3.婚約者の転入
結局、音楽祭の応募は御父様に言わないで出してしまった。
音楽祭には合奏ならまだしもソロで全校生徒は出れない。
私が出たいのは今年の音楽祭の最後を飾るビバルディの「四季」の演奏だ。
それぞれ「春」「夏」「秋」「冬」をソロ、もしくは合奏で演奏する。
学校内でオーディションをするから、もちろん出られないかもしれない。
生徒受けが必要だから、ドラマチックさとか華やかさとかそういうのが重視されると思う。
出れることになったら強引に出てしまえば良い。
どうせ御父様とお母様は来ないで、後から使用人の録画したものを受け取るだけだ。
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そうそう、この前不思議な顔合わせをした光条秋人様は無事正式な顔合わせを終えた。
都内のホテルの料亭で親同士が喋るだけだったけれど。
秋人様の向かいの席からの意味深な微笑が印象に残るくらいだ。
あの人は本当に私と同じ高校1年なんだろうか、ってくらい落ち着いていた。
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秋人様との顔合わせを終えた次の日の月曜。
先生が来る前の朝の時間。
音楽祭の応募を終えた私は、「四季」の「冬」の楽譜を読み込んでいた。
先生が技量や出来栄えで「四季」それぞれにオーディションに受かった者を当てはめていく。
私は技巧なら先輩にも負けないかも、と思うので技巧的には一番難しいであろう「冬」に決めていた。
「冬」は好きな季節でもある。
寒さで吐く白い息。街を綺麗に包む白い雪。皆がきちんと服を着込んで出かけるのだ。
うふふ。
「ねぇねぇ、今日………!」
「えー、うっそー!」
「私、チラッと見ちゃった」
何だかクラスが騒がしい。
私は楽譜から顔を上げて辺りを見回した。
何故か桜さんと目が合う。
口パクで何か六文字喋った。
ふんわりと微笑まれたのを、微かに頭を下げて挨拶した。
私のライバル。一方的な認定だけども。
負けないわ。
「おい、皆静かにー!」
ガラッと先生が教室の引き戸を開けて入ってくる。
続いて男子が入ってくると、クラスのざわめきのボリュームが上がった。
きゃー!と女子の可愛い声がそこかしこで上がる。
男子が中央まで先生と一緒に歩いて来て微笑んだ。
「うそ………!」
私は驚きで目をみはる。
「 今日は転入生を紹介する」
「光条秋人と申します。そちらにいる天上薫子さんとは婚約者です。どうぞよろしくお願いします」
優しげに微笑んだ秋人様が爆弾を落としてくれる。
クラス中の人たちがざわめきながら私と秋人様を見比べる。
どうして秋人様もこの学校に来てしまったのだろう。
私があんなに反対されたのだ。秋人様もきっとご両親から反対されたと思う。
戸惑いに揺れる私の視線を受け止め、秋人様はニッコリと笑う。
私に好意を持っているかのようなそんな錯覚を起こしそうな甘い目。
これは親同士が決めた政略結婚ではないのだろうか。
………私は、秋人様の真意を測りかねていた。