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ゴッデスが逃亡し、ティアラも朝食後に「訓練してくる」と言って小屋を出てから今日は見ていない。つまり、今小屋では目の前の青年と二人きりだ。
「あのさ・・・いや、やっぱ何でもない」
「気になるだろう。何だ」
一度は話そうと決めたものの、いざ恋愛相談を持ちかけるとなると小っ恥ずかしく、ジェノは二の足を踏む。どう切り出そうか悩んでいると、ロッツは物珍しそうにキョロキョロと部屋の中を見回し、テーブルに置かれた夕飯の残りを興味深そうに眺めた。
「これは魚の形をしているな」
「そりゃあ魚の丸焼きだからね」
「丸焼き?丸ごと焼いたのか」
「ああ・・・頭から齧り付くと美味いんだ」
涼やかな目元を少し見開き「齧り付く・・・?」と呟いた青年に頷きながら、ジェノは「またか」と微笑を浮かべた。
出会ったばかりのカルシェンツにも同じ様に驚かれたなぁと昔を懐かしみつつ、ロッツが生粋の上流貴族である事を改めて認識する。
よく敷地内の川でカンバヤシが虹鱒を釣ってきては、庭で焼いてその場で頬張ったものだ。
『魚の形を保ったまま食べるのは初めてだ。魚は骨も食べられるの?』
初めてカルシェンツの前で焼いた際、不思議そうな顔で聞いてきたのを今でもよく覚えている。ジェノにとっては極当たり前の行為だった為、少年が何に驚いているのか最初はわからなかった。
魚を頭から丸齧りする。
細かい食事マナーを幼い頃から身に付け、高貴な者達に囲まれ育った彼にとっては初めての経験だった。魚は食べやすいように余分な部位を切り落とし、しっかり調理された状態で出される為、生粋の王子様はただの丸焼きを知らない。
存在くらいは知っていたかもしれないが、貴族のジェノが当たり前のようにモシャモシャ食べるのを、珍しそうに眺めていた。流石にいつも骨が全て取り除かれた状態で出てくると聞いた時は驚いたが、通常の貴族とはそういうものなのかもなぁと思う。
貴族なのにマナーも仕来りも無視し、やりたいように行動しているモーズリスト家の方が普通ではないのだ。
今ロッツ青年が小屋に興味津々な理由もわかる。
こんな狭い場所で生活できるものなのか、この質素な食事を本当に食べているのか、寝室や書斎やトイレにシャワーはどこなのか、といったところだろう。
ジェノ達が過ごしている小屋よりも遥かに広いであろう個人部屋を作らせたロッツとしては、トイレやシャワー場が共同な事が信じられないのだ。以前泊まりに行ったカルシェンツの屋敷でも、ゲストルームや自室にはトイレとシャワー室が完備されていた。貴族の屋敷とは殆どがそういうもので、下々の暮らしが簡単には理解出来ない。
やっぱりモーズリスト家が特殊なんだろうなぁ。旅の途中、使用人も当主であるメロスも平然と野宿をして、ヘラヘラ笑いながら泥まみれになっていた。
ジェノにとっての当たり前は、同じ貴族の彼等にはおかしく映ってしまう可能性が高い。
だからといって行動を控えるなんて事をするつもりもない。別に変に思われたって構わないし、何にも縛られずに自分の好きな様に生きていきたいのだ。
「不便ではないか?ベットも高級なものでないと寝づらいだろう」
「全然平気。屋根があるだけ有難いでしょ。貴族は色々欲張りすぎなんだよ。人間は水さえ確保出来ればある程度生きていけるものさ」
「水って・・・凄い極論だな。それにジェノも貴族だろう」
取り敢えず中央に置かれたテーブルを挟んで椅子に座り、「うちは没落だから」と呟いた。モーズリスト家の噂は知っているようで、ロッツはゆっくり首を振ると口元に笑みをつくる。
「モーズリスト家は国内でトップクラスの権威と財力を誇る、そんな謙遜しなくていい。まぁ噂を信じ本当に没落だと勘違いしている者達も多いが、殆どの上流貴族は一目置いているさ」
その噂とは具体的にどんなものなのか、やはり他家には変な貴族だと思われているのか尋ねると、ロッツは頬杖を付き面白そうな表情を浮かべた。
「変というより謎だな。不思議なことが多い」
パーティに姿を見せない貴族も、希にだがいたりする。
しかし王家主催のパーティや有権者、権力者の招集をも平然と欠席する行為は普通の神経ではまず出来ない。高い位の名家から招待状が届くのは一種のステータスであり、他家よりも秀でているという大きなアピールとなる。
基本的に地位が優っている家からの誘いは断れないし、相手の面子に泥を塗る行為なのだ。名のある家と知り合いというだけで仕事にも大きく影響を及ぼし、グングン業績を伸ばす事も希じゃない。
その為上手く伝を使って運良くパーティに参加した者達は、何としても上流貴族との関係を築こうと躍起になる。
それにも関わらず、モーズリスト家は誰もが羨む誘いを尽く断り続けてきた。しかも理由が『パーティとか面倒臭い』という信じられないものなのだ。
そういえば昔、相手側に送った断りの手紙に本当にそう書いていたとマリーテアから聞いた事がある。これは確かに酷い。
メロスが当主となった頃、噂を聞いた多くの貴族は皆「ああ、モーズリスト家は終わったな」と思い、関わり合いにならないよう目を逸らしたそうだ。実際に名家の機嫌を損ねて嫌がらせを受け、潰されていった家の話は珍しくない。没落一直線だという噂が広まったのは当たり前の現象なのだ。
「しかし最近では中流の貴族達も、モーズリスト家の特殊さに気が付いてきたみたいだな。そろそろ下の者達も見る目が変わるだろう」
「どういう事?」
「俺自身ずっと不思議に思っていた。何故モーズリスト家は存続出来ているのか、と。王家の招待を何度も断っている時点で地位を剥奪されてもおかしくはないし、他の貴族達の態度も理解し難い」
「他の貴族・・・特に何もしてきてないよ」
「だからだ。咎めもせず放置しているだろう。何度か断られているにも関わらず毎回招待状を送っている家も多い。それが全部階級が高い家柄ばかりなのは明らかに異常だ」
恥を掻かされると分かっていながら誘い続けるのは何の為なのか?何故誰も文句を言わないのか?
おかしい事だらけだとロッツは腕を組み、ジェノも「確かになぁ」と唸る。
深く考えたことは無かったがロッツの疑問は至極当然だ。モーズリスト家を馬鹿にし見向きもしていなかった中流貴族の面々も、上流貴族の不可思議な行動に気づき始め「モーズリスト家には何かあるのかも」と考え出したらしい。
「トイス家からも数回招待状を送っているんだ。勿論全て欠席されたが、父は『モーズリスト家はいいんだ』と言っていた。詳しく教えてもらえなかったが、きっと同じようにモーズリスト家を誘い続けている貴族達は何か知っているのだろうな」
モーズリスト家の跡取りと言われているにも関わらず、何も知らされていないという恐ろしい事実がジェノに伸し掛る。
以前ロッツと知り合った舞踏会でモーズリスト家が色々噂になっていた背景には、僕の知らない事柄が沢山あったのだろう。早くモーズリスト家の隠された真実を聞きたい。・・・ヤバイ家だったらどうしよう。
「ところで今後の件についてだが、要点を纏めてみた。これを見てくれ」
渡された一枚の紙に目を通すと、細かな口裏合わせと行動に対する注意点等が書き示され、自身のデメリットの多さがわかりやすく見て取れた。
「叶えられる範囲でなるべくジェノの要望を聞こう。何か頼み事はないか?」
「別れたって噂広めたい」
「却下だ。・・・欲しい物があるなら、お詫びとして何か与えてもいい」
「うーん、それ以外では特に困ってないしなぁ。別にいい」
「ブランド物や、快適な建物でも構わないぞ」
簡単に住まいを与えられる青年の財力に驚きつつ、ジェノは「必要ない」ともう一度断った。
少女の心根にはスラムでの生活が深く根付いており、最低限揃っていれば充分暮らしていけると知っている。ただ飢えないという事がどれほど有り難く、どれほど幸福なことか。
これ以上更に欲しがっては、何かが崩れてしまう気がしてならない。
平穏な現状維持を望むジェノは、昔から物欲というものが薄かった。
本当に何もいらないのかと尋ねられハッキリと頷くと、ロッツは拍子抜けするような表情を浮かべた後、口元を押さえ「そうか・・・」と視線を下げる。
あれ?なんか嬉しそうだな。
表情は見えづらいが何故かそう感じ、ジェノは首を傾げながらも今後についての説明に耳を傾けた。
翌日のお昼時、教室の掃除を済ませその日使う教材を運び終わると、最近日課となっている散策へ出かける。
窓を拭いている最中、背後で三人の少女達がこちらをチラ見しながらボソボソと何やら話しており、終始居心地の悪い思いをした。
最近は子供だけではなく大人達からも好奇な目を向けられる事も増え、昨日聞いたテクニシャンで男を誑かすのが上手いという話が妙に恥ずかしくジェノを悶えさせる。
子供達の微笑ましい恋愛ごっこだと見守っている人もいるが、あからさまに睨んでくるおばさんや、「身分を弁えるべきだ」と憤慨している貴族の意見もちらほらみられる。
窓に反射して見える少女達の顰められた眉に、ジェノはそそくさと外へ避難した。廊下の途中で横から伸びてきた足を軽やかに飛び越え、安全地を求めて川沿いを突き進んだ。
偽恋人の内容は僕にとって殆どデメリットしかなく、本気で嫌がればロッツもこちらの言い分を聞き入れてくれるだろうけど・・・もう別にいいかなぁ、こうなってしまったものは仕方がない。
昨夜小屋に訪れたロッツは30分程話した後見つからないようにコソコソと自室へ帰っていき、残されたジェノは一夜考えた結果、かなり楽観的に事態を捉えるようになっていた。
ロッツは凄く申し訳なさそうにしてるし、何か問題が起こったり助けが必要になったら全力で力になってくれるだろう。面倒だと思う反面、一時的に『恋人の演技』をするのは少し面白そうだとも感じる。
恋人なんて出来たことないし、一体どんな事をするものなんだろう?
傍に寄り添いたわいのない会話で笑い合って、繋いだ手から相手の温もりを感じる。一緒に出かけて買い物デートをし、好きなところを囁いたりするのだろうか・・・
想像してむず痒さに襲われたジェノだったが、「あれ、ちょっと待てよ?」と顎に手を当てた。
「カルシェンツと似たような事いつもやってたぞ」
思い浮かべる恋人達の行動が尽く王子様と過ごしてきた日々と重なり、大きくブンブンと頭を振る。
いやいやいや、友達だから。僕たちは友情を育んでいただけだし、カルシェンツの感覚が少しズレているだけだから!
ほら、恋人ってのは特別な存在なんだよ。他人よりも優遇するし、誰にも見せないような姿で甘えたり、感情を曝け出してつい暴走してしまったり――
・・・うん、全部カルシェンツに一致するな。
奴の友情の基準はやはりおかしい。
知り合ってすぐの時点からずっと思ってはいたが、こうやって一つ一つ考えていくとそれが浮き彫りになり、少女は大岩の手前で蹲り頭を抱えた。
僕がカルシェンツを好きになったのって、9割位あいつが悪いんじゃないか?
若干恋心を抱いてしまった事に対して「関係を壊してしまうかも」と罪悪感を感じ、自分を責めていた面のあるジェノは、ブチブチと生えている雑草を抜きながら文句をこぼした。
そりゃあれだけ特別扱いされて事あるごとに褒められたら嬉しいし、急に触れてきたり「私が守る」だなんて王子様みたいに言われたらトキメクさ!あ、本物の王子だったっけ。
「友達を好きになった僕がいけないんだと思ってたけど、冷静に考えたらカルシェンツにも責任があるよな、うん」
思わせぶりなセリフとスキンシップの連続に、胸の奥に仕舞ってある乙女心が刺激されてしまっていたらしい。
性別を偽っていた少女と、世間から外れた友情を押し付けてくる少年がもたらした悲劇。周りは面白がってニヤニヤと茶化してくるが、本人にとっては笑えない大問題なのだ。
諦めるって言ったってどうせいずれは隠しきれずに性別バレるだろうし、いっそ想いを伝えてスッキリしてしまうのも一種の手だよな。でも一度恋愛が絡んだらもう友人には戻れないかも・・・でも上手くいって恋人になれる可能性も――
いや、婚約者がいるんだった。どの道無理だ。
未来を想像すればするだけ気持ちが暗くなっていき、少女は振り切る様に大岩を登りだす。
「西部地方で諍いが続いてるのはどうなってるんだ?早く小麦の流通を良くしてもらわなきゃ困るぞ」
高所から景色を眺めて気分を切り替えようとしたのだが、登りきったところで話し声が聞こえて咄嗟に身を低くして隠れた。
「バイミア国は情勢が芳しくないからなぁ。我が国に恵んでくれとせっついているんだ。外交は何やっているんだか」
「バイミアのは質の悪い脅しですよ。全く、集るなら大国のヴェジニアにすればよろしいのに・・・シナトリアだって貧しいんですがねぇ」
大岩の反対側は斜面の急な坂になっており、下の道から見上げると5m程の崖の上に大岩が少し飛び出している様に見える。ひょっこり顔を覗かせると、川沿いを上がってくる三人の男性の姿が真下に見え、ジェノは身を潜めながら通り過ぎるのを待った。
「ヴェジニアには返り討ちにされるのがオチだからな、迂闊に手を出せないのだろう」
「一年前に海側から攻め込んできた島国を逆に占領したってやつですな!好戦的な王様だ」
「いや、指示は全て跡取りの王子だという噂だ」
「ほう、かの有名な怪物王子ですか」
貴族と思われる質の良い服を着ているのが2人に、腰の低い従者のような男が1人。ゆっくりとした足取りで砂利道を進んでいく。通り過ぎるのを待っていたジェノだったが、聞こえた会話が気になりコソコソと三人の後を追っていった。
どうやらシナトリア国の貴族みたいだが、ヴェジニア国の情勢にある程度詳しいようだ。自国が襲撃を受けていたという話は聞いたことが無く、もし本当だったら大問題である。
島国を一つ占領しただなんて聞いた事ないし、新聞にも載っていなかったぞ?
嘘情報の可能性が高いが、『怪物王子』というセリフにいてもたってもいられなくなった。
知らない間にカルシェンツが危ない目に合っていたらどうしよう。国同士の争いを指示しているだなんて、そんな危険な立場にあいつはついているのか?
「ヴェジニアにスパイを送り込んでも尽く捕らえるのは一体どういう仕組みなんでしょうかねぇ。こっちの情報はダダ漏れですのに・・・」
「防衛に穴が無いのだろう。我々には悟られない手を幾重にも張り巡らせているのだ。恐ろしい」
「だからこそ他国は第三王子を陥れ、第一王子に王位を継いで欲しいわけですな」
え?第一王子に王位を?
小さな体を活かして隠れていたジェノは固まり、耳を済ませながら頭を整理していく。
教育や医療にも精通していたカルシェンツはどうやら軍事にも多大に影響を及ぼし、驚異的な速さで隣国との差を広げていった。王族として国を守る為軍に関わる事はあるだろうが、僅か13歳で指揮を取り他を圧倒しているというのは驚異的だ。
ヴェジニア国の繁栄を望む国王がカルシェンツを跡取りにと考えるのは当然の結果で、それを由としないのは敵国や侵略される事を恐れる周辺諸国。そして、王位を諦めきれない第一王子の派閥である。
カルシェンツが異様に王都全域を嫌っていることや仕事の話を避けるのは、僕に心配をかけまいとしているからだ。悩み等無さそうな誰もが羨む天才王子の周囲には、想像を絶する程の闇が広がっている。
「僕はカルシェンツに何をしてあげられるのかな」
一緒にいて少しでも心を軽くしてあげたいと考え、今遠く離れてしまっている歯痒さに唇を噛み締める。
大した事が出来ないのに、唯一してあげられる事さえダメダメじゃん。何やってんだよ、僕は。廃病院で身を隠すって言ったって、何から逃げているのかも知らない。早く、カルシェンツに会いたい。役に立たなくても、傍にいたい。
「7年前に3ヵ国が総力を集結して作った巨大大砲が、ヴェジニア国との国境線で忽然と消えたって伝説は真実なのか?」
「実際に空中に放たれた砲丸が音も無く消滅した現場を多くの兵士が見たとか」
「両方の兵士が呆気にとられて一時騒然とした超常現象ですな」
他にも不思議な現象が多いと『ヴェジニア国の七不思議』を語りだした三人は、Uターンして施設に戻っていき、ジェノもトボトボとした足取りで坂道をおりて行く。
ポツリポツリと降り出した淀んだ空模様を見上げ、少女は雨宿りする事もせずに佇み続けた。
大陸の中では圧倒的とされるヴェジニア国だが、別大陸には更に技術発展した国や魔力に満ちた土地、解明されていないまだ見ぬ世界が広がっているという。冬の塾合宿以降他国に興味を持ち様々な見聞書を調べたジェノは、その謎めいた地に夢中になった。
東の孤島の森の奥地には全員が水属性の魔法を使える100人規模の村が存在したり、丁度裏側に位置する大陸には絶滅が心配される『獣人』の姿を見る事が出来る。
「海底火山の更に下で暮らす『地底人』の人口は人間の二倍以上だとされ、テレパシーを使える王様には絶対服従で心酔し、文化も技術も戦闘力も高い・・・かぁ」
嘘も勿論混じっているだろうが、「この世には信じられない光景が膨大に溢れているものだ」とメロスが言っていた。
世界中を旅している最中、好奇心旺盛なメロスは実際にその目で見てきたのだろう。いつか僕も自分の目で真実を確かめてみたい。
廃病院裏の軒下に腰を腰を下ろし、膝を抱え強くなった雨音に耳を澄ませて瞳を閉じた。数歩歩けば雨に当たり肌寒いが、室内に入る気分ではない。
出来ればカルシェンツと一緒に、なんの柵のない世界へ飛び立てたらいい。
昼食までの少しの時間、ここで考えを纏めようと頬杖を付いた瞬間――
バシャ、バシャッ!
「――っ!?」
豪快な音と共に頭上から降り注いできた大量の水。
髪の毛の間を伝い、ひんやりとした液体が頬を濡らした。
「冷たっ」
驚いて顔を上げると5M程横に離れた場所に背の高い女性と、フワリとした紺色のワンピースを着た少女が立っていた。女性の手には大きめな空のバケツが握られ、先程まで何か入っていたと判る様にポタポタと水滴が垂れている。
「何こっち見てるのよ」
「え・・・」
「あら、何か文句でもあるの?私は貴族なのよ、あんたとは違ってね」
・・・貴族だから何なのだろうか?
蔑むような瞳を見つめ返し、その後ろでクスクス笑っている少女に目を留めた。
この子、見覚えがあるな。そうだ、最初にロッツと再会した時に彼を追いかけていた4人の中にいた子だ。
持っている分厚い本で口元を隠しながら笑う少女は、二つに結わえた三つ編みを揺らしながら「大変ですわ~。まるでドブネズミみたい!」と服までびしょ濡れのジェノを可笑しそうに眺めた。
「フフッ、勘違いしないでくださる?たまたま通ったらちょっと水がかかちゃっただけじゃない。そんな所にいる方が悪いのよ、鈍臭い子」
いやいやいや僕は隅に座っていただけだし、持っていた水を零したそっちの方が鈍臭いと思うのだが。
「昼食の時間だから寝てたのを起こしてあげたのよ。お姉様に感謝すべきじゃない?礼儀知らずな子!」
「ココアちゃんは平民の出なのに本当に良い子ね~。どこかの身分をわきまえない勘違いドブネズミとは雲泥の差があるわ」
「ありがとうございます、アイスお姉様。こんな臭い所にお姉様を居させるわけにはいけませんわ、ココアが傘をさしますからお部屋へ戻りましょう!」
確かにずっと生臭い匂いが鼻をついており、足元を見下ろすと油のようなテカリが見て取れる。髪の毛を撫でるとズルリと魚の尻尾が付いた骨が膝に落ちた。
どこが水だよ!
恐らく昨日の夕飯に出た魚のゴミを砕いて水で溶いたものを、頭からかけられたのだ。丸々バケツ一杯分は座っていたジェノの全身をずぶ濡れにするには充分で、服に付着した魚の油と細かい身の部分は厄介極まりない。
スススっと小柄な少女が進み出て、ジェノの前でニンマリと口元を歪めた。
「平民と貴族様との恋の物語のヒロインは私がなるの。貴族様に見初められるのはこのココアじゃないといけないのよ。ずっと夢見てたんですもの・・・想像以上の物件が現れた今、誰にも邪魔はさせないわ」
小声で囁かれたセリフには苦々しさが混じり、射殺す様な鋭い目付きに可愛らしさは微塵もない。
「ココアちゃん?行きますわよ」
「はいアイスお姉様。私、やっぱりロッツ様にはお姉様が一番相応しいと思いますわ。全力で応援させていただきます!」
ジェノへの囁きは貴族と見られる女性には聞こえておらず、懐いてくる少女に対し余裕の笑を浮かべている。
少女の言う『誰にも』の中に彼女も入っているのだろうと考え、目的の為なら平然と嘘を並べる姿に目を見張った。
「うふふ、汚くて臭いあんたは役者不足なのよ」
汚くて臭いのはそっちが掛けてきた液体のせいだろ。
一見無邪気で素朴な風体の少女は、丸い鼻を態とらしく抓むと座っているジェノに土を蹴りかけ、歪んだ笑みを向けて遠ざかった。
黄土色に濁った水が目に入らない様に拭うと、泣いていると勘違いした2人は満足気に笑い、嫌味を吐きながら角を曲がっていく。
一人ずぶ濡れの状態で残されたジェノは両腕を掴んで俯き、細かく震える歯を食いしばった。
ビチャ ビチャッ
騒がしく去った二人を終始黙って見送り、自身の状況を確認した後滴る水音に眉を潜めながらゆっくりと立ち上がる。
身体から発せられる生臭い匂いにヌルヌルとした不快な手触りは、いくら服で拭っても落ちることは無い。全身に染み込んでいるのだから当然だ。
「靴もぐっしょりだ・・・あ」
小屋への帰り道の途中、一組の貴族の親子と擦れ違う。
少し憐れむような視線を向けたものの、結局は見なかった事にしたのだろう。高級スーツを着こなした父親は立派なヒゲを摩り、悠然と通り過ぎていった。執事に自身の傘を持たせた息子も、チラリと視線を向けただけで傘のないジェノに救いの手を差し伸べる事はない。
彼等の微動だにしない遠ざかる背中を眺め、冷たい雨粒を小さなその身に受け続けた。
震える掌で顔を覆い、長く細く息を吐き出す。
「――っく」
唐突に込み上げて来る感情を喉元で堪えた。
大粒の雨に打たれながら、溢れ出ようとする熱い気持ちを堪え切れず――
ジェノは静かに、微笑んだ。
「面白いっ」
あからさまな侮蔑の視線に晒され被害を受けたにも関わらず、まるでそれを楽しんでいるかの様な表情が自然と少女に浮かぶ。
小さな胸の内で込み上げていたものは悔し涙や憤りではなく、純粋な闘争心と笑みであった。
つまりこれはアレだね。陰湿な嫌がらせ・・・イジメの類というやつだよね。
噂を立てられたり影で悪口を言われるのは鬱々とするが、真正面からわかり易く挑発してくるのに対しては無性に胸が躍った。
少女の瞳の奥で、キラリと何かが光る。
――水を掛けた少女達は知らなかった。
自分たちが小馬鹿に蔑んだ相手が、ただやられるだけのか弱い女の子ではない事を。
ジェノ自身知らなかった。
通常なら傷つけられ落ち込むような状況で、逆に燃え上がり凶暴な牙を剥くタイプだということを。
「いやぁ、今のは完全に油断していた僕が悪いな」
今回は様子見の為に一切反論せずに相手の出方を伺ったのだが、罵られている最中にもいくつかの反撃方法が頭を巡った。
以前スフレと共にイジメっ子集団を逆に追い掛け回していた日々を思い返し、雨に打たれながら作戦を練る。
貴族達の助けなんか宛に出来ない状況だけど、女性との戦闘ならティアラ並に強靭な相手でない限り10対1でも勝てる自信がある。
「隠れて行われる陰湿なものは嫌いだが、堂々と姿を見せて攻撃してくる相手には撃破する喜びがあるってものだ。・・・顔は覚えた」
幼い頃の母親の影響で争い事が苦手になり避けるようになったが、ジェノは本来メロスの性質を色濃く受け継いでいる。『変人』と言われ続けている義父のメロスは逆境にすこぶる強く、目を輝かせて敵を薙ぎ払う姿は狂気じみていると周囲は語った。
タイマンや正式な試合は見るのが好きだったし、不利な状況をひっくり返すのは面白そうだ・・・そういえばカルシェンツとバトルするの凄い楽しいもんな。それに無邪気に敵と遊んでいたスフレを見ていて、考え方が少し変わったのかもしれない。
「ヒロインよりも僕はヒールなキャラに憧れるけどなぁ。大体感情移入するのって悪役だし」
物語を読んで好きになるのキャラは決まって主人公ではなく、一匹狼な脇役か悲しい過去を背負った敵役だった。
最後には必ず倒されたり良いところを持っていかれる彼等を想い、ジェノは主人公の活躍を喜んだ事が少ない。恋物語も当て馬の方を応援するので、毎回 最後はモヤモヤした気分で終り、脇役たちのその後の幸せを祈るのだ。
ヒロインやヒーローよりも周りの方が格好良いと思う。
ヒロインとして役者不足?上等だ。
恋の障害となる僕は、ヒロイン願望の強い彼女から見たら謂わば紛れもない悪役ということ。きっと他の少女達からみても僕は邪魔な存在だろうし・・・うん、少しワクワクしてきた。
こうなったら夢見る少女達に教えてやらねばならないな。
「現実には主人公補正が無いという事を!」
沸々と湧き上がる熱い野望を胸に爛々と目を輝かせたジェノは、ベトベトな髪をかき上げ無邪気な笑みを浮かべた。
「なんだろう、コレ」
取り敢えず着替えようと小屋の前まで辿り付いた所でジェノは足を止め、ドアの下を凝視した。
赤い斑点状のシミが玄関付近に点在し、興奮状態だった心をスゥーっと冷ましていく。
雨で薄まって伸びているが血の様に見え、ジェノは一歩退いた。
え、怖い怖い。誰か怪我人が出たりしたのか?ゴッデスとか?
「おやおや、濡れ鼠が一匹迷い込んでおるのう。それとも食べ物の匂いに誘われてやって来たのかえ?」
「っ!?」
横から唐突に響いたしゃがれ声に、赤いシミに集中して俯いていたジェノはビクリと肩を揺らした。雨が霧雨と変わって木漏れ日が差し込む木々の奥、真っ白なローブを纏う人物がこちらを見ている。皺くちゃな顔に鳥の嘴の様に尖った高い鼻。三日月型の瞳を面白そうに眇め、手に持つ巨大な玉の付いた杖の先端をビシッとジェノへ向けた。
「今日のデザートは蛇の燻製だ。鼠は好きであろう?」
「へ?あ、あぁ・・・蛇は美味しいですよね」
昔自分の生命を繋いでくれた生き物達を思い浮かべてしみじみと頷くと、怪しい人物は値踏みする様な目を瞬き「ほう」と小さく呟いた。
この人物は一体?それにしても今日はよく『ネズミ』と言われる日だ。普段は猫っぽいと言われる事が多いから少し新鮮だなぁ。
馬鹿にされていると判っていても「ネズミも好きだからいいか」と少女はあっさり受け入れた。基本的に生き物で嫌いなモノや苦手なモノはない。大勢の人が嫌がる虫も爬虫類も、神秘的で見ていて飽きない為好きなのだ。
ただ一つ、この世のものじゃない存在だけが恐ろしい。
だって僕霊感ないし除霊出来ないから幽霊倒せないもん。呪われたら怖過ぎる!
『見えないなら怖くないんじゃない?』そうカルシェンツは言ったが、見えないからこそ怖いのだ!いきなり血まみれの幽霊が脅かしてきても対抗策がないではないか。怖いものは怖い。
「ヒッヒッヒッ!」という奇妙な笑い声に視線を上げると、恐らく女性だろうと思われる老婆と目が合う。
「お主、ジェノ・モーズリストで相違ないかえ?」
「は、はい。あのっ、何で僕の名前――」
「迎えにきた」
意味深な視線を残して不意に踵を返した老婆に、ジェノは面食らう。『付いてこい』と目で告げられた様な気がし、一瞬迷ったが不審に思いながらも静かに老婆の後を追った。
あからさまに怪しげな風貌に、僕の名前を知っている謎の老婆。この老婆はおそらくだけど、メロスが言っていたあの・・・。
杖を持っていない左手には血に濡れた兎を抱き抱えており怪しさ満点だが、後を追うジェノは不思議と恐怖を感じなかった。
根拠は無いんだけど、このまま付いていっても大丈夫な気がするなぁ。
木漏れ日に反射する白いローブは頭まですっぽりとフードで覆い、杖は必要ないんじゃないかと思うほど進むスピードが速い。ひょいひょいと岩地を飛び越えていく老婆に感心しつつ、ジェノも女の子とは思えない瞬発力と持久力で駆け抜けていった。
ほぼ皮と骨だけの様に見える折れそうな細身の身体。一体どこにこれだけの体力が隠されているだろう。オババ様といいこの老婆といい、動きに衰えが全く見えない。
どれくらいの時が経っただろうか、一直線に進んでいた老婆の足が不意に止まり、コンッと杖で地面を鳴らす。
「第一関門は余裕でクリアじゃの」
「第一関門ってなんですか?」
首を傾げ老婆を見遣った瞬間。何も無かったはずの灰色の下り坂に、青々と草が生い茂る平地が突如として出現した。
「付いてこれないようならそれまで。教鞭を執る件は断ろうと考えておった」
「うっわ・・・何だよこれ、春?」
悠々と草原へ足を踏み入れる老婆を眺め、足場を確かめる様に恐る恐るジェノも進んでいく。先程までは結構急な坂だったため、今立っている場所が実は空中なのではと疑ってしまうのだ。
淡い日差しを浴びてヒラヒラと舞う蝶に、遠目には暢気に草を貪るヤギが見える。気候も温かく、吹き抜ける風も花の香りを乗せた春風そのものだ。
後ろを振り向くと灰色の湿った山が聳え立ち、ある一線を境に全く別の風景が広がっていた。
僕が今見ているのは幻覚なのか?それとも今までのが全て偽物で騙されていたのか?
「お主を迎え入れる用意が遅れて今迄声をかけなかった事は申し訳なかったが、此処の生活にも慣れた頃じゃろうし丁度良かったかもしれんのう。さてさてメロスの後継人よ、初めてお目にかかるな」
「あっはい、ジェノ・モーズリストです。初めまして」
「此処に居る間のお主の身は私に委ねられておる。メロスから聞いておるか?」
「知人の魔法使いが居るから色々教えてもらうよう言われてました。詳しいことは伏せられましたが」
ジェノの言葉に頷いた老婆は「まず身体を洗うのが先だのう」と指を鳴らし、短い呪文を唱えた。すると100M程先に赤と白を基調とした派手な建物が現れる。
雲に届くのではないかという程高く伸びた塔は、下から上へいく度徐々に細くなっている様に見えた。
うおぉ!?また何か出てきた。ここまで大掛かり魔法は、今迄見たことがない。目の前の老婆の魔法かは判らないが、かなり強力な幻覚魔法の使い手が此処にはいるようだ。
『医学もだけど、魔術の方の勉強も頑張ってねぇ。知り合いに特別授業頼んでおいたから、ファイト~』
別れる前そう父親に言われていた事を思い出し、少女はゴクリと生唾を飲み込んだ。
嫌味な女の子達の敵役に加え、予想の出来ない濃度の濃い魔法の勉強会。後二ヶ月もの間・・・僕はちゃんとやっていけるだろうか。
不安を覚えつつ通された塔の一階は予想以上に煌びやかな内装で、三階まで吹き抜けのホールは開放感もあり、多めに作られた窓がサンサンと陽の光を取り込んでいた。案内された洒落た小部屋でシャワーを浴び、ベタついた汚れを洗い落としていく。髪の隙間に入り込んだ魚の身やヌルつく油を綺麗さっぱり濯ぎきると、用意された水色のローブに袖を通し老婆の前に立つ。
「おやおや、鼠が子猫に化けたのう。狩られる側から狩る側へ変貌したのかえ」
「僕そんなに猫っぽいですか?」
「私はよく猛禽類に喩えられておった。お主は可愛らしくて良いではないか」
ああ、確かに!言われてみれば猛禽類かもしれない。獲物を狙うような鋭い瞳に得体のしれない雰囲気は、出会った者を無意識に警戒させることだろう。しかしジェノは不思議と老婆に好感を抱き、最初から心を開いていた節が見られる。
「猛禽類も可愛いと思います」と素直に口にするジェノを老婆はじっくりと眺め、「メロスと同じ事言いよって」と杖を撫でた。
「続柄は姪だと聞いたが、やはり似ておるのう・・・私はマーベラス・ウッドハイド。メロスとは古い知人でな、多大な恩があるのじゃ」
「――ウッドハイド!?それって、あの天地変動の魔女様、ですか?」
告げられた名にジェノは驚きで目を見開く。『マーベラス・ウッドハイド』と言えば、大陸外でも知らぬ者はいないほど有名な魔女の名だ。若かりし頃に北の大地に住まうドラゴンを倒し、50年間雨が降らない枯渇した大地に豪雨を降らせた伝説を持つ。魔力を持つ者達が目指す憧れの人物が今、目の前にいるのだ。
「伝説となっている魔女様が、メロスに恩?」
「私からしたらお主の父、メロスの方がよほど伝説の男と言えるがの。あやつは名乗るのを嫌うから、有名にならぬのじゃ」
「本当に・・・本物に天地を揺るがす魔女様なのですか?」
「そんなに魔女は珍しくなかろう。お主の周りには私よりも突出して奇妙な実力者が揃っておるではないか」
伝説とされるマーベラスはモーズリスト家の方が貴重な存在だと語り、ジェノは耳を疑った。魔道士でモーズリスト家を知らぬ者はいないと話したところで一旦会話を切り、一冊の本を懐から取り出す。
この本を知っているかと問われ、見覚えのある赤い背表紙にジェノは頷いた。教科書にも載っている有名なファンタジー小説だ。
一人の青年が精霊王と手を結び仲間を集めながら魔境へと挑む壮大な物語。
「その本の主役のモデルがメロスであると、知り合いの原作者が言っておった」
「――え!?」
いやいやそんなはずはない。本が発行されたのは30年も前で、当時メロスは生まれて間もないはずだ。
疑いの目を向ける少女にマーベラスは微笑むと、「事実は小説よりも奇なり」と囁く。
「強大過ぎる魔力は使い勝手が難しく、危険を伴うものじゃ。お主はきちんとした使い方を学んだ方がいいじゃろう。強さと知恵を手にすることでモーズリスト家の家業に参加出来る様になるかもしれんが・・・」
「マーベラス様がモーズリスト家の秘密を教えてくれるのですか?」
「お主の成長度合いによって話すかどうか判断することにしよう」
丸窓から差し込む眩しい日差しに目を眇めつつ、ジェノは気を引き締め前を向いた。先生と生徒の関係が成立し、これから謎多き魔法について教わっていく。勉強と言っても教材を使うより魔法を実際に扱う訓練が多くなるだろう。勉強会という名の『修行』のようなものだ。
よーし、メロスがビックリするくらい魔法を使いこなして、今後入学する学園での生活に備えるぞぉ。
「あぁ、そうそう忘れておった。ほれ、これを」
マーベラスは再び懐を漁ると、ジェノの手に何やら握らせる。
それは身に覚えのある黒く分厚い封筒で、ずっしりと重い感覚が無性に心を騒めかせた。
「この手紙って・・・」
「ヒッヒッヒッ、お主と会ったら渡してほしいと二週間前から預かっていたものじゃ。封を魔力で閉じ、お主以外は開けられない仕組みになっておる。やりおるのう、あの王子様は」
金色の文字で綴られた名前は差出人の輝かしい髪色のようで、ジェノは夢中で封を切ると分厚い紙の束の一枚目に視線を落とした。
『毎日の様に君の夢をみるんだ。夢の中では楽しそうな笑顔で話しかけてくれるが、現実の方は辛いことの方が多いだろうと思う。大変な思いをしているとわかっているのに何もしてやれない自分が腹立たしく、会わない選択をした己を後悔する日々だ。ジェノ君の心の強さは承知していても、傍で支えたいと願う私の身勝手さを許してほしい。どんなに離れていたとしても、私は常に親友の身を案じ、君の事を想う』
「・・・・・・普通だ」
綴られた文章に正直な感想を漏らす。
想像を裏切られとても紳士で胸を打つ内容に、ジェノはスンと鼻を啜った。
心が疲弊しつつある今読んだら、下手したら泣いてしまうかもしれない。
汚い水をかけられたりいくら罵られようとジェノは泣かないが、カルシェンツの優しい言葉には直ぐ涙腺が緩んでしまう。
『ところで、夢の中で「将来海賊王になるんだ!」と熱く語ってくれたから、着々と準備を始めているよ。ジェノ君は船長で私は航海士になろうと思うんだ。財宝は私がザックザック略奪してくるから楽しみにしていてくれ!船は何色がいいかな?私とジェノ君をモチーフとした黒と金を基調としたものがオススメさ』
「あ、通常運転だな」
ジェノはそっと手紙を封筒に戻し、懐の奥に収めた。
夢と現実の区別がついてないのは疲労のせいで本気で頭がイカレタのか、僕の痛烈な突っ込み待ちなのか・・・うーん、ちょっと心配になる。
軍の話を聞いて色々心配していたが、向こうは意外にも暇を持て余しているかもしれない。
「甘やかさないで厳しく指導するからのう。シャキっとするんじゃよ、ジェノ」
後でゆっくり続きを読んだ方がいいと判断し、少女は老婆を追って壁に沿った螺旋階段を降りていった。
「はい、マーベラス様。魔法の真髄を、僕に叩き込んで下さい。お願いします!」
再会した友に胸を張って笑って報告出来るように、今やるべき事に全力で取り組もう。
こうして一人の少女と伝説の魔女による魔法レッスンが、徐に幕を開けたのだった。
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