的地はどっちです? 向うまでなら送っていけますが?」
私は老人と並走しながら声をかけた。一瞬遅れて老人は立ち止まり、私の方へ微笑んだ。
その姿は一言で言うと汚らしい。白髪と蓄えられた髭は泥で汚れ、固まって盛り上がり、被っている農家の帽子……らしき帽子を押し上げている。服も泥だらけで、レンコンでも取っていたと言った方が説明はできそうなほどだ。だが何よりも印象的なのは、その顔立ち。その顔は能面のようだった。典型的な、あの翁の面だ。それがそっくり顔についている。いや、顔そのもの……そういう顔で、私は自分の心臓が微かながら跳ねた気がした。
しかし泥だらけだ。声をかけた後で何だが、こんな人を乗せて言っては父やスタッフに何を言われるか分からない。車のシートはともかく、積んでいる機材や衣装は汚されるわけにはいかない。
が、そんなことを考えていると老人は指をさした。一瞬何のことなのか分からなかったが、私が直前にした質問を思い出し、即座に答えた。もっとも、老人の指さす方向がディムトピアランドそれそのものだったから、答えられた。
「おじいさん、あれは家じゃないわ。テーマパーク。あそこには人は住めないのよ」
老人はにこやかに笑いながら、そのままとぼとぼと歩き続ける。とはいえ、放っておくこともできない。私はこの老人をディムトピアランドまで送ることにした。きっと近くの住人なのだろう。
すこし進んでから、私は車を止め、車を降りながら後ろに居るであろう老人へ声をかけた。
「方向は同じだし、途中まで送って……あれ?」
見れば老人は居なかった。どこにも……
その後、何事もなく施設へ到着。子供の笑い声や大人の笑顔があふれ、スタッフも皆笑顔だ。ただその中で、私だけが敵意をむき出しにして社長室へと上がり込んだ。
社長室は間違って子供が入っても良いように、テーマパーク内と似たような、ファンシーなつくりになっている。ところどころに配慮が見られる。だが、その配慮を本当にこの守銭奴の豚どもがしたのかどうなのか、私は甚だ疑問だ。そう、私の目の前に居るはち切れそうなスーツを着た男二人、父と祖父だ。
小さな方の(といっても体重は100kgは超えている)男、父が言う。
「おお、来たか。そうだ、お前にも聞きたい。今度の新しい施設のコンセプトを……」
「そういう話をしに来たんじゃない。いい加減解ってるはずだけど? そもそも、最初の第一声がそれなの?」
私は頭に血が上っていた。
「母が無くなって半年、どんだけ忙しいか知らないけど葬儀も放っておいてよくもいけしゃあしゃあと……! 母がどんな状態だったかも知りもしなかったくせに!」
こんどは大きな方の男(体重は確か200kgあるんだったか?)、祖父が言う。
「よせ、確かにわしらも悲しかった。それは」
「それがなに!? 散々に放っておいたくせに! よくもそんな口が聞けるものね。休暇ぐらい取ろうと思えば取れるでしょう? 日に1分も家族を構わないで、よくも、よくも……!」
その時だ。背筋が凍るような皺枯れた声が響いた。私の肋骨を振動させるような重低音で、その言葉は放たれた。
「一言、よろしいかな?」
その場にいる全員が、その声の主の方向、私の背後にいつの間にか居た、あの田圃道の真ん中を歩いていた老人を見た。能面のような顔が、彫刻刀で切り開いたような口がにっかりと笑う。
そして、老人は父と祖父を指さして言った。
「家族を放っておいて、金儲けに走り、かつて愛を誓った存在をも見殺しにしたな。見えていたぞ。知っているぞ。忙しくない時も有った。煩わしかっただけだった。常々、お前たちは思っていた……『家族など煩わしいだけだ。そこに何か求めるのは間違っている。そんな奴など罪人と変わらない。処罰されて当然だ。あんな足になって当たり前だ。正義なのだから』と……」
父と祖父は狼狽しながら、微かに震えながらそれを否定しようと言葉を探した。
「な、なんなんだあんた! ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ! ここは……家族しか入れないんだ!」
「……何言ってるの? 母は一度だってここに入れてもらってないじゃない!」
私がこれに思わず食いついてしまった。
「母はあなた達にそう思われていたの? 確かに、それなら色々と辻褄が合うことばかり……ああ、なんて……どうして……」
父も祖父も反論は稚児の駄々のような物だった。
うるさい、私の話を聞け。お前の話は聞いていない。仕方ない、当たり前のことだ。そうなることは正義の行いだったのだ。
そして、私の怒りが振り切れる言葉を、父は言った。
「私たちが正しい! あの女が悪かったからだ。だから仕方ない、当たり前だ!」
「いつもいつも思ってた……なんであんたらが子供のテーマパークなんて運営できるのか分からなかった。でも今分かった! あんたらが、大人の姿をした子供だって事が今分かった! この人でなし! 人の感情が分からないなら、人でなんているんじゃないわよ!」
その私の怒りに答えるように、爆発のごとき轟音と共に地震のような揺れが起きた。何事かと身構えた次の瞬間、社長室の屋根を圧し潰し、観覧車の籠が飛び込んできた。その衝撃で私は尻餅をついた。よくみれば、観覧車の籠だけではない、観覧車の輪そのものが、転がりながら目の前で父と祖父とをひき潰した。むろん、観覧車の中の乗客も無事ではない。一瞬なにが起きたのか、土煙の向うで起きた出来事と、飛び散った血肉が何なのか、考えることができなかった。
そして、私の背後で件の老人が言う。
「お前は、父や祖父が構ってくれないことに腹を立てていたな。確かに、あの二人はお前の母は大事に思っていなかった。だが、お前は別だ。かいがいしく世話をし、巨額の金で支援し、何不自由な衣生活を送り、時に家政婦や母と言った存在に甘え甘やかされ、温室でぬくぬくと育ち、あまつさえ感謝すべき者どものを憎んだ……」
私は、咄嗟に事態を理解した。私はその場から逃げる為、四つん這いで社長室の出口を目指した。出口は歪み、力の入らない体ではドアノブを鳴らすことしか出来ない。
「それになにより、ここの田園には命が多くあった。それこそ、多くの命が……思い出が……だがお前たち親子がそれを金という名目で奪い取り、埋立てしまった。多くの亡骸が、この下にはある……」
「し、しらない、私はそんなの……」
「お前の父もまた、お前の母の事は知らなかったぞ。多忙でな。祖父が、娘が母の葬儀に出ろと父に言えば、可愛さに仕事を放棄しかねなかったので、握りつぶしたのだよ。もっとも、確かに連中は『自分勝手に疎ましいと思い、それを歪んだ正義で罪悪感を無視してきた』がな……」
「亡骸って……そんなの……」
老人はため息交じりに言う。
「田には多くの神が住まう。多くの生き物が住まう。多くの命がある。多くの命を育んでいく……」
つまり、この老人は、田圃の生物のことなどを言っているということだろうか? そんなの……私たち人間は生きている中でどれほど……そんなことで、私は殺されるのか!?
そして、老人は言った
「さて、一言は……済みましたな」
私の背後で、もげた観覧車の輪が軋みをあげ、瓦礫を押しのけて私を圧し潰しに来る。そして私のその時の最後の感覚は、ただ痛みだけだった。
気が付くと、私は病院のベッドの上だった。曰く、酷い事故だったらしい。父と祖父以外に幾人かが即死、私を含め多くの人間が重体だったらしいし、今も昏睡状態の人が居ると聞く。
どうやら、私は生かされたらしい。責任を取るため、だと思う。放っておいても施設はこのまま封鎖から廃業だろう。あの守銭奴たちが……父と祖父が貯めておいてくれたお金のおかげで、施設の解体などはスムーズに済むだろう。……私は一文無しになってしまうだろうが……。
ともかく、それでいいと思った。あの老人は、きっと神様とか祟り神とか、そういう物だったのかもしれない。私が車で送り届けてしまったが、もしあのまま放っておいたら、私は不遜で死んでいただろうし、ただ今回の事故が遅くなっただけだったかもしれない。……少なくとも、私は今なお、父も祖父も許せない。
しかし、病院は落ち着くものだ。日本の病院はなんとも柔らかな感じがする。良い場所だ。治療に専念する為、という名目の為、私には一切マスメディアの接近を禁止してもらっているのも助かるところだ。
ふと、私を見る小さな男の子に私は目線を向けた。
「おばさん、髪が金髪」
「まだ叔母さんって歳じゃないわよ。お姉さん、って呼んで」
そういって笑った私に、坊やが目をキラキラさせながら驚いた表情を見せる。
「日本語! 外人さんみたいなのに日本語だ!」
「えぇ、そうね」
私はその坊やに笑いかけていた。皮肉にも、入院してからの方が心穏やかだ。もっとも、この後、遺族への謝罪やなんかが有ると考えると気は重いが……
そんなことを考えてる私に坊やが言う。
「ねぇねぇ」
「ん? なに?」
「後ろのおじいさん、どうしてずっと、お姉さんを見てるの?」
この老人のモデルは
「一言主」という有名な祟り神……なのかな? という日本古来の神様です。あるいはそういう権力のある祭祀だったのではとも言われています。
曰く「我は一言主である」と、当時の天皇の行列すら退けるほど、恐ろしい呪力持つ神であったようです
その一言、言霊の力たるやすさまじく、その発せられた一言は絶対の力を持つのだとか
まぁ
今回の老人は
一言(だらだら喋る)でしたし、言霊で責めるより言葉による精神攻撃でしたが……
最後に主人公がなおも老人に憑かれているのは、主人公の行いがどこかでミスすれば、いつでも亡き者に出来るように、という事なのかもしれません
ところで
かの老人の動機は「生き物を殺したから、人の気持ちを害したから」でした
さて、これ読むそこのあなた……そう、あなた……
食事はしてますか? 空気は吸ってますか? 家族や隣人に辛く当たってませんか?
え? 創作上の存在だろう、と?
民間伝承とは何なのか、そして怪談と実際にその被害にあうとは何なのか、その辺を考えると決してすべて創作とは言えません
現にモデルになった存在は居るのですから……
ここまでお読みいただき ありがとうございました