表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/56

16

 この辺は工場地帯なんだな、と頬杖をつきながら窓の外を眺め、欠伸を噛みしめる。徐々に緑が少なくなり、代わりに遠くに海が見えてきた。


 かなり濁っているのは工場のせいか?自然は大切にしたいものですな。

 朝からバタバタと忙しく、寝不足のジェノは抗いながらも重いまぶたに眼を閉じた。


 少し仮眠をとる事にしよう。 それにしても揺れの少ない馬車だ、広くてフカフカで快適快適。

 最高級の馬車に毎回感動しながら軽い眠りへと誘われていったジェノだったが、掛けられる声にそれを阻まれる。


 「何故私達は離れなければならないのか、教えてほしい」


 「・・・王族の会合があるからだろ」


 三日前から繰り返される言葉に目を閉じたまま応え、目の前にあるだろう華麗なふくれっ面を思い浮かべる。


 「それはおかしい、私達は離れない運命のはずなのに!」


 「どこもおかしくない。僕は塾合宿に行くから別行動だ」


 「私も行きたい!」


 この国の事をしっかり話し合ってきて下さい。

 普段パーティやちょっとした集まりよりもジェノとの時間を優先しているカルシェンツだが、やはり出席しないとまずいものも多々あるようで、ちゃんと顔を出さなくてはいけない。王家とその親族が一堂に会する集まりは年に一度行われ、一週間という時間を拘束されるそうだ。

 

 一週間も何を話し合ったりするのだろうか?おそらく親戚みんな集まってどんちゃん騒ぎでもするのだろう。さぞかし豪勢な料理が出るんだろうな。


 「家族ってどんな感じ?親戚多いの?」


 ふと尋ねると少し困ったような表情で「家族は普通、かな。親戚は多くて末端までは把握してない」と返された。親戚は遠縁の者を含めると200人近くおり、ごますりや妬み、様々な感情が入り混じった憂鬱な空間らしい。


 家族はご両親に兄が2人と姉1人、弟が2人に妹が1人の9人家族で仲はよくわからないのだと言う。

 わからないって、自分の家族だよな?


 「王と王妃、それと第二王子以外にはあまり会わないんだ。私は王城に住んでいないし、用事があっても広すぎて鉢合わせる事はまずないからね」


 「なんで一緒に暮らしていないか聞いても大丈夫?」


 「たいした理由は無いよ、少し煩わしかっただけさ。一人の方が気ままだろう?」


 11歳の子供が家族を煩わしいって・・・それで一人暮らしを許す親も理解出来ない。王族とはそんなものなのか?「普通の仲だ」と言うが、これは不仲と言わないのか。

 詳しい事は聞けないからなんとも言えない。

 

 首を傾げた瞬間隣に座るマリーテアから「もうそろそろ着きます」と告げられた。

 結局寝れなかったけど、まぁいいか。

 「離れるのは嫌だ、行かないでほしい!」と駄々を捏ねるカルシェンツにいい加減うんざりしてきたところだ。


 「お前も一週間用事あるんだろ。その間僕がどこいても関係ないじゃん、どうせ会えないんだから」


 「私もジェノ君と塾通いたい。合宿なんて羨ましいイベント逃したくない」


 なんだイベントって、ただの冬季合宿だ。それにカルシェンツに塾は必要ないだろう、何を学ぶんだ?

 僕と同じ団体行動か?

 

 秋が終わりに近づいた頃、カンバヤシから一枚のチラシを渡された。そこには「新規塾生大募集!無料で冬季合宿も開催」と書いてあり、合宿だけでも体験として参加出来るらしい。

 

 『俺の知り合いが講師でな、学校通う前に同年代の集団に慣れといたらいいんじゃねーか?』

 そう勧められ、せっかくだからと参加を決意する。見知らぬ大勢の同年代と知り合う機会は今後必ずやってくる。一週間の合宿でその感覚を味わっておきたかった。

 

そして見事にカルシェンツの家の用事とかぶり、別々に行動する事となったのだ。

 家から馬車で二時間半の合宿所は元々はリゾート地帯だったが、近年は閑散としていてほぼ使われていないという。



 目的地に到着し、送ってくれたカルシェンツにお礼を言うと顔を歪めて抱き付いてくる。

 「ジェノ君をチャージしておかないと干からびちゃうから」


 「一週間で大袈裟だな。カルシェンツなら美し過ぎるミイラとして永久に保存してもらえるから安心しろ」


 マリーテアが手続きをを済ましている間になんとか言いくるめ、嫌がる少年を馬車へ押し込んだ。彼はこれから南西の街にある城に向かわねばならない。

 さっさと行け。


 「生きて帰ってきてね!」


 「どんな合宿だ、戦場か」


 馬車から身を乗り出して大きく手を振るカルシェンツと涙の別れ(?)をし、気分も晴れやかに建物に入った。思った以上に広い三階建ての施設は綺麗な造りで、ジェノは胸を躍らせる。これなら色々揃っていて退屈しなそうだ。


 「ジェノ坊ちゃん、夕方には私も屋敷に戻りますが大丈夫ですか?寂しくて夜泣かないでくださいね。もしもの時はファストが駆けつけて来ますから」


 「泣くわけないじゃん・・・何でファスト?」


 「過保護ですから」と大きな荷物を部屋に運びながら、マリーテアは集団行動の注意点を述べる。

 

 「とりあえず空気を読めば大丈夫です。あとはキャラクターをどうするかですね」


 「キャラクター?」

 

 「リーダー系、お調子者系、金魚の糞系。それによってグループ内での立ち位置も変わります。まあ、ジェノ坊ちゃんはそのままサバサバした一匹オオカミ系を気取っていけば問題ないかと」


 え、それって結局一人じゃね?団体行動を学ぶのではなかったのか。 

 そう聞くと波風立てずに振る舞えればグループに所属しなくても大丈夫だと頭を撫でられる。


 「まぁ友達がほしいのでしたら別ですが、人間という生き物はやっかいなもので、集団が出来ると必ずと言っていいほどイジメが起こります。一週間と短い期間ですので心配はしておりませんが、油断は禁物ですよ」


 なるほど、イジメか。 

 それは経験したこともなければ見たこともないんだよな。使用人の皆から話だけはいっぱい聞いている「最低の行為」だそうだ。

 うーん、面倒臭い。


 「無理せず、ゆっくり溶け込んでいって下さいね」


 その後マリーテアと別れ二階のホールに向かう。時刻は11時半。

 講師陣の紹介と説明、軽いあいさつを聞き一週間のスケジュール表を渡された。二階の壁は一面淡い黄色で統一され、ジェノの部屋がある三階は水色、一階は薄い緑色だった。


 ところどころグラデーションになっているところが心を擽り、爽やかで楽しい色合いだ。


 勉強の前に昼飯を全員で食べることになり、バイキング形式で席をさがす。

 10歳から12歳の100人以上の子供達が一斉に群がり、騒ぎながら広い空間を蠢いている光景にジェノは戸惑った。

 

 どこに座ろう・・・好きに座っていいんだよな?

 もう何組か固まって食べてる子達は元々の知り合いだろうか。学校や塾などの友達同士ですでに固まり、緊張の解れてきた合宿は賑やかになってきた。

 

 取り敢えず全体が見える席に腰をおろし、観察してみることにする。おそらく塾に通っている子が大半なのだろう。多くのグループが形成され、ひとりで食べている子の方が少なく見える。


 部屋の角部分に座ったジェノの近くには誰も座らず、気軽に周りを見回せた。

 そして同じように反対側の角席に座っている人物に目が留まる。混雑してる中そこだけ半径5mほど席が空き、誰も近づこうとしない。


 一番離れた場所にいるジェノは、はじめ何かが置かれているのだと気に留めていなかった。

 しかしよくよく目を凝らしたところで、黒目を大きく見開いた。


 「あれ、人か?」


 水をくむついでに近づいていき、その姿にギョッとする。

 全身を真っ黒い包帯でぐるぐる巻きにし、灰色のパーカーに黒いズボンを着た小柄な人物が『小石』を齧っている。

 

 えっ、何で石!? まさか本当に食べてるんじゃないよな? しかもこの黒い包帯めっちゃ怖い。

 手足も顔も覆われ、見えているのは目の部分だけという独特の恰好に、周りの子供達もざわつき、小声で何か言いあっている。

 

 人間だよな?皆にも視えてるよね?もの凄く色々気になるぞこれ。

 かなり不気味な姿で夜会ったら間違いなく叫ぶレベル。昼間ならギリギリ大丈夫だ。

 

 この合宿は食費以外無料で受けられ、性別や国籍、人種などは一切問わないため明らかに他国の子もちらほら見受けられる。しかしここまで外見を隠した者も入れるのか・・・

 おそらく何か事情があるのだろう黒包帯の事はそっとしておくことにし、授業の準備を始めた。

 人間なら別にいいや、お化けじゃないなら平気だもんねー。




 一日目、ジェノの年代の生徒は国の歴史を重点的に学ぶ。

 学校・塾に通っている子と通っていない子で部屋を分けられ、ジェノは通っていない組に分類された。おそらく小学校1・2年生用の授業だろう。

 基本この辺は丸暗記してあるジェノにとってはあまりにも簡単な問題が出された。

 

 このぐらいはもう知ってますと言った方がいいのかな。でも波風立てるなって言われたし、僕は勉強しにきたんじゃないから別にいいか。

 クラスには他に8人の子供がおり、向こうには25人ほどいたはずだ。はじめは少人数の方がいいよな、うん。

 

 二時間の授業の後、テスト用紙が配られる。学年毎に2つのクラスに分けられているが、テストの問題は全生徒共通らしい。順位を張り出され自分の順位を他人に知られるいやーな仕組みだ。

 

 横から回ってきた用紙を手にする際、ジェノは一瞬緊張で奥歯を食いしばった。

 この子・・・同い年だったんだな。

 フードを被り真っ黒な包帯を巻いた人物が、なんとジェノの隣の席に座っているのだ。


 少し遅れて入ってきた黒包帯の姿を見て子供達が騒ぎ、一瞬授業が中断された。そして少しウロウロした後空いていた隣に腰を下ろした包帯人間は、ずっとキョロキョロ周囲を覗っている。

 隣がどうしても気になり授業どころではなかったが、勉強はなんら問題ない。


 テストは周りの子供達が頭を抱えているのが見え、それはそうだろうと思う。

 字も満足に読めない生徒の集まりでは難しすぎる問題だ。ひとりひとりの学力を計るテストだとジェノは納得し、スラスラと書き込んでいった。 

 

 隣の用紙が未だ真っ白なのも、机の淵に沿うように黒い石が並べられているのも、たまに奇声が聞こえるのも、気にするな僕!


 

 授業が終わり伸びを繰り返す。

 座りっぱなしは体が固まり肩がこるなぁ、次は確か数学でそれが終わったら夕飯。そのあとが全教科の小テスト、とスケジュールはビッシリだ。

 食堂で飲み物を買っているとこれから帰る付き添いの親御さん達の姿が見え、そういえばマリーテアは何処に行ったのかと首を傾げる。


 ショッピングしたら帰るって言ってたし、もう出たのかな?

 することもなくぶらついていると、廊下で子供たちに囲まれた黒い包帯を発見しジェノは驚いた。

 5人ほどにすごい質問攻めにあっている。

 

 よく声かけられたなぁ、僕も気にはなったけどそんな勇気は出なかったぞ。

 これがいわゆる、『集団になると勇気100倍!』ってやつか。

 一人じゃ出来ない事も仲間がいれば恐くないという心理だ。

 ふむふむ、勉強になります。


 結局一言もしゃべらず黒包帯は去って行った。

 残された子供達は途端に笑いながら騒ぎ出す。


 「なにあいつ」

 「キモイ」

 「こっわ!」

 「なんか変な匂いしなかった?」

 「したした!臭いよな」

 

 笑顔で「臭い」を連発する少年達に、ジェノは眉を顰める。一見無邪気に見えるが、かなりの悪意を感じた。

 

 しゃべらなかったのがそんなにダメだったのか?

 コミュニケーションはもちろん大事だが、いきなり集団に囲まれ萎縮して言葉が出なかっただけかもしれないし、様々な理由で話せない人もいるだろう。もっと相手を気遣うべきではないのか。

 

 それにずっと隣にいたが、臭い匂いなんて一切しなかった。微かに土の匂いがしたが、逆に良い香りだったぞ。

 『ほんの小さなきっかけでイジメは起こりますから』

 マリーテアの言葉が、頭を過った。



 数学の授業も難なく終え、夕飯にありつく。意外に豪華な食事をジェノは皿いっぱいに盛って真ん中ら辺に座った。

 それにしても講師陣の黒包帯に対するリアクションがシュールすぎる。

 ジェノはつっこみ所満載だっただろうと、思い出して笑ってしまった。

 

 授業中、突然どこから出したのか謎の砂を机に広げ、砂遊びを始めた黒包帯。

 「綺麗な砂だな、片付けはちゃんとするんだぞー」

 それだけ言って授業を進めた社会の講師。

 

 テスト中に隣がガンガンうるさいので横目で確認すると、尖った黒い石で文字を書こうとしている黒包帯。

 え、書けるの? 


 ビリビリッ!

 見守っているジェノの目の前で真っ二つに裂けたテスト用紙。それを見て「筆圧が濃いんじゃないか?次はもっと優しく書くといい」とアドバイスした数学講師。


 いやいや色々間違ってないか!?もっと他に言うことがあったと思うんだけど!

 どの人がカンバヤシの知り合いかわからないが、講師陣は只者じゃない気がしてきた。それか揃いも揃って超絶的に抜けているか。

 

 確かに砂は綺麗だった。キラキラと銀色に煌めいていて見たことがない砂だったし、石も実際に少し書けていた。すこぉ~しだけだが。

 でも確実にあの子は勉強しに来ていない。

 

 まぁ僕も勉強が目的で参加してないから一緒か。そう考えると黒包帯は同志だな。

 勝手に親近感を抱いたジェノに、「そこ空いてる?」と後ろから声が掛かった。

 

 パスタを頬張りながらモゴモゴ頷くと、隣に腰を下ろした短い栗毛の少年が此方をじっと見つめてくる。


 「何?」


 「塾生じゃないよな、見たこと無い」


 「ああ、合宿だけの参加だから・・・歳いくつ?」


 「12歳」 


 歳上か、敬語にしよう。

 集団生活は年功序列が大事。

 僕ちゃんと知ってる。


 「塾生なんですよね、合宿っていつもこういった感じですか?緊張します」


 「ううん、合宿は今回が初の試みなんだ。だから俺も緊張してる。学校はどこ?」


 「通ってないです」

 そう答えると栗毛の少年は僅かに顔を顰め、「じゃあ、あいつらに気を付けた方がいい」と小声で入口付近のグループを指さした。

 

 かなりのスペースを陣取り騒いでいるグループ。赤毛で真ん中分けの体格のいい少年が「一気飲みしよう!」と仲間に呼びかけ、ジュースの速飲みを始めた。

 優勝した赤毛少年の一気飲み姿を見て、僕の方が断然早いなと静かにほくそ笑む。

 風呂上りに鍛えたジェノの速さは尋常じゃない。


 「一人だと大人しいんだけど固まると悪さし出す奴等でさ。弱そうな奴とか、学校行ってない貧乏な奴とかをからかって遊んでるんだ。強い奴や高貴な家柄の奴には絶対に手は出さないんだぜ、ムカつくよ!」


 「何かされたんですか?」


 「俺の友達がね、貧乏で汚いって水ぶっかけられた。あいつらだって成金のくせにムカつくよ。お前も気を付けな」


 「忠告ありがとうございます。そういうことなら、僕一応貴族なので大丈夫かと」


 目を丸くした少年に「何で学校行ってないの?あっいや、行ってないんですか?」と身なりをただして聞かれたが、曖昧に流しておいた。

 色々あるんだよ、人生は。

 彼から様々な情報を入手し、面倒臭い人間関係が少しずつ見えてきた。


 まず先程のイジメ集団。

 成金3人と、そいつらの金魚の糞5人の少年達の計8人グループ。殴る蹴るの暴力は無いが、物を隠したり酷い言葉を落書きしたり、水をかけたりクラス中から無視をさせたりと、基本的なイジメが行われているそうだ。


 貴族など家柄が良い者には手を出さず、友好な関係を築こうとするらしい。

 講師にはバレないように上手くやっているそうで、周りもターゲットにされたくないから告げ口しない。


 だがいつもとは違うこの合宿では比較的大人しくするだろうから、そこまで大胆な事は起こさないだろうと少年は推測していた。

 ジェノも実際体験しないといまいちわからないので、深く考えない事にする。

 

 

 さて、今は目の前のテストに集中しなきゃな。

 5教科分の小テストは広範囲の問題がランダムに出題され、明日の昼に上位30人と下位10人を張り出す為、周りの生徒達は必至に解いていた。

 

 普通に考えたら12歳の子の方が有利だよね?塾や学校で確実に習っている部分が出るわけだし・・・まあ、僕は解けるけどさ。

 出来たので前方にいる講師に提出し、廊下に出た。


 「お、速いな。もう終わったのか?一番だぞ」


 「そうなんですか?」 三回見直したんだけどな、皆100点目指して入念なんだろう。

 廊下で待機していた国語の講師が、この後は部屋に戻ったり好きにしていいと教えてくれた。のんびり待っていると、徐々に部屋に人が集まってくる。


 色々戸惑うこともあったけど、無事に一日目が終わって良かった。

 このまま団体行動にすんなり慣れていけたらいい。もう寝よう。


 

 

 「・・・・・・」

 

 寝つきは良かったのだが、知らない場所のせいか周りに大勢の気配があるせいか、夜明けの時間帯にジェノの目は完全に覚めてしまった。

 

 うっわ寝付けない、まだ4時半だしどうしよう。見渡すと様々な恰好で寝ている少年達の姿。10人部屋で押し込められている様な二段ベットに寝ている彼等は、皆深い夢の中だ。


 ・・・しかしなぜ僕以外全員男の子なのだろう。男女で部屋別れるんじゃなかったか?僕は男として登録されたのか?

 運営側のミスかマリーテアの仕業か悩むところだが、ジェノはいつもの「まあ、いっか」で済ませた。

 

 取り敢えずトイレにでも行こう。

 廊下に出ると朝日が淡く降り注ぎ、その明るさにほっと胸を撫で下ろす。怖がらずに辿り着き用を足し戻ろうとしたジェノだったが、ふと冒険心が湧く。

 どうせ眠れないんだし、少し散策でもしてみるか。


 三階建ての元リゾート施設は広く、この国に無い物も積極的に取り入れたらしい。その一つである『大浴場』の存在を知り、ジェノは歓声を上げそうになった。

 風呂あるんだ、入りたい!

 この国の人々は基本風呂に入る習慣がなくシャワーで済ませる人が多いが、ジェノはカンバヤシの影響で完全に風呂派だ。


 中に入ると二つに分かれた入り口がある。

 男女の分かれ道だが、目印が外されているためどっちがどっちか判断できず、とりあえず右に進みお湯を確かめた。

 おっ!ちゃんと温かい。これは講師の人が夜遅くに入っていたんだな。丁度いいや、シャワーだけじゃ味気ないし入らせてもらおう。脱衣所で服を脱ぎ、一番奥にしまう。

 

 誰もいないのをいいことに思いっきり飛び込むと、派手に水しぶきが上がって気持ち良かった。朝日が水に反射してキラキラしている光景に、ジェノは溜め息が漏れる。 

 あー 癒されるぅ!


 お風呂はひょうたんの様な形で、狭くなっている真ん中部分に大きな岩があり、行き来は出来るが少し通りづらい。

 何でこの形に設計したのだろう? 岩からお湯が出る仕組みなのかな。


 ガラガラガラッ


 「――っ!?」


 後から扉の開く音が響いた。


 うそ、誰か来たっ!

 スタスタと近づく足音に僅かな水音がしたかと思うと、足音は遠ざかって行く。

 

 大きな岩の後ろに寄りかかっていたジェノの姿は岩の陰で見えなかったようだが、ジェノは冷や汗が止まらない。


 だれだれだれだれ誰だれ誰誰だれっ!?誰が来たっ?

 今お湯の温度を確かめた、よな。

 先程の自分と同じ行動に、焦りが増す。

 

 このまま入って来るのだろうか?講師か、生徒か? 男か、女か?

 どうするっ、逃げ場はない!

 

 心臓が痛いくらい脈打ち、うまく状況を判断出来ない。 

 ばれたら怒られるだろうか。いやそれより相手が男だった時がまずい、タオルも何も隠す物がない状況だ。


 頼む、このまま部屋に戻ってくれ!

 脱衣所への扉が閉まる気配に、ジェノは静かに岩から顔を覗かせた。

 女であることを祈るように。


 

 ・・・生徒だ、間違いない。

 

 でも、性別はわからない。

 

 声も顔も、なにひとつわからない。


 見えたのが、かろうじて足のみだったから――



 とても見覚えのある・・・黒い足。


パラレルワールドですので細かい事は気にしないで下さい。


お読みくださり、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ