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最初の部分のみメイドのマリーテア・ペリス視点となります。
「さて、作戦会議を始めましょう」
マリーテアは形式的に口紅を取り出し、鏡を覗き込むと、凛とした声で告げた。
「作戦? ぐぁ」
「ありゃりゃすまんのう」
初めて女子トイレに入ったであろうカルシェンツにオババ様がマスカラを塗ろうとして、盛大に失敗している。
合コン初体験の王子様に、化粧直しと言う名の今後の動き方を話し合う作戦タイムなのだと説明し、女性陣は鏡台の前に並んだ。
「つまり狙いたい相手を言えばいいんだね? なら私はジェノ君一択で」
「私もジェノ坊ちゃん狙いで行きます。・・・そのように睨まれましても変更は致しませんので」
狙った相手が被ったがこれは勿論わざとだ。
カルシェンツがジェノに行くことなど誰でもわかる決定事項であり、他に目を向けるなど考えられない。そもそも王子様はジェノと戯れたいが為に女性陣営に入ったのだから。
ライバルが出現した事で、普段より面白可笑しい言動が飛び出す事を期待している。
ただわちゃわちゃ戯れているジェノとカルシェンツを眺めたい。
優秀なメイドであるマリーテアはほくそ笑み、濡れた手を拭った。
あら鳥肌が・・・恐いですわね。
寒気がする強烈な睨みから視線を逸らし、心の平穏を保つ。
オババ様はゴッデス、ティアラは神林かメロスにすると宣言し、このお遊びにノリノリだ。
「ジェノ坊ちゃんは合コン初参加ですから、戸惑っている内に押せばいけるかと」
「ジェノ君は私のものだ! カルシェン子の魅力でメロメロにしてみせるわ」
「メロメロにしてお持ち帰りしてその後何をするおつもりですの?」
「・・・それは勿論、お馬さんごっことか!」
もしやいかがわしいことする気じゃないでしょうね? と思い聞いてみたが、何とも言えない言葉が飛び出した。
お馬さんごっこ・・・ある意味凄くいかがわしいわね。
文字通り馬になって乗ってもらう遊びなのだろう。興奮気味に「ジェノ君に乗り回されたい」と話す彼は美しい。
発言はヤバいが見た目はとにかく美しい。
成長し更に麗しさが増した美少年は、残念なイケメン具合も増しているのが最高だ。
エンジェルは色んな意味で飽きる事のない素晴らしい鑑賞対象だわ。今後も草葉の陰から覗き見していきましょう。
女子トイレから平然と出てきたカルシェンツを、遠巻きで見守っている屋敷の使用人たち。
尊敬してやまない王子様の奇行にそこまで動揺している様に見受けられないのは、普段から彼の異様な行動に慣れているからかしら? まあ、馬になる訓練で四つん這いで走り回っている姿と比べれば女装なんてまだマシよね、ふふ。
「ではカルシェン子ちゃん、嫉妬と愛情渦巻く戦場へと戻りましょうか」
「ええ、ジェノ君との輝かしい未来が待ってますわ!」
男性陣の待つテーブルへと舞い戻り、合コン後半戦が始まった。
✽ ✽ ✽
メロスに焚きつけられたジェノは、少し緊張した面持ちでさっきまで座っていた席に腰を下ろした。
「ジェノ君アイス食べる? はい、あーん」
「うわっ」
メロスの「席替えしよう」という言葉の後、気が付いたら隣の椅子にカルシェンツが座っていた。あまりにも素早い動きにジェノは驚いて二度見する。幼い頃から武術や剣術を神林に叩き込まれ、人の気配を読む事も得意なのだが、目で追う事すら出来なかった。
こいつ、やりおるな。
「自分で食べるからいい。スプーン貸して」
「美少女自らの手で食べた方が何百倍も美味しいよ! 遠慮しないで、ね?」
「自分で美少女とか言うな」
「こんなにも美しいのに謙遜したら逆に反感買っちゃうもん。美少女の手の温度で少し柔らかくなった愛情たっぷりアイスクリームだよ? ジェノ君に365日食事の際にあーんしてあげるね!」
「鬱陶しいわ!」
カルシェンツは普段そんなに自分の容姿を褒めたりひけらかしたりしない。急にどうしたんだ? と違和感で首を傾げるが、恐らく合コンだから自身のアピールポイントを前面に押し出す作戦なのだと気付く。
「はむ」
「はぎゃ! ジェッ、ジェノ君が私のててててて手から・・・っ!? うあああ」
「ん、美味いなこれ」
クッキーを食べていて水分が失われたジェノは、差し出され続けるアイスを仕方なく口に含んだ。途端に隣がくねくねと奇妙な動きで悶えだす。
「ぅああ、ふーふっー、ふーふっふー」
「うるさいんだけど」
「ジェノ君がパクって! 私の体温で溶けたアイスを体内に取り込んだ・・・」
「その表現やめろ」
スプーンを奪って微妙に溶けたストロベリークッキーアイスクリームを口に運ぶ。
僕がアイスは5割くらい溶けている方が好きだと知ってて握りしめてたんだろうな・・・なんかキモイけど美味しいから許してやろう。
優しい甘さとトロッとした冷たさについ頬を弛め目を細めると、隣でテーブルに足をぶつけたカルシェンツから凄い音がした。
「ぐ・・・心配しないでジェノ君、興奮で痛みを感じてないから」
「心配なんかしてない」
ジェノが美味しいものを食べて顔を緩ますと、カルシェンツが顔面を崩壊させて悶絶するのはいつもの光景だった。
「カルシェンツはさ、女装に抵抗なかったの? まあムカつくくらい似合ってるけどな」
「私はカルシェン子だよジェノ君」
「あ?」
「ジェノ君と極太な運命の鎖で繫がっている大大大親友のカルシェンツって人じゃなくて、私はカルシェン子だよ? うふ」
「・・・そういう設定なのか? さっきからめっちゃ素じゃかった? 興奮して膝ぶつけてなかった?」
カルシェン子はカルシェンツの女装した姿ではなく、カルシェンツとカルシェン子は全くの別人という設定らしい。
「カルシェンツ色が強すぎるんだよなこの美少女(笑)は」
「ジェノ君が最愛の大親友が大好きで常に存在を感じていたくて赤の他人に大親友の面影を探しちゃうのは痛い程理解出来るけど、私は流離の美少女カルシェン子なの」
「おおっ流離の美少女! かっこいいっす!」
「どこが?」
「金髪だし目の色も一緒ですから、ジェノ坊ちゃんはエンジェルの面影をカルシェン子ちゃんに重ねているわけですね」
「面影もなにも本人じゃんか!」
他のメンバーはあっさりカルシェン子を受け入れた上、からかってくる。
「いくら似合うからって女装するとかどうかと思う!」と憤慨するジェノに、男装してる坊ちゃんがそれ言うか? と全員が心の中で思ったが口にはしない。
その後もデザートを食べさせようとするカルシェンツと嫌がるジェノ。二人の攻防をこっそりとテーブル下からカメラで盗撮するマリーテアは、満面の笑みを浮かべた。
遠くで別角度から望遠鏡かと思しきゴツいカメラで連写しているべリオンも、天使たちの盗撮で忙しい。
互いに自慢のコレクションを交換し、時には有益な情報を流している取引相手であるマリーテアとベリオンは、『友情なの? 恋情なの? 天使の戯れ見守り隊!』の会員として秘密裏な協力関係にあった。
子供達が仲良くなる為にジェノのスケジュールを横流しした事で、ストーカー行為に拍車がかかりなかなか距離が縮まらないという予想外の事態が発生したが、じゃれ合っているのを見ると、あれもこれもそれも今では良い思い出だ。
「こっちが惚れ薬、ほいでこっちが痛覚倍増ドリンクじゃ。シャッフルするぞい」
「おっしゃ来いっす! 惚れ薬は頂きっすよ」
「しゃしゃしゃしゃっ!」
「なっ、手元が速過ぎて残像が!? 目で追えないっす! どっちがどっちかわからないっすー!」
紫色の液体の入った二つのフラスコを素早く交差させるオババ様。
素早く移動させる手捌きは正に神技としか言いようがなく、その美技に当てる気満々だったゴッデスは早々に目で追うのを諦め、「心の眼で当てるっす!」と半ばやけくそに叫んでいる。
因みに当てれば両方をプレゼント。外せば痛覚倍増ドリンクを飲まされオババ様にあれやこれやされてしまうらしい。
心底どうでもいい。
「ふっ・・・ぐ」
「むむ、小癪」
隣に座る神林は向かい側のティアラと手を繋ぎ、互いに横に押し倒そうと奮闘していた。
なんで腕相撲してるんだと言いたいところだが、酒が入ると力比べしだすのはいつもの事なので放っておく。
自由だな皆。
「あー、あのさ、カルシェン・・・子はさ、婚約者とか、どう思う?」
「婚約者?」
積極的に行ってみよう。そう決意したジェノはさっそく行動に移した。
僕だってやればできる子なんだから。
勝気な性格しているくせに変な所で臆病風に吹かれてしてしまうが、勇気を出して恋愛方面の質問を繰り出す。
男だと思われているせいで身動きが取れずネガティブ思考に陥るものの、ジェノだってこのままでいいとは思っていない。隠していたっていずれはバレてしまうのだから、いつかは一歩踏み出さなくては。
その時が、今なのかもしれない。
「だからさ、例えば親に婚約者とか決められたとするだろ? その、ある程度は本人の意思を尊重すると以前言っていたとしても断りづらい状況になったとして・・・そういう場合カルシェン子はどうする?」
「え・・・?」
想い人になんとか恋愛話を振ったジェノはもじもじと両の指を絡める。
たどたどしくだが頑張って聞いたジェノの横で、マリーテアが特大のガッツポーズを天に掲げた。
「あのツンデレの坊ちゃんが・・・っ! 想いを自覚しても「何であんな変態を・・・」となかなか素直に認められずうだうだしていた坊ちゃんが! このまま親友の地位でいた方がずっと一緒に居られると最初から諦めモードだった坊ちゃんが!! はたから見たら変態ストーカーエンジェルが坊ちゃんを拒むわけないのに意味のない葛藤を続けていた坊ちゃんが・・・ ついに、ついに一歩踏み出したのですね!」
「落ち着こうかマリー、てか痛い痛い捥げるっ」
メロスは興奮状態で小声で捲し立てるマリーテアをなんとか宥めようとするも、腕をバシバシ叩かれ諦めた。
緊張と不安で心臓の音がバクバクなっているジェノはそれどころではなく、そんな周囲の様子には気が付かない。
わぁーなんか恥ずかしいっ。でも聞いたぞ、僕は聞いた! 早く答えろカルシェンツ恥ずかしいじゃないか!
デザートのブッシュドノエルはとても美味しいが、緊張で喉が通らない。返事をそわそわしながら待ちつつ目を逸らして紅茶を口に含むジェノは、カルシェンツの変化に気付いていなかった。
「こん、やく?」
静かな空間にポツリと呟きが落ちる。短い言葉は啞然とした色を含み、小さく震えていた。
「・・・ん? カルシェンツ?」
カルシェンツはしばらくの間微動だにせず、ただじっと見詰めてくる。黄緑色の瞳がスッと細められ、そうかと思えば急に立ち上がり、バンッとテーブルを叩いた。
「わっ」
不意な行動と焦点のおかしい血走った眼。
メロスへと向けられた威圧感に、ジェノは驚きで目を見張る。
え、なに? 何があったの?
「どうかしたかい?」
カルシェンツから放たれる悍ましいオーラに食事の手を止めたメロスは優雅に口元を拭った。
ジェノの記憶にある限り、カルシェンツは今までメロスに反抗的な態度をとった事はない。王子である彼はモーズリスト家当主であるメロスよりも勿論地位は高いが、大親友の父親として常に丁寧な態度を崩さなかった。
それが何故今唐突に敵意を向けているんだ?
「メロスおじ様は以前仰いました。ジェノ君の意に添わぬ婚姻は進めない、と」
「それが?」
「自らの発言を覆すおつもりですか? ジェノ君に婚約など必要ありません。私がさせない」
「・・・私は考えを変えたつもりはないが。ジェノの婚約は、本人の意思があればさせるよ」
「ジェノ君は一生婚約なんてしません」
「え、なんの話?」
質問を放置された上、いきなり交わされる会話にジェノは疑問符を浮かべた。
「するかもよ」とにこにこ笑むメロス。
「させません」と真顔で言い切るカルシェンツ。
そんな二人に挟まれる位置に居るマリーテアは、エンジェルはジェノ坊ちゃんの話だと勘違いしたのね、と平然とジャスミン茶を啜った。
そんなマリーテアの推測通り、カルシェンツの中でとある勘違いが生まれていた。
ジェノは、親に婚約者を宛がわれているカルシェンツの今の状況を、本人にそれとなく聞いた。しかしこれまでジェノが恋愛方面の話をカルシェツに振る事などなかった。
急に今までにない類の話を振ってきた親友の不自然な言動に疑問が生じるのは、自然な事だと言えるだろう。
『ジェノ君がメロスおじ様に望まない婚約を押し付けられたのでは?』
思いつめた表情だった事も相まって、親友が自分へ相談し助けを求めている! と考えてしまった。
しかしそんな勘違いが生まれている事に当のジェノは気が付かない。
「ジェノがしたいなら僕は結婚を許すよ」
「私が許しません! ジェノ君は一生独り身で誰も寄せ付けずに私と過ごすんです」
「は? え、なんなのだから・・・ 何で僕が一生独り身なんだよ、おいって」
ひとり状況が理解出来ていないジェノは、交互に二人を見遣って困惑した。
何でいきなり僕の結婚の話になってるんだ? カルシェンツの事を聞いたのにどうしてこうなった?
メロスは勘違いに気付いていながらにやにやと笑い、誤解を解こうとしないどころか煽っていく。マリーテアは口を挟むべきか見守るべきか悩みつつ、面白い展開だからとやはり何もしない。
大人たちが我関せずと視線を逸らした瞬間、カルシェンツがジェノの両手をぎゅっと握り、見惚れるような麗しいエンジェルスマイルを向けた。
「大丈夫だよジェノ君」
「何が?」
「婚約話なんてすぐにぶっ潰して、ジェノ君に近づく者は全て私が切り刻んで排水溝に流し秘密裏に排除してあげるからね。ああそれでは川が汚れてしまうから切り刻んだものは敵国の王城にまき散らして来よう。処分と嫌がらせが出来て一石二鳥だね」
物凄い物騒な発言が聞こえたんだが? 全然大丈夫じゃないやつだろそれ! 笑顔で敵国の王城に死体まき散らす計画立てるんじゃない。
「死ぬまでジェノ君は結婚なんてしなくていいんだ。私がさせないからね。ふふふっ安心して過ごしてね、ジェノ君」
「僕は結婚したいぞ」
「・・・え?」
ピシリッ
完璧なエンジェルスマイルに亀裂が入った音がした。
ジェノは気にせず思っている事を告げる。
「いずれ子供とか欲しいし」
「・・・」
こいつ、手も大きくなったな。もっともっと身長伸びるだろうな。
握られた手を意識して頬を赤らめていたジェノだったが、唐突に周囲の温度が下がり身を震わせた。
「結婚、したい?」
「うん」
「・・・・・・ジェノ君が、結婚・・・したい?」
「いずれな。大人になったらそりゃするだろ」
「結婚を、ジェノ君が?」
「しつこいな。将来的には僕だって――」
「んん、ん? あれ、耳がぁ、おかしいな。あーあーあぁー・・・聞こえないな」
こてんと小首を傾げたカルシェンツは瞬きを繰り返し、頻りに耳を撫で始めた。
心底不思議そうな表情で「疲れてるのかな」と小さく呟く。
「幻聴が聞こえた気がしたけど、もう大丈夫だよ。で、何の話をしていたんだったかな?」
「僕が結婚したいってはな」
「っぐああぁっああぁああ――― あああ゛あ゛あっ゛あ゛ああっぐう!」
「わっ!」
「あ゛あ゛ああああああー、ジェノ君はそんなこと言わない! 言わないっ、言っちゃいけないんだあああああ゛あ゛あぁー耳がぁぁあああああ゛っ」
突如奇声を上げて椅子から転げ落ちたカルシェンツは、両耳を抑えて駆けだした。
唐突な発狂と猛ダッシュを呆然と見送ったジェノは、固まったまま動けない。
「・・・ええ?」
「速っ」
びっくりしたぁ、なんだあいつ。
途中から四つん這いの馬走りにシフトチェンジしたカルシェンツは、圧巻のスピードで桜並木の向こうへと消え去った。流石は馬を極めし世紀の変態児。誰も展開とスピードについていけない。
「エンジェルが突風の様に行っちゃいましたわ」
「ジェノ、追いかけないの?」
「ええー」
奴の突飛な行動には慣れているが心底面倒臭い。恐らく僕の発言が原因だとわかるけど、追いかけたくない。でも僕がいかないともっと暴走するだろうし・・・仕方ないな。
嫌々ながらもジェノは重い腰を上げた。
本当、手のかかる親友様だよ全く。
「おーい、カルシェンツー」
桜並木を突っ切って大きな池がある場所まで進むと、飛び石の上で蹲る背中が見えた。声を掛けるとゆらりとスタイルの良いドレス姿の美少年が立ち上がる。月明りに照らされた姿は艶やかで美しい。裾や膝辺りが泥に塗れているが、そこは気にしないでおこう。
「ジェノ君、探しに来てくれたんだね。嬉しいよ、ふふふ」
ふんわりとしたエンジェルスマイルを向けられ、踏み出す足を止めた。よくよく相手を観察し、危なくないか見極めようと目を細める。
うーん、さっき叫んで馬になった割には落ち着いてるな。
すぐ情緒不安定になる親友に嫌でも慣れてしまったジェノは、それ以上近付かずに池横のベンチに腰を下ろす。
「さっきはあまりの衝撃発言を受け止めきれずに我を忘れて馬化してしまったけれど、走っている間に冷静さを取り戻したんだ」
「マジか。成長してんじゃん」
馬化って何だよと思ったがもうツッコまない。
「ショックを受けている場合ではないと、己を叱咤していたところなんだ。良からぬ世の中の習慣に染まりかけている大事な親友を救わなければ、とね」
「救う? ただいずれ結婚したいと言っただけだろ」
そう告げるジェノにゆっくりと首を振って、慈愛に満ちた瞳を向けるカルシェンツ。
聞き分けの無い子に対して「仕方ないなぁ」と言いたげな顔にイラっとくる。
「結婚とは人生の最果ての地獄。大切なジェノ君が間違った道に進まぬよう、永遠に大親友の私以外に視線はおろか意識すら向けない、輝かしい未来を迎えられるように・・・如何に結婚が無価値で糞以下の糞、糞塗れであるかを教えてあげるからね」
「汚いな! 糞糞連呼するんじゃない」
「しかし糞なものは糞であるから糞なのであって糞な事は変えられない事実・・・つまり糞だという事さ」
「おい今の恰好忘れてんだろカルシェン子。流離の美少女は何処にいったんだ? 完全にキャラ崩壊してんぞ」
「あらやだ、私は完璧美少女カルシェン子だったわ、いっけなーいテヘペロ!」
今更取り繕っても遅い。馬走りして糞を連呼する美少女なんているか。
「結婚なんてね、碌なものじゃないの。夫婦の間に愛なんて存在しないし、たとえあっても一時的で虚しい紛い物。結婚したら最後、そこには光の射さない暗黒への道が続いているだけ・・・愛なんて・・・そんなもの全部嘘っぱちだよ」
「・・・なんでそう思うんだ?」
淡々と語るカルシェンツに表情は無く。瞳の奥が冷たい。
無表情の女装美少年は鳥肌が立つ程に美しく、恐ろしく感じた。
ただ単にずっと一緒に遊んでいたいから反対しているのかと思ったが、口ぶりや冷めた瞳からどうもそれだけではなく『結婚』や『夫婦』というものに対して嫌悪感を抱いている事が察せられた。
「政略結婚は元から愛なんてないし、子供を作る為の儀式でしかない。血を残す悪しき風習に囚われ続けた歪んだ思考は壊さなくてはね。まやかしの『愛』という都合のいい言葉に騙されてはいけないよ」
「そりゃ政略結婚だと恋愛感情は無かったりするかもだけどさ、上手くいってる家庭はあるじゃん? 長い時間を掛けて家族になっていくわけだし、どうしてそんなっ」
月を背にしているカルシェンツの表情は、影になって窺えない。でもこちらをじっと見つめる彼が悲しそうだと肌で感じ取った。
「あの人の愛なんて、愛してるなんて・・・全部嘘っぱちだからさ」
その言葉を最後に、彼は俯いて黙り込んだ。
あ、ダメだ。
ジェノは立ち上がり地面を蹴った。
どうしても今、傍に行かないといけない。とつとつと話すカルシェンツが不意に遠くに行ってしまう。そんな焦燥に駆られて飛ぶ。
「話したくない事は話さないでいい」
「ジェノく」
「カルシェンツがなんで急にそんな事言い出すのか僕には全然わかんないけど、親友同士だって知らない事はあって当然だろうし・・・うーんと、でも一つだけ教えて欲しい」
大きな飛び石の上で向かい合い、ジェノはカルシェンツの冷え切った手を取った。
「お前の言う嘘っぱちの愛って、夫婦間限定か?」
「・・・?」
「普段から僕に大好きとか・・・愛しのジェノ君、とか言ったりするだろ。それが嘘、って事じゃないよな?」
「んなっ!? 当たり前だよ! 私のジェノ君への愛が嘘なわけないじゃないか! 運命の大親友の私たちは生涯、いや生まれ変わっても断ち切れない極太の愛の絆で繫がっているのだから!」
「それはちょっと嫌だ」
「何故だい!?」
普段の雰囲気に戻ったカルシェンツにほっと安堵し、握った手を強めて引っ張る。
「とにかく、もう戻ろう。皆待ってるよ」
「でもジェノ君に結婚しないと宣言してもらわねばっ、でなければ帰らないよ私は! このままだと凍死してしまうよジェノ君!」
「面倒だなお前」
「ジェノ君が結婚しないと約束して契約書にサインしてくれないと大親友が凍ってしまうんだよ!? 本当の意味で氷の王子になってしまうよ!!」
「自分で言うな!」
恥ずかしくないのかその異名。
大きく溜息を付き気持ちを整理して、ゆっくりと言葉を舌に乗せた。
「まあカルシェンツが言いたい事もわかるというか・・・否定はしない。世の中には愛の無い家庭はあるし、僕自身が愛のない関係で出来た子供、なわけだし、不幸になるという考えもあながち間違いじゃないから」
「あ・・・いや、ジェノ君の事を、その」
「いい。実際そうだし・・・ママは、貴族の妻の座が欲しくて僕を産んで正妻と仲睦まじく暮らしてる父の所に乗り込んで平穏をぶっ壊したし、ドロドロした思惑とか僕の存在とか浮気問題とかで夫婦間はギスギスして大変そうだったし」
まあそもそもママと関係を持った父もどうかと思うけど。
そこに幸せと呼べるものは見つからなかった。
少なくとも幼かった僕の目に映った両親の姿は――・・・
『跡取り息子として家を継ぐのよ。私が正妻になるの、いいわね? それがあなたの価値なのだから』
鼓膜の奥で木霊したねっとりとした声に、急いで頭を振って息を吸う。
全てを壊したママと、奥さんを愛していると言いながら浮気をした父親と、信じた最愛の人間の裏切りに絶望した奥さんと。
望まれない存在だった僕。
「ジェノ君」
「結婚イコール幸せだなんて思ってないし、不幸になる確率の方が高いのかもしれないし・・・そこまでカルシェンツがしないでほしいと言うのなら、考えてもいいかと思った」
「え、じゃあ――」
「だが断る!」
「ええっ!?」
賛同するのかと思いきやはっきり拒否され、前のめりになっていたカルシェンツはずっこけた。
「な、何でなんだいジェノく――」
「しー」
文句を言おうと開いたカルシェンツの唇に人差し指をそっと当て、ふっと微笑む。
指の腹に感じる息の温かさを意識しない様見つめれば、カルシェンツは啞然とした表情で瞠目した。
「良い子だから帰ろうぜ」
「・・・っつ!?」
「ほら、お手をどうぞ? ――お姫様」
顔を真っ赤にして震えているカルシェンツの顎をくいっと掬い、ウィンクをひとつ。格好つけながら手を引いてそのままふわりと空へ浮かび上がる。
よし、このまま大人しい内に連れ帰ろう。
瞳を揺らして口をはくはくと動かすだけのカルシェンツはなすが儘、夜空に攫われた。
「結婚して不幸になって辛い思いをしている人はいるし、身近で見てたし、不安な気持ちはある。僕も将来的にお前の言うように不幸だと、結婚しなきゃよかったって思うのかもしれない」
「・・・なら何故」
「でも実際してみないとそんなもんわかんないだろ。周りが100中100人駄目だとしても、101人目は駄目じゃないかもしれない。僕は、幸せだと思うかもしれない。僕の人生は僕が歩んで僕が経験して僕が実感していくものだ。誰かにこうなるからやめろと言われて実際そうなったとしても、僕自身がどう思うかなんてその時の僕にしかわからないじゃんか」
月の明りを帯びてキラリと光る黄緑色の瞳が微かに彷徨う。
ダンスを踊るかのようにふわりふわりと回る二人の姿は、冬空の中まるで一対の妖精のようだった。
「僕の人生は僕のものだ。僕の選択も、決断も、責任を持つのは僕だ」
とつとつと語るジェノの言葉に真剣に耳を傾け、カルシェンツは苦しそうに唇を噛んだ。
「だから本当に結婚したいと思えたその時、僕はきっと――」
生にしがみ付いてギリギリの境遇で過ごしていた幼少期。ジェノに選択肢なんてものはなかった。人は、生まれた境遇も親も選ぶ事が出来ない。でも今、ジェノの人生には様々な選択肢があり、自らの意思で手を伸ばすことが出来る。
『今日からジェノと僕は家族になるんだ。さて、何がしたい?』
あの日、メロスに問われたその問いに、ジェノは何も返せなかった。
自ら選択出来る状況に不慣れだった僕。
判断を全てママに任せて怯えていただけ。
不興を買わない様に黙って従っていただけ。
「お人形さんはもう、卒業したんだよ」
小さな呟きを静かに聞いたカルシェンツはジェノの手を放さないまま、その後は何も発さない。
黙り込んだカルシェンツの手を握りしめたジェノは、ああそうだ―― と自身の想いに向き合った。
僕とカルシェンツの関係だって、僕が・・・僕たちが選択して、後悔の無い未来を掴まないといけないんだ。
カルシェンツとの、思い描くかけがえのない未来を。
この日、変化を望まなかった少女の中で、大きく何かが動く音がした。
カルシェン子はジェノにお持ち帰りされました。良かったね。
お読み下さり、ありがとうございました。
次回『モーズリスト家への帰宅と学園入学に向けて』の巻。




