2.音楽祭に向けて
次の日、学校で帰りの時間。
「じゃあ、音楽祭のステージ演奏に出たい人は今配った応募用紙にクラス、名前、楽器を書いて俺に提出してくれ」
帰りのホームルームで先生が小さい応募用紙を配った。
応募用紙を受け取ったクラスメイト達がざわめく。
「これこれ、今年はコンクール入賞者もいるから盛り上がるな」
「桜出るでしょ?」
「うん………なっちゃんもビオラで出るでしょ?」
教室の前の方の席では桜さんとそのお友達が相談している。
そうか………ライバルの桜さんが出るなら私も何が何でも出たいかもしれない。
お父様に機会を見て出ていいか聞かないと。
この前のコンクールからまだ2週間位しか経っていない。もしかしたらダメと言われるかも。
ううん、ダメと言われても応募用紙を出してしまえばこっちのものよ。
何の為に、音楽が盛んなこの高校に入ったのか。入る時の苦労が思い出される。
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ーーーこの緑ヶ丘音楽高校は私の憧れの高校だった。
「お願いします、お父様お母様。緑ヶ丘音楽高校へ行かせてください」
中学最後の年、私は最後のお願いをしていた。小中と通っていたお嬢様学校から、音楽高校へ行きたかったのだ。
「だめだ。そこは一般家庭の者が多い。お前にとって危険だ。価値観も合わなかろう。私はお前を心配して言っている」
「そうよ、お父様の言う通りよ。セキリュティがしっかりしていない上に共学でしょう? 芸術も良いけれど趣味程度にとどめておいた方がいいのよ。他にもやるべき事はいっぱいあるでしょう?」
気がほぐれているかと思って夕飯時に話したのだがやはりダメだった。
「コンクールで優勝した事があるからと言って、本当に演奏家になれるのは一握りだ。お前が傷つくのは私が忍びない。ましてや将来お前は光条さんの妻となり支えていくべき人間だ。両立は難しいだろう」
分かっていない幼い子を諭す顔だった。
私はそれを振り切るように首を振る。
「今まで以上にお勉強も社交も踊りもピアノも頑張ります。全国模試でも順位を落とさないように更に上位を目指して頑張ります。共学でも男の方とはなるべく話さないように心がけます。平日は学校と家の往復のみにして決められた所以外には行動しません。お料理だって………」
「お前は将来光条さんの妻になるのだ。演奏家になるのではない」
私の必死な様子にお父様が話を遮った。お母様と顔を見合わせてため息をつく。
背中を冷や汗が落ちた。
「お願いします」
震える声でそれだけ言った。
弾けるのならずっとバイオリンを弾いていたい。
それだけなのに何故叶えられないのだろう。
表情の読めない顔でこちらを見るお父様の目をジッと見返す。
やがて、ふと目を逸らされた。
「光条さんに聞いてみよう。光条家の嫁として許されるものなのか、をな」
ーーーあの後、本当に光条家に打診してくれたらしいお父様から許可の返事を貰った。
秋人様は芸術のできる女性が好みのようだ、との事だった。
勉強はもちろんの事、芸術としてピアノ、バイオリン、日舞に更に力を入れて励むようにと言われたのだ。
………バイオリンだけやりたい。