4.お嬢様と婚約者とライバルとライバルの友達と。
「天上様。放課後、『四季』の練習しないかい? 転入の手続きの時、僕も応募しておいたから」
お昼ご飯の時に、秋人様からそう言って笑いかけられた。
「私の事は薫子とお呼びください。秋人様」
いつもお昼ご飯は教室で一人きりの所に、今日は秋人様がいる。
いきなり転入してきた事情も何も全然知らないが、人と食べるお昼はちょっと嬉しかった。
嬉しく感じているのに、私の表情筋は笑わないで少し引き攣るだけだ。
「では、僕の事は秋人と呼んでくれるかな?」
「うっ………」
にっこり、と秋人様から笑いかけられて詰まる。
「お互い名前でさん付けて呼ぶ事にしない? できれば敬語もなしで。でないと、僕は天上様と呼ぼうかなと思います」
秋人様の優しげな笑顔が少し怖く見えてくる。
次期会社の跡取りなのだから、こういう風に押しが強くないといけないのかもしれない。
「分かっ………た。秋人さん」
両親にも敬語の私は婚約者といえども敬語なしは厳しい。
「ふふ………ありがとう。薫子さん」
柔らかい秋人さんの微笑みに私も笑みを返す。
笑いあってご飯を食べている私たちに人型の影が差した。
「へーえ、昭和の夫婦みたいねー! 何よ、天上さんなんて桜の側に居る幼馴染チラチラ見てた癖に!」
「河合さん………」
振り返ると、河合菜月さんと佐藤桜さんだった。
ポニーテールで元気に目を釣り上げるのが、河合さん。
肩までのセミロングで困った顔をしてるのが桜さんだ。
「なっちゃん、もうやめて。挨拶するだけって言ったじゃない」
「ぎゅー!」
なっちゃんこと河合さんが桜さんに口を抑えられて、ぎゅうぎゅう言っている。
「薫子さん。見てたって?」
秋人さんが聞いてくる。
「桜さんの側にいる幼馴染の方がいいな、と思って。ピアノをお弾きになるから。私もそういう風に伴奏してくれる方とか居たらいいな、って思ったの。幼馴染の方のピアノが好きです」
秋人さんは私のおどおどした返答に、満足したように何度も頷いた。
下手したら浮気の誤解を受ける河合さんの指摘に寛容だった。
「ピアノ………」
河合さんが呆然と呟く。
「ほら、だから言ったじゃない。薫子さんは明くんのピアノが好きなだけで名前も覚えてないと思うよ」
桜さんの言った事は図星だった。明くんというお名前は今知った。
「見ていて不快にさせてしまい申し訳ありません」
私が頭を下げると、桜さんが「ううん」と首を振る。
「な、何よ。どういう理由だって人の幼馴染チラチラ見るとか」
「なっちゃん。そろそろなっちゃんの気持ち広めようかな、私」
桜さんが腰に手を当てて菜月さんをじろり、と見た。
菜月さんが、
「気持ち、気持ちって。私は桜と明くんには仲良くして欲しいだけー!」
菜月さんはジリジリと後ずさり私達をキョロキョロと見比べる。
「私と明くんは幼馴染で付き合ってないよ」
「か、関係ないしー!」
桜さんの冷静な言葉に、菜月さんは真っ赤になって教室の外へ走っていった。
「ごめんなさい。騒がせて」
桜さんは私達に頭を下げると、菜月さんの後を追っていった。ちゃんとお弁当箱は持っていった。
私と秋人さんはしばらく呆然と見送っていたけれど、気をとりなおす。
「で、薫子さん。僕と放課後練習しよう」
秋人さんが微笑みながら話を戻した。
「え、ええ。今日は習い事はないですし。あら、でも秋人さんって楽器なさってたの?」
音楽学校に転入できたからには、何か楽器を弾けるのだろう。でも、自分は婚約者なのに全然知らなかった。
「ピアノを弾けるよ。多分、薫子さんの伴奏もできるかな」
「えっ」
私は目を見開く。
私の驚きように秋人さんは満足そうに頷いた。
「伴奏してくれる方とか居たらいいからね」
ドッキリ成功、と秋人さんはイタズラっ子ぽく笑った。
私は不覚にもちょっとどきりとした。