15 運命共同体
別キャラ視点の番外編になります。
時間軸が4話~11話目に被っています。
死後の世界ってあると思うか?
生ある者がいずれは向かうという死んだ後の世界の事だ。あの世ってやつだな。
大抵の奴は一度くらい有り無し、「どんな処だろう」くらいは考えるんじゃねぇか?
悩んだ所でどうにもなりはしないが、死の恐怖ってのは何処にでも潜んでるもんだしな。死んで確かめてくるなんて高いリスクは負えないが、気になるものは仕方がねぇ。
この問いに対する俺の答えを教えてやろうか。
『覚えてない』だ。
行ってきたんだよ、ちょっくら死んで死後の世界って所へな。いや、正確には行けたのかどうかも覚えてないから解らない。
記憶が無いだけなのか、そもそもそんな場所事態存在しないのか。
『地獄には行きたくねぇなー』
そう呟いて事切れたのが俺の最後。死んだと思った。というか本当に死んだんだ。
人生というものを俺は一度終えたんだよ。ちっぽけで悲惨な男の人生をな。最早薄れて虫食い状態の記憶だが、最後の虚しさだけは涙が出る程覚えてる。
『生きたい、死にたくない』
死に直面して初めて生に縋り付いた。
碌な人生じゃなかったが、投げやりに生きずにもっと早く命の有り難さに気付けていれば良かったと・・・いや、やめよう。俺はこうしてまた思考を持ち、死の恐怖から開放された。それだけで充分だ。
(どうして充分なのかな?あたちにはよくわからない)
どうしてってどういうことだよ、話し聞いてたか?また生きれる喜びに浸って俺は今万々歳って事だろうが。
(う~ん、おじさん難しい事言うね。あたち眠くなってきちゃった。あっ、でもお腹が空いてきちゃったから眠るの中止!)
本能のまま生きてんなお前。
まぁ好きに生きるのがいいのかもな。一度きりの人生、謳歌した者勝ちってな。
いや、俺は二度目になるわけだが。
(おじさんどこからきたの?どうしてあたちに話しかけてくるの?それより、ドコにいるの?)
おっ、二日目にしてようやくまともな質問してきたな。普通そこは最初に聞くべき事だぞ。子供だから思考力が乏しいのか天然なだけか・・・先が思いやられるぜ全く。
まぁいいや、昨日銀髪のメガネ男が説明してたろ?
俺はお前の中にいる。
(あたちの?んーあたちに隠れられる場所なんてないけどなぁ。あのね、昔はママがあたちに隠れてるノミを取ってくれてたからノミが喋った!って思ったの)
俺をノミと一緒にするんじゃねぇよ。
昔は腕相撲が強いって巷じゃ有名だったんだぜ。それ以外は何やってもパッとしなかったけど、腕相撲が強いおかげで普段全く近付いて来ない女子達と手を握れたのは良い思い出だ。
緊張し過ぎていつも女子には負けちまってたが、「優しい~」なんて言われたりしてよ。
モテなかった俺の人生であの時が一番輝いていた瞬間だった。
(へぇ~、あたちもこんな五月蝿いノミは嫌だなぁって思ってたから違くて嬉しい。でも寝てても頭の中で声がするのは何か疲れるね。どうにかならないかなぁ)
うっ・・・ごめんなさい。
新たな人生を与えられて大分はしゃいじゃってたな、悪りぃ。この身体は元々お前のものだし、居候の身として少し大人しくしとくわ。
えっと、わかりやすく状況を説明するとな、今俺の『魂』みたいなもんがお前の中に入り込んでて、一つの肉体に二つの思考が存在しているんだ。
(魂って?)
それが衰弱して死にかけていたお前の身体に、近くを漂っていた高エネルギーの魂(俺)を憑依させて助けたらしい。
「儀式は成功したが精神が癒着せずに残ってしまった。貴様等は運命共同体として過ごすといい」
って銀髪メガネが偉そうにしてたろ。
「助けてやった代償に貴様等は私の手足となりある人物の護衛の任についてもらう。魂の契約によって拒絶・拒否は出来ない。覚えておけ」
去り際に信じられない事を言い残していったが、魂の憑依などという有り得ない事柄を実際にやってのけた男だ。命令に背いたら何か恐ろしい事が起こる気がする。
触らぬ神に祟りなし。危ない事は極力避けるのが長生きの秘訣だ。一度無茶して死んだ俺の助言は素直に聞いとくものだぜ。重みが違う。
アレには逆らわない方がいい気がするんだ。しっかし本当に偉そうでムカつく奴だったぜ、くそっ。
護衛対象がまだ10歳の子供って、俺は保育士じゃねぇーんだぞ。美形だからってあんな陰険な雰囲気じゃモテないんだからな!
(んー とにかくおじさんはノミじゃないんだね!)
俺は元人間だ!それにおじさんじゃねぇ、まだ二十代だったんだぞ。まぁギリギリだったけど。
はぁ、護衛の仕事は幼いこいつじゃ荷が重いだろうし、俺がやるしかないか。
遊んだりするのは任せるぜ、俺はその間に寝るからよ。
戸惑う事もあるだろうがお前は死なずに済んだし、俺は以前の頭脳を持ったまま人生をやり直せる。
あれだ、『二重人格』ってやつだと思えばいい。10人以上の人格を宿した『多重人格者』の話しを耳にした事あるし、多分大丈夫だろう。
この運命共同体ってやつを俺は認めるつもりだが、お前はどうだ?相棒よ。
(えっとねー、わっかんない!これから考えるね。ふわぁ~もうお腹いっぱい・・・ぐぅぐぅ、スピー)
・・・・・・自由過ぎるだろ、おい。
二つの人格が宿った小さな器の運命が、静かに始まりを告げ動き出す。
元人間の男と、幼い子。
そんな事情になど全く気付かず、他者は彼らを一個体として捉え接するだろう。
「可愛い!ふっさふさのクリクリだ」
扉を開け、黒く輝いた瞳で近づいてきた少女もまた、例外ではない。
「初めまして、僕はジェノ。今日から僕とお友達になってね!」
相棒が深い眠りに落ちたのを精神の片隅で感じ、男は目の前の少女を見つめた。
黒髪に黒目・・・女の子って聞いてたけど、少年じゃないのか?
面倒だが元人間の経験や知識はきっと護衛の役に立ってくれるだろう。
まさか俺が三十路近い男だとは思ってないだろうが、これからよろしくな小さなご主人様。
「仲良くしてほしいなぁ。林檎食べる?」
「キィー」
膨れたお腹をさすり、男は可愛らしく鳴いた。
古い装飾の施された巨大な扉の前に座り込み、運動靴の紐を固く結んでいる少女の肩にちょこんと一匹の小さな獣が乗っている。
立ち上がり動き出した揺れに合わせ器用にバランスを取っている小猿は、可愛らしく顔をクシクシと両手で擦っていた。
少女の護衛の任について二週間あまり、キツネザルの身体に憑依した男は今深い悩みに陥っている。
自身の今後を左右する大問題――
女性に対する性欲が、薄れてきている。
・・・これは男としてショッキングな事柄だ。男性諸君ならわかってくれるだろう、この何とも言えない靄付きが!
俺は健全な男だった。どこにでもいるチンケなチンピラで、人並みに女性に興味があったし『モテ期』なる都市伝説がいつの日か自分の身にも訪れるのではないか、と淡い夢もみていた。
悲しい事に「彼女」という輝かしい存在が出来ぬまま死を迎えたわけだが、女は好きだ。
敢えてもう一度言おう、女性が大好きである!
(五月蝿いおじさん!寝らんないっ)
ごっ、ごめんなさい!興奮しちゃって、つい。静かにしてます。
急にシュンとした子ザルに苺を手渡し、玄関を潜った少女は途中で擦れ違う屋敷の使用人達に挨拶しながら外門までの長い一本道を進んでいく。
「あら坊ちゃん、魔法の稽古は終わったんですの?もうじき夏だからといって遊んでばかりではいけませんよ」
「うぅ、魔法は才能無いから発動しないよ。マリーテアも息抜きは大事だって昔言ってたろ?」
「根を詰めるのはいけませんが、サボリの口実にするのも駄目ですわよ坊ちゃん」
「うぐっ・・・僕カンバヤシと約束あるからっ、んじゃいってきまーす!」
ボーっとした頭で半分にカットされた甘酸っぱい苺を噛じりながら、男は小さく溜息を付いた。
やはり今だってそうだ・・・全然感覚が違う。
以前だったら緊張して意識していたはずの美人メイドを見ても、特に何も反応しなくなっているのだ。綺麗だしメイド姿に興奮したりはする。しかしそれは珍しい格好に興味を惹かれ美しいと感じるだけであって、そこに男性が女性に抱く『欲』は含まれていない。
猿になったからか?やっぱり猿になってしまったからか!?
異性に対しドキドキしたりムラムラしたり卑猥な事を一切考えなくなったのは人間ではなくなった事が原因なのだろうか。
人間は人間に恋をし、猿は猿に性欲を感じる。
精神は昔と同じだと思っていたが、憑依の際に微妙に相棒と混じった部分があるのだろう。生き返った嬉しさで猿になったことを軽く受け止めていたが、他にも気付けていない変化があるかもしれない。
うぉ・・・何か怖くなって来た。
少女の形のいい耳にしがみつき、子ザルは可愛らしくふるふる頭を振る。
「くすぐったいよキウイ、お前は本当に甘えん坊さんだなぁ」
そう言って主人である少女は蜜柑を一切れ寄越し、悩みが吹き飛ぶ様な癒やしの微笑みを惜しみなく向けてくれた。
ああ、ジェノはマジで天使だな、こんな妹ほしかったんだよねぇー。
因みにキウイと名付けられたキツネザルの性別はメスである。
ジェノ・モーズリスト 10歳。
貴族であるモーズリスト家の跡取りとして手塩にかけて育てられている凛とした風貌の少女。まだ男女の体格に差が出ていない年頃の為か、サッパリとしたショート髪にシンプルな少年向けの装いのジェノは、周囲の人間から『男の子』だと誤解されている。
活発に野山を走り回るタイプの彼女は単に動きやすさを重視し、煩わしさを避けているようだ。
『マンゴー美味しい!ジェノちゃんありがとう。スキ!』
動物が好きなのか「可愛い」を連発して果物を口に運んでくるジェノに、食べ物に釣られやすい相棒は直ぐに好感を抱き懐いた。
確かにいい子だよな。貴族の子供ってのは我が儘で喧しくて常識のないガキだとずっと認識していたから驚いたぜ。年の割には大分大人びてるし聡明だ。平民に善人も悪人も混ざってる様に、貴族にも色々いるって事だわな。まっ、考えてみれば当然か。
「こいつきっとマンゴーより虫の方が好きなんじゃないかな。そこら辺の蟻で十分だよ」
「そんな訳無いだろコラ」
「サルの食事なんてそんなものさ。放っといてジェノ君は私と二人で遊ぼう!」
『あたち果物の方が甘くて好きだもん!勝手な事言うなバカー!』
俺も虫は勘弁してもらいたいぜカルシェンツ様。猿としては普通かもしれないが精神が人間の俺にはキツ過ぎる。
「凶暴な眼つきをしている。ジェノ君のペットとしては相応しくないと思う。すぐさま返品しよう」
『アンタの方がジェノちゃんの友達に相応しくないもんっ、この馬鹿ルシェンツ!』
「キウイはクリクリとした可愛らしい目してるだろ。僕の方がツリ目で眼つき悪い」
『そんな事ないよ、黒くて綺麗だよ!』
「ジェノ君の瞳は完璧さ!なにせ私の心をその瞼の奥に閉じ込め永遠に捕えて放さないのだから」
同時にジェノを擁護する少年とサルはお互いを押しのけ合い、バチバチと火花を散らし始める。
お前らジェノ大好きで仲良いな。微笑ましいぜ全く。
(あたちカルシェンツ嫌い。酷い事言うしムカツクし邪魔者扱いするし・・・何か怖いし)
俺から見れば毎日の様に屋敷に訪れ、構って欲しいと子供らしい独占欲を見せる少年の姿は微笑ましく映るのだが、まだ幼い相棒は向けられる敵意に慣れていない。確かに「名前はサルでいい」や「今度サル肉を試食してみようかな」などと挑発的な言葉を吐く相手に好感を持つのは難しいだろう。
しかし俺は彼が嫌いじゃない。
顔も頭も良い誰もが羨む王子様。同じ男としては嫉妬の対象になってもおかしくないが『カルシェンツ』という名を聞いた時、胸に暖かいものが溢れた。
カルシェンツ・ゼールディグシュ 10歳。
宝石の様な黄緑色の瞳に眩しい見事なブロンドヘアー。透き通る白い肌と小さな顔に収まった完璧な『美』は、見た者を一瞬で虜にし長時間見蕩れさせる。
一度も拝んだ事のないレベルの美しい人間の出現に俺は魅了されたが、元々『キツネザル』である相棒には人間の顔の造形は皆殆ど同じに見えるらしく、不思議そうにされた。
これは人間がサルの個体を顔で見分けるのが困難な事と一緒だ。相棒は匂いや声、大きさや雰囲気等でヒトを区別している。
大陸を揺るがす世紀の天才少年――
様々な分野に絶大な功績をもたらし、各国から注目を集め続ける王子様。
虫食い状態の記憶から判断は出来ないが、もしかしたら俺は彼から何かしらの恩恵を受けていたのかもしれない。彼にとってはちっぽけな事でも、昔の俺にとっては会えて嬉しいと感じる何かを・・・
相棒にはわからないだろうが、この方は庶民の俺らにとって紛れもない英雄、そしてスーパースターなんだぜ。
「ジェノ君、親友として一つお願いがあるんだけど」
「親友じゃない、只の知り合いだ」
「君の美しい黒髪を数本くれないだろうか」
「・・・何の呪いに使うんだよ気持ち悪いな」
「いや、肌身離さず持ち歩いてお守りに」
「マジで気持ち悪っ!」
平凡な俺からすると、美少年である王子様に言い寄られているジェノが、彼に一切心を開かない様子が驚きで興味深い。
カルシェンツ様はそんじょそこらの美形とはわけが違う。ランクで言うなら美少年の中でも間違いなく『上の上』、最高峰だ。多少の好き嫌いがあってもよっぽどの美形嫌いじゃなければ即座に堕ちる。
俺がもし同い年の女の子に生まれていたなら間違いなくコロっと靡くぜ。だって美しいものはそれだけで人の心を掌握してしまう、そうだろう?
性格や築いてきた絆が大事だって言い分も勿論わかるが、綺麗な方が尚良いに決まっている。不細工専門の人や様々な思考の者がいるから一概には言えないが、一般的に外見の良さは恋愛に重要だ。結婚って話しになるとまた別なんだろうが、独身だった俺にはよくわからん・・・可愛い彼女が欲しかった。
「今日はね、カンバヤシと竹林で障害物&借り物&パン食い競争をして遊ぶ約束してるんだ。キウイも一緒に走ろう」
『うんっ、ジェノちゃんと遊ぶ~。楽しみ!』
「勿論参加するよジェノ君。誘ってくれてありがとう」
「誰もお前を誘ってないだろ。何でも都合よく解釈するなよ、怖いぞ」
おっと、カルシェンツ様はジェノと友情を築きたいんだったな、すまんすまん。ジェノが女の子だって知ってる身からすると、つい将来的に色々妄想しちまうぜ。
つまり俺が言いたいのは、ジェノは外見や地位で人を判断せず、高い能力値を持っていたとしても簡単には靡かない希な人間という事だ。ちやほやされていた王子様にとっては物珍しいタイプってやつなんだろうなぁ。なかなかいないんだぜ?
『絶対負けないもん。目にものみせてやるー!』
おう、全然俺の話し聞いてないな。いっそ清々しいぜ!
それにしても障害物&借り物&パン食い競争って詰め込み過ぎだろ・・・俺も楽しみだ。
「ジェノ君に触れてもらえるからって調子に乗るなよ猿。私に対して照れているだけだ。自分が特別だなんてくれぐれも勘違いするな」
『ムカッ、ジェノちゃんに全く相手にされてないくせに!あたちが羨ましくて僻んでるんでしょ、バーカ!』
「ふっ、キィキィうるさいな。何言ってんのか全然わからんぞ猿。その点私は親友のジェノ君と会話を楽しめる・・・つまり全面的に私の勝ちという事だ!」
『言葉なんか無くてもあたちとジェノちゃんは心で通じ合ってるもん!あたちの方が勝って・・・あっ、バナナ返してよっ!』
子ザル相手に嫉妬し本気で喧嘩を売る王子様の図。
ジェノがトイレ等で席を外す度に勃発する諍いにもそろそろ慣れてきた。
護衛対象兼主人であるジェノの自称親友カルシェンツと、野生の本能で敵と判断してしまった相棒との溝は深い。
おやつを奪われ飛びついて引っ掻こうとする相棒を何とか押さえ込み、王子様に怪我を負わせない様に距離をとった。一つの肉体に精神が二つある場合、同時に全く違う動きをしようとすると身体が固まり、動きがぎこちなくなる。
おいおい落ち着けよ相棒、王子様に傷をつけたら後が怖いぜ。下手したら裏で処分されちまうかもしれねぇ、一旦冷静になろや。
興奮している相棒を宥める為、男は安全地帯である執事のベリオンの肩へと身体を引き摺る様に避難した。ベリオンが常備しているドライフルーツを与えられ、相棒の機嫌は瞬く間に回復していく。
『ベリオン様大好き!優しいし格好良いし・・・将来ベリオン様のお嫁さんになるんだぁ』
それは無理だろ。まぁ、夢は大きい方がいいか。
第三王子に仕える護衛兼執事、ベリオン・タベリット。
明るい黄土色の頭髪を短く刈り上げ、ワイルドな顎髭を蓄えた男前だ。カルシェンツの唯一の側近であり、極限まで絞り込んだ美しい肉体美を持つ武闘派である。
「特に背筋の鍛え方が半端ない!」
とジェノが力説していた。確かに190cm近い身長に鋼の肉体を宿した彼には羨望を覚える。
野性的な風貌とは裏腹にとても慎重で穏やかな性格のベリオンは、常にカルシェンツ様に振り回されて困った様な笑顔を浮かべていた。全く喋らないのが少し気になるが、猿の俺たちにも優しく接してくれる紳士。誰にでも礼儀正しい大人な魅力に溢れた彼に、相棒が惹かれる気持ちはわからなくもない。まぁ相棒は食べ物くれる相手なら皆好きなんだけどな。
皆に優しいって凄いよなぁ、俺には真似できな――・・・あれ?
そういえば一週間程前にベリオンが天敵を目の前にした獣の様な眼光を、料理長のライヴィに向けていたような・・・?
遠くからほんの数秒間だけ視線を混じらせ、ライヴィがその場を逃げるように立ち去った後もピリピリとした空気を漂わせていた。
その後2人共特に険悪な雰囲気じゃなかったから俺も気にしなかったけど、思い返してみるとベリオンとライヴィが近くに居る所って見たことないな。もしかしてあの二人、仲悪い?方言が胡散臭いからか?
うーん、相性が悪い場合もあるけど俺の思い過ごしかもな。まだ二週間しか経ってないんだし、これから仲良くなるだろ。
『カルシェンツのバーカ!アーホ!おたんこなすぅ、あんたなんか一生ジェノちゃんの親友になんかなれないよ~だ!』
「ふっ・・・言葉は通じぬが貶されている事はその醜く歪んだ表情と声音でわかるぞ猿。ベリオンそいつを押さえとけ、解剖して実験材料にしてくれるわ」
『ヒィッ来るな変態、馬鹿ルシェンツ!嫌い嫌いきらーい!』
うおっ、右手にフォーク、左手にナイフを握り締めてにこやかに歩いて来る。
これはマズイ、逃げるぞ相棒!
全速力で高く聳え立つ木に避難し、真下でベリオンに武器の用意を頼んで首を振られている少年を枝の隙間から怖々と見下ろす。
登る途中、真横でスコッと何かが突き刺さる音が聞こえた気がするが幻聴かな?うん・・・木に銀色の棒が2本生えているけどきっと気のせいだ。怖すぎる!
何とかベリオンが宥めようと奮闘してくれているので第二波は来ていない。
『あいつ恐いあいつ恐いあいつ恐い』
うん、そうだな。
これは俺が考えているよりも、王室ってのは恐ろしい場所って事なのかもな・・・だってあの威圧的な空気や暗く冷たい瞳は、幼い子供が出せる様なものじゃない。カルシェンツ様の瞳の奥に闇が見え隠れしているのは気のせいじゃないだろう。
幼い内から心に闇を宿すほど育った環境が悪かったのか生まれつき特殊なのかは判らないが、色々と彼は精神面に問題があるようだ。猿になった事で以前よりも感覚が鋭くなった為、動物が各々備えているエネルギーというものが何となくわかる。
カルシェンツには言葉では言い表せない冷やかな『なにか』を強く感じ、男は鳥肌をたてた。
「おい、競争の準備が出来たってよ。移動するぞ」
戻ってきたジェノの呼びかけに直様駆け寄った少年は、輝かしい笑顔を浮かべてミュージカル役者の様に両手を広げ、優雅に膝を地面につけた。
「私がジェノ君をおんぶして優勝してみせるよ!ジェノ君はわらび餅の様な軽さだから楽勝さ。二人の友情パワーを皆に見せつけてやろう!」
「喧嘩売ってんのか、何だわらび餅って。例えが微妙すぎて反応に困るわ!もうさっさと帰れ、お前は誘ってない」
ジェノの前では先程までの狂気を一瞬で引っ込め、豹変するカルシェンツの姿に子ザルは脱力する。ジェノが居れば安全は確保されたも同然だ。悠々とジェノの頭の上に乗り、相棒はカルシェンツに舌を出して挑発を再開する。
頼む、お前もいい加減学習してくれ!俺は殺されたくないんだよっ。
「言葉にしなくても気付いたら傍で寄り添っている。それが真の親友と言うものだよジェノ君!照れなくてもいいんだジェノ君、毎日寂しくないように監し・・・いや、見つめててあげるからね」
「おい、今監視って言わなかった?言ったよね?ちょっと誰かぁ、こいつ抓み出してー!王子だからって遠慮してないでちゃんと処罰すべきでしょ」
「ふふふっ、誰にでも厳しいジェノ君素敵!さぁ好きな所を抓むといいよ。外門まで君が触られてくれるなら大人しく出よう。ああっ、肌が疼いてきた!」
「・・・・・・殴るぞ」
う~ん、いくら美形でもこれは流石に嫌かもな。
「せめて綿毛とかにしろ」と訴える少女に対し、「飛んでいってしまったら私は泣いて死んでしまうよ」と擦り寄る少年。
王子様に言ってはいけないだろうが、ちょっとウザイ。尊敬するカルシェンツ様だから『ちょっと』で収まっているが、そこら辺の男だった場合『ドン引き』レベルだ。
言動も行動もストーカーに近い。いや、最早完全に立派なストーカー。
友人に対する態度としてはかなり過激な表現をするが、天才というものはいつの時代も変わり者が多く理解されないものだ。友達付き合いが尽く下手糞なのは他の全てが完璧な彼の、唯一の欠点なのかもしれない。
その後庭師の神林とお婆様、メイドのマリーテアも参加した『第一回竹林カップ!盛りだくさんでテンションMAX競争』は、見事にカルシェンツが制した。
(悔しー、馬鹿ルシェンツに負けたぁ!)
流石だよなぁ、足も驚異的に速い。サルより速いって凄すぎる・・・まぁ借り物で『ファストのメガネ』を引いてしまい、取りに行ったら陰険銀髪メガネに無残に追い返されて俺達はリタイヤしたんだが。
しかし途中まで本気でジェノをおんぶしようとして揉めていたにも関わらず、颯爽と巻き返した走りは圧巻だった。
「・・・最後の一瞬で抜かされた。竹の先端を飛ぶ姿はまるで鳥かムササビだな。完敗だ。」
上を向いてポツリと呟いたカルシェンツの小さな声音を拾い、子ザルは不思議そうに緑の竹がそびえ立つ空を見上げる。
そこには青と緑、自然のコントラストが広がっているだけで何もない。
王子様は鳥と競争でもしていたのか?それとも、他に誰かこの競争に参加していたのだろうか・・・
それから約半月、子供達の傍を彷徨いてわかった事がいくつかある。
その一つは基本ジェノの前では飄々とした笑顔を浮かべている王子様が、毎回ジェノに会う前に深呼吸を繰り返し、その日伝えるべき事を入念にリハーサルしているという事。
敷地内を散歩していたある日、屋敷の裏手で執事のベリオンと何やらコソコソと話しているカルシェンツを発見した。気になって覗いてみると、急に「明日植物園に遊びに行こう」と叫び出す。ベリオンの声は聞こえなかったが、どうやらダメ出しや改善点をレクチャーをされている様だ。
「ジェノ君の使い終わったストローを持ち帰ってはいけないだと?何故だ、その日遊んだ記念品を残しておけばいつでも鮮やかな思い出に浸れるとヒョウンが言っていたぞ・・・ふむ、ではきちんと断りを入れればいいのだな。むっ、もっと嫌われるからヤメロだと? ――やはり私は嫌われているのか!?い、いやっ、そんな事はないはずだ!親友の私が嫌われるなどそんなはずは・・・そんなっ」
他にも遊んでいる途中でジェノに触れる際には一旦精神統一をし、一間空けてから思い切った様に肩を抱き寄せていると暫くしてから気付いた。
ジェノと別れて外に停めてある馬車へ戻る途中、「今日は上手く話せた」「なんだか距離をとられて見えない壁がある気がする」「どうしたら喜んでもらえるだろうか」そう一喜一憂しながらベリオンへ報告しているのも知っている。
傍から見ると子ザルとカルシェンツは激しさを増す攻防を日々繰り広げているが、憑依した男の精神は全面的に王子様を支持するようになっていた。
昼寝の最中に突如掴まれ、ジェノへのプレゼントの為に身体のサイズを苦虫を噛み潰した様な顔で計られた時は恐怖したが、お菓子で出来た精工な自分の姿は可愛くて感動した。
一方通行な現在の関係・・・どうにかならないもんかなぁ。
だって、だって王子様側から見ると可哀想なんだもん!発言が変だったり行動に問題があるのはわかるけど、裏で努力している姿を見ると何とか報われてほしいと思う。
天才・怪物・冷徹 そう呼ばれている孤高の王子様だが、彼だって人間だ。
笑顔で見せないようにしているが、限界はあるし傷付きもする。ましてや相手は唯一傍に居たいと望んだ子。
テンパって常に少女の機嫌を損ねるカルシェンツを男は影ながら応援し、最近ではハラハラしながら二人の様子を見守っている。
ウザイのはわかる。
気持ち悪いのもわかる。
全然アドバイス通りに行動しないせいでストレスが溜まっていくベリオンの辛さもわかる。
でも王子様はきっと生まれて初めて本気で頑張っているんだ!何でも手に入れてきた少年に挫折は必要だと思うが、最終的には仲良くなって欲しい。
そんな男の願いが届いたのか、深い溝が構築されていた二人の関係を変える・・・『ある事件』が起こった。
季節は太陽がサンサンと降り注ぐ夏。
白い砂浜とどこまでも青く広がる海。
生い茂ったジャングルは行く手を阻み、奥の闇に人々を惑わす。
ひと夏の思い出、『無人島旅行』である。
「はい皆さん、遂にやってきましたよこの時が!明日の為に我々は準備を進めてきたわけですが、練習と本番は別物です。気を引き締めて行かなくてはならない!」
暗い屋根裏部屋に響き渡る声に蠢いていた影が反応し、四隅のランプに火が灯されると徐々に部屋の輪郭が現れていく。狭い部屋には5人の男女がまばらに椅子に腰掛け、壁に大きな紙を張っていく一人の男を眺めていた。
「旦那気合入ってるなぁ。俺も熱くなってきたぜ!」
「準備ってなんや。そんなんあったんか?」
「旦那様の妄想の中ではあったんじゃありませんか?私は存じ上げませんが」
赤字で書かれた『ジェノ救済作戦』に目を留め、子ザルを膝に乗せた神林が首をひねって顎を摩る。
夏ということで訪れた陰険銀髪メガネことファストが所有する無人島。別荘には一通り何でも備わっており、皆思いおもいの楽しいバカンスを満喫していた。
一ヶ月近くカルシェンツ様と離ればなれな状況は気掛かりだが、これまでのストレスから高熱を出してしまったジェノを休ませたい気持ちもある。無念だろうがいずれは屋敷に戻るだろうし、カルシェンツ様には暫く我慢してもらうしかねぇな。
「明日は待ちに待った満月。そう、月の光によって島全体に精気が満ちる絶好の機会である!」
「坊ちゃんの魔力を誘発させようという事ですわね?」
「ジェノ様は最近魔法に対してネガティブになっていますからね、精霊達に発動を煽ってもらいお気持ちを軽くしようと・・・」
目の前の紙には午後七時にジェノをジャングルへ誘い込み、何かしらのアクションを起こして魔力を引き出すと大雑把に書かれてある。
「アクションとは何ですの。ジャングルでなくてはいけない理由は?」
「魔力というものは生まれつき扱える者も居れば、たとえ持って生まれたとしても一度も発動させずに生涯を終える者も数多くいる、魔化不可思議なモノじゃ。発動に関して様々な研究が行われてきたが、その中で最も効果的だとされているものは・・・『恐怖』の感情じゃ」
恐怖?それで魔法が発動するっていうのか?
静かに語るオババ様の顔は半分ランプに照らされ、もう半分が真っ暗な闇に包まれ見る者の恐怖心を煽る。
「詳しい原理はわかりゃせんが、恐らく本能で己を守ろうとするんじゃろ。最大級の恐怖を与えると一定の確率で発動する事例があるんじゃ。気丈なジェノちゃんが唯一怖がるもの、それは――」
「お化け、ですわね」
「可哀想ですが心を鬼にしてジェノ様に接しなければなりません。可愛い子には旅をさせろ・・・愛しいジェノ様の為です」
その後夜のジャングルに誘い出す方法や上手く恐怖値を上げる作戦を練り、大人達は解散していった。子ザルも窓の隙間を摺り抜け、ジェノの眠る部屋へと向かう。
(話し終わったの?何すんの?)
おいおい聞いてなかったのか?
(ぜーんぜん。教えてー)
仕方ないねぇなー、作戦はこうだ。
まずジェノに肝試しだと言って真っ暗なジャングル方面に向かわせる。嫌がるだろうが丸め込んで無理矢理にでも出発させる。
(ジェノちゃん可哀想!)
まぁな・・・んで所どころで待ち受けるお化け役が逃げ道を誘導しながら脅かしていく。
(面白そう!)
えっ、可哀想なんじゃなかったのか?
最後はメロスさん特性の落とし穴に落とす!らしい。勿論下にマットを敷き詰めて安全性は確保する。
(あたちも落ちたいなぁ)
上手くいけばいいけど駄目だったらジェノに皆で土下座しないとな。
一番まずいのは予想外の事態が起きた場合だぜ。例えばジェノがジャングル内で遭難して怪我するとかな!ははっ、まぁ皆が気を付ける中でそんな最悪のパターンはなかなか起こらないだろうけど、用心に越したことはないしな。
明日の夜は俺たちも遠目から見守るんだ。夜目を活かして頑張ろうぜ相棒!
(ぐぅぐぅ、スピピー)
うん・・・お前には期待しないでおくわ。俺、頑張る!
表向きは『恐怖!無人島肝試し、参加拒否は絶対認めません大会!』だが、
裏の目的は『不安解消、ジェノの魔法を発動させよう大作戦!』である。
明日はカルシェンツ様の分まで俺が監視・・・いや、見守っててやるからな。
ベットでスヤスヤ眠る可愛い少女の寝顔を眺め、男は作戦の成功を願った。
この先に予想外の事態が待ち受けているとも知らずに――
主人公のペット、キウイ目線のお話です。
書きたい衝動に負けました。
お読み下さり、ありがとうございます。