8.音楽祭オーディション
今日は、音楽祭のステージ演奏のオーディションだ。
今は、音楽堂での「春」のオーディションでの桜さんの演奏中となっている。
私は目立たないようにホールの隅で聞いている。
一緒に出てくれる秋人さんも同様だ。
近くには菜月さんも座っている。
やはり他の先生方に邪魔にならないようになのか、私と同じように隅の場所取りだ。
音楽祭の最後を飾るビバルディの「四季」に、私は「冬」の希望でエントリーしていた。
自惚れではないが、この前の地区コンクール高校生部門で1位をとったから落ちる事はないだろう。
話題性からいってもステージに出してもらえるに違いない。
ただ、私は自分で自分の演奏に迷いを感じていた。
特に身近に比較する対象があるとなおさらだ。
「さすがは桜」
少し離れた所で、桜さんの友達の菜月さんが呟いた。
うっとりと呟かれた言葉に心に重いものを感じる。
悔しいから言葉には出さないが、さすがは桜さんだった。
菜月さんの言うとおりだ。
最近更に上手くなってきている。
技巧はまあ私のほうが勝てるかもしれないが、演奏の華やかさが違う。
肩から力が抜けて、桜さんの良い面が更に出てきたというか。
軽やかに弾くし、余韻の残し方も絶妙だ。
「春」はそこまで難しい譜面ではないから間違えたりもしない。
「春」らしいすっきりと爽やかな音で、春の喜びや華やかさ可愛らしさを表現できている。
………と思う。
悔しいけれど。
私はそういう弾き方はちょっと苦手だ。
どっちかというと、私は冬を弾くに相応しい重厚な硬い音を出すのが得意だ。
絶対に間違えないし、譜面の解釈も王道から外れない。
間の取り方もきっちりと寸分狂いなく。
それが嫌で練習しているのだけれど、練習すればするほど私のバイオリンは四角四面に固まっていく。
ふと気づくと、秋人さんが私を心配そうに見ていた。
私と目が合うと、小さく微笑んだ。
「大丈夫。心配しないで」
小さく囁かれた言葉に私も笑った。
「大丈夫ですわ」
心配しているのは秋人さんの方だと思う。
だけれど、秋人さんが心配したとおりだった。
自分の番が近づいてくるのに、桜さんの演奏がちらついて集中できない。
何故、桜さんのように可愛く自分の色を出して弾けないのだろうか。
どんどん桜さんは華々しく成長していくのに、それに比べて私は。
その後、私はオーディションでミスをした。
何回か押さえる位置が微妙にずれた。
弓運びも完璧ではなかった。
小さいミスだったけれど、私の演奏を聞いた先生方は首を傾げた。
私らしくないと言いたいのだろう。
私らしくないミスをしたから、オーディションには落ちてもおかしくない。
しかし、私が「冬」でオーディションに出ると決めてから、私に勝てそうな実力の人は別の演目に希
望を切り替えていた。
実に曖昧で不公平な状態で、「冬」のステージ演奏は私に決まった。
一方、桜さんは満場一致の状態で「春」のステージ演奏に決まった。
私はずるい。
こんな状態でも「冬」を辞退はしなかった。
こんな状態でもステージで演奏をしたいのだ。
バイオリン奏者としてステージに立ちたい。
音楽祭までにはなんとか立て直してみせる。
桜さん以上に弾きこなし、「冬」を成功させてみせる。
次か次の次辺りで何故薫子お嬢様がそこまでバイオリンが好きなのか書きます。