14
半年で通算6通の手紙。
常識的な便りに好感は持てても、ずっと踏ん切りがつかずにいた。
『会いたい』
その要望に応えるのにこんなに時間がかかるなんて・・・僕は自分が思っていたよりも意気地が無かったようだ。おそらく他人と関わらなきゃ分らなかっただろうな。
靴を履き、ジャケットを羽織って玄関を出る。
門まで続く竹林を歩きながら、ジェノは降り出しそうな灰色の空を見上げ邪念を振り払うように頭を振った。
「ちゃんと・・・女だって言うんだ」
ぽつりとこぼした呟きには、ジェノの・・・ひとりの少女の強い決意があらわれていた。
かなり距離があるが歩いて街まで辿り着くと、時刻は12時を少し回ったところ。
軽食でもとろうかな、まだ約束の時間まで時間があるし。
ぶらぶらと散策し、途中でホットドックを買って小腹を満たす。
食い歩きって行儀が悪いけど何故か美味しく感じるから止められないんだよなぁ。
もそもそと食べながら「飲み物も欲しいな」と思った瞬間、後方の公園で歓声が上がった。
なんだろう?大道芸人がパフォーマンスでもやっているのかな。
普段なら面白がって覗きに行くが、今はそんな気分になれない。大した事じゃないって思おうとしても全然うまくいかないのだ。
僕にとって『性別』というのは・・・やっぱり大きな問題だということか。
暗い気持ちが心を浸食していく感覚を他人事のようにぼーっと感じていると、手の中でホットドックの容器がペキペキと潰れていき、原型が跡形もなく破壊されていく。
「あっ、しまった!・・・うわぁ中身食べ終えてて良かったー」
慌てて隠し、周囲を見回し誰にも見られていないか確認する。
うん、大丈夫そう。ふぅー 気を付けなきゃな。
油断するとたまに発動する魔力に溜息がこぼれ、しっかりしろと言い聞かす。通常では不可能な力でぺちゃんこになったプラスチックの容器を鞄にしまい、ベンチに腰をゆっくりおろす。
考えなきゃな、この力の事も・・・彼女への言葉も。
半年前の春。メロスに連れて行ってもらった長期旅行で、はじめてジェノの魔法が発動する事件がおこった。
長年高い数値を示していた魔力装置は正常だったようで、その後も強力な魔法を発動し続けたのだ。
「浮く。そして潰す様な破壊・・・この二つの働きから言ってジェノちゃんの魔法は―― これじゃ」
暗い部屋でオババ様は真っ赤なリンゴをひとつ持ち上げ、ゴンッと床に落とす。コロコロと足元に転がったリンゴを不思議に思って手に取ると、隣でカルシェンツが「なるほど」と呟いた。
え、何がなるほどなの?
そんなカルシェンツにニコニコと頷き、オババ様はもう一つ取り出したリンゴを放り投げながら言った。
「この世の、重力を操る能力じゃ」
「・・・ふぅーん?」
他人事のように返事をしたジェノに「もっと色々あるやろ!」とライヴィがツッコむ。
いや、なんか『重力』って言われてもいまいちピンとこないんだよね。あれでしょ?万有引力とかいうやつでしょ?
「良かったなぁジェノ、体重サバ読み放題だぞー」
「あら、それは羨ましいですわね。どんなに食べても30キロ台・・・乙女の夢ですわ」
和やかに会話するメロスとマリーテアに「小っさ!」とカンバヤシが言い、皆がやがやと自分勝手に話し出す。
「ジェノ君は充分痩せていますよ!こないだ抱きしめた時もすっぽり腕に収まる心地いい適度な細さで、感触も切り餅のように柔らかく甘い良い匂いがしましたし・・・」
「ぶふっ!何言ってんだバカッ、気持ち悪いこと言うな!」
「気持ち悪くなどないよ。能力など使わずともジェノ君は遥かなる高みへ昇る存ざぃむぐっ」
「うっさい黙れ。切り餅ってどういう例えだコラァ!」
堂々と胸を張って主張し出したカルシェンツを、本気で止めようと口をふさぐ。手の下でモゴモゴと何か言っているが絶対離してやらない!どうせ碌な事言わないんだからこいつ。
「エンジェル、その話詳しく教えて下さい!」
「切り餅美味しいよねー、僕も好きだよ」
「いやいやメロスの旦那、反応するとこそこじゃねぇって!」
「私のジェノ様に気安く触らないで下さい。やはり島に入れるべきではありませんでしたね・・・ちっ」
「いつからファストのものになったんや。舌打ちもやめい!」
「オババは恋話大好きじゃよ、ドッキドキしてくるのぉ」
「んがっふ、んん~ふっ・・・むぅうぐう!」
「全員ちょっと黙って!」
なかなか静まらなかったがなんとかオババ様が説明を再開し、ジェノは安堵の息をついた。隣には上機嫌のカルシェンツが質問をしていく。
簡単にまとめると、地球に通常存在する重力を完全に無視し変化させることが出来る。
ピンポイントや広範囲で軽くしたり重くしたり。
魔法なので細かい原理はまだわからないが、感情が高ぶると発動しやすいので少しづつ鍛えていこうという話になった。
うーん、ライヴィの静電気よりは使えそうだが・・・これ何かの役に立つか?火とか水みたいに解りやすい方が良い気がするなぁ。まあ浮けるのは楽しいんだけどさ、練習しないと暴走するから恐い。
ちなみにカルシェンツの機嫌が良かったのは『ジェノ君がいっぱい自分に触って構ってくれたから』だそうだ。
知れば知るほど無性に離れたくなるんだが、どうしよう。
耐えるべきか? もう少し様子をみるか? 距離を置くか?
ダメだ、全く離れられる気がしない。
その後二週間ほど島を満喫し、屋敷に戻った。屋敷で待っていた残りの使用人達が『お帰り&初魔法おめでとうパーティ』を盛大に開いてくれて、帰って来たんだなぁと一息ついたのだ。
ジェノ達が島に行っている約二か月半の間「モー銭湯」を近所の人々に300円で貸し出していたのには驚いたが、まぁもったいないし、いいことだと思う。
そして本格的に、カルシェンツと話し合いをした。
毎日来ないでほしい。
この要望に「私も忙しい身だから大丈夫」と彼はあっさり了承してくれた。
あれ、意外に話わかるじゃん。そういえばカルシェンツって王子様だったし、忙しいよね。
が、それは一週間に一日来ない日がある程度で、その日には必ず分厚く内容の濃い『魔のお手紙』が届けられた。
おい・・・どこが忙しいのか教えてくれ、いままでと変わらんだろ!
もうひとつは、過度なスキンシップをやめろ。僕にあまり触るな、ベタベタするな!このことを本気で言い聞かせた。これに神妙にうなずいたカルシェンツだが、「ジェノ君といると感情が抑えられなくなるから無理だと思うけど善処しよう」そう言って自然に肩を組んできた。
全然善処してないよね!?なんだこの腕はっ!無理だと思うな、もっと頑張れ!
そして最後は「もっと常識的に行動してほしい」と告げた。
ベリオンさんがかわいそうだ、そう熱弁すると「わかった」そう一言だけ呟いた。
しかし、数日後届いたベリオンさんからの手紙に
『私を気遣っていただけたことは大変光栄で嬉しいのですが・・・最近カルシェンツ様からの風当たりがきつく、大変恐ろしい事態となっております。ジェノ様を私にとられると感じたようで、どうやらライバル認定されてしまいました。平穏な暮らしを望んでおりますのでどうか、どうかカルシェンツ様を刺激しないよう、私の名前は控えて頂けると・・・しがない執事の身の安全が保障されます。勝手な事を言って申し訳ありません。』
と書かれていた。
身の安全の保障?
そういえば以前ベリオンさんの筋肉を夢中で触っていた際、
「ジェノ君はベリオンよりも私の方が断然好きなのだから勘違いするなよ!」と不機嫌に言い放っているのを聞いたことがある。
勝手に決めるんじゃない。どこからきたんだその自信は、お前が勘違いするなよ!
そのあと何度も僕に言い聞かせるように
「君の綺麗な瞳には私以外映してはいけないよ。家の者は仕方がないとしても他は許せない。親友の私だけを見て、私だけと触れ合い、私だけと会話するんだ、いい?」と繰り返す。
いやよくねぇよ。何だこの洗脳みたいなの、嫌過ぎる。それに僕達は親友じゃない。他の人とも話したいわ、ベリオンさんとも仲良くしたいっ!
あの旅行で離ればなれになった後、度々こういう面が出てくるようになった。以前からも「私を見て」発言はあったのだが、最近は少し病的な態度に身の危険を感じる。島の一件で彼の何かが壊れ、タガが外れたのだろうか?ちょっと怖い。
そう色々と考えていたら半年が経過していた。慌ただしいとあっという間でびっくりだ。
先々月にジェノは誕生日を迎え、11歳になった。これからのことも計画を立てないといけないなぁと考え、色々調べている。
・・・学校、どうしようか。
カルシェンツとの仲は相変わらずで、進んでいるのか後退しているのか微妙だが、彼と一緒に過ごす事には大分慣れた。
それにたまにカルシェンツに対して起こるむず痒いような感覚は、妙に心がざわつくが嫌ではない。
よくわからないが楽しいような嬉しいような・・・ジャングルで遭難してから徐々に浸透してきたフワフワしたもの。
魔法の副作用か何かか?キュウっと胸が締め付けられることがあるからちょっと心配だ。
オババ様に相談したら「それはドッキドキするのぉ!」と言われ、メロスに爆笑された。
真剣に聞いてるのにぃ、ムッカァ―!
しかし、今日は彼の事で悩んでいるのではない。
目の前にいる相手・・・一人の少女への接し方についてだ。
「どうかされました?ジェノ様」
「ああ、いや・・・」
ごまかすようにジュースを飲むと「今日はお会いできて本当に嬉しかったです!夢みたい」と、やわらかい笑顔に鈴を転がしたような可愛らしい声音が降ってくる。カフェ中の視線を集める少女の瞳には、ジェノしか映っていない。
ああ、レミアーヌちゃんもエンジェル属性だな・・・常識がある分あいつよりはかなり良い天使様だが。
夕日が差し込む店内はセピア色で美しい。
モンブランも美味しいし、今度また来ようかな。
「なんかごめんね、面白い所とかあまり知らないから」
「いいえ、とっても楽しかったです。ジェノ様と一緒だと全てが輝いて見えます!植物園がキラキラしておりました、まるで私生まれ変わったような気分」
あー そのセリフだいぶ前にカルシェンツが言っていた気がする。少し二人は似ているのかな?
「あの、私に言いたい事というのは・・・?」
窺ってくる美少女の言葉に、考え事をしていたジェノは喉を詰まらした。
そうだ、今日はそのために来たんだった。
可愛らしく頬を赤らめ俯いているレミアーヌちゃん。
僕を慕う彼女に、真実を告げる。
真剣な想いを向けてくる彼女に、僕も誠実になるべきだ。
「あの、話っていうのは・・・その、僕のことなんだけど」
「ジェノ様の事なら、全て受け止めますわ。そのお言葉も一言一句、この胸に刻まれていきますの。永遠に」
下唇をそっと噛んで囁く美少女を見て、美少年の姿がまた浮かび、緊張していた身体が少し緩む。
これも言われたことがある。
何を言ったか忘れたが、「永遠に私の魂に刻まれ、反芻されるだろう!」と叫ばれたんだ。本当にはた迷惑なやつだが、カルシェンツのおかげで今はリラックスが出来た。これなら落ち着いて言えそうだ。
「僕、実は――」
しかしそこで、頭の中で警戒音が鳴る。
なにかいま、頭に過ぎったような・・・
カルシェンツ?
そう、カルシェンツだ。
あれ、僕なにか忘れてないか?
「どうしたのですか、ジェノ様」
レミアーヌちゃんに早く『女』だと言わないといけない。後々面倒なことになる前に、ちゃんとしておかないと駄目だ。しかし、でもっ。
以前より、あまり性別を知られたくない気持ちが強まっている。
いや、違う。
僕は特定の人物に知られたくないんだ。
「どうして忘れていたんだろう」
「え?」
レミアーヌちゃんは―― カルシェンツと知り合いじゃなかったか?
初めて出会ったお見合いの帰り道で、そのような事を言っていた気がする。彼女からの手紙はお見合いの事に一切触れていなかったし、カルシェンツのおかげで賑やかな日々が続き、すっかり頭から抜けていた。
「レミアーヌちゃんて、王子様の知り合いいる?えっと、例えば第三王子とか」
きょとんとした表情で「王子様ですか?」と聞き返す少女を見て、一度固まった決心がガラガラと崩れていく。
言えない。どれくらい親しいかは知らないが、彼女には告げる事が出来ない。知らなかった。いつからこんなに強く思うようになっていたのだろう。
僕は、カルシェンツに『女の子』だと知られたくない。
別に、周りに気付かれても構わなかった。大人になったら隠してはおけないし、いつかはバレるものだと覚悟していたのだ。
しかし、カルシェンツとの関係が壊れることは躊躇してしまう。
ははっ普段うざいとか面倒とか散々言っているくせに、実は結構気に入っていたんだな。
彼の強引な接触も困るぐらいの熱血さも、『男同士の熱い友情』を目指しているからこそ。僕が『女』なら、それは失われるだろう。
気付かない間に少しづつ築かれていた二人の関係を失うのが、こわい。
「第三王子、カルシェンツ殿下をご存じで?私はそれほど親しくはありませんが、あいさつ程度なら交わしたことがあります。最近はパーティーに殆ど出席なさらないと、かで・・・え?で、殿下っ!?」
レミアーヌちゃんが驚愕に目を見開き叫ぶのと、うしろから抱きしめられるのは同時だった。
ふわりと花の香りに包まれ、鼓動が速まる。
「えっ」
「呼ばれたから来ちゃった。私の事気にしてくれるなんて凄く嬉しいよ、今日はお祝いだね。でも私を措いてレミアーヌと会うのは感心しないな」
「カ、カルシェンツ?」
「そう。ジェノ君の大親友のカルシェンツだ。おはよう、今日も君は素敵だね」
耳に息吹きかけるな、背中がゾクゾクする!
見計らった様なこの登場・・・こいつ、まさか後をつけてきたのか。
「どうしてここに!?」
驚愕するレミアーヌちゃんを睨みつける様に見据えると、ゆっくり僕の髪を撫でながら口を開く。
「ジェノ君のいる所に私がいる事は当然だろう。お前こそ誰の許可を得てに私の親友に纏わりついている。彼との時間が削られた、目障りだ。帰れ」
「おいっ、何だよその言い方!失礼だろう、謝れ。それに親友じゃない!」
「ジェノ君にはいくらでも謝るよ、遅くなってごめんね。迎えに来たんだ、もう帰ろう?今日は私と遊ぶ約束してたでしょ?」
「それは断っただろう!」と押し返すと「うん。この女のせいだよね・・・?」と声のトーンが一段低くなる。その後ろを見ると必死に頭を下げるベリオンさん。
うっわぁ― 面倒くせぇ。
呆然と状況についてこれず固まったレミアーヌちゃんと今度必ず会う約束をしカフェを出た。このままだと彼女に危害が及ぶかもしれない。暴力は絶対に無いだろうが傷つける発言をするだろう。
出る際いたはずの客が全員消えているのに気づき、大きな溜息をつく。いつものように人払いをしたんだろうな・・・何故気付かなかった自分、考え事し過ぎだろう!
「お前、この後説教だからな」
馬車内で外を見ながら呟くと「うん、いっぱいしてくれ」と微笑まれ、鳥肌が立つ。
なんなの!?キモイしうっざい!
とりあえず頭突きをかましておいた。大人しくしていろ!
・・・前言撤回。
カルシェンツとの間に築かれた関係は「ストーカー」と「被害者」だ!壊れてもいい気がするぞ、うん。
だが、あそこで女だと告げなくて良かったと心底安堵した事実に、ジェノは苦虫を噛み潰した。
くそ、どうしたらいいんだよ。
門の所で出くわしたカンバヤシが「旦那が新しい入浴剤を開発したぞ」といらん発言をし、カルシェンツは目を輝かせる。
「よし、お風呂でゆっくり交流を深めようか!」
「深めねぇよ。説教されたらさっさと帰れ」
「やだ、背中流したい。裸のお付き合いは親友になる必須イベントだ!」
そんなイベントはこれからも一度も発生いたしません。
竹林のど真ん中で仁王立ちするジェノの機嫌をとるカルシェンツは、途中から不貞腐れた顔で「レミアーヌが悪い」と言い出した。
「やっぱりレミアーヌちゃんと知り合いなんだ。まあ、彼女の家柄なら当然か」
「・・・あいつの名前は簡単に呼ぶんだね」
またか。
名前を呼ばなかったことを根に持っているカルシェンツは、面倒臭い拗ね方で批難めいた発言をしてくる。
「名前の事は許してくれたんじゃなかったの?カルシェンツは僕に嘘つくんだ」
「ち、違うよ!ジェノ君に嘘つくわけないだろう、私は誠実なんだ!」
「誠実な人は僕の後をつけたりしません」
「それは、偶然っ」
嘲るように「へえぇー 偶然ね、ふぅん。そうなんだー」と言うと、「わ、私達は運命の友だから惹かれあってしまうんだ!」と目を泳がせて叫ぶ。
「本当の事言ったら一緒に卓球してあげてもいいよ」
「ごめんなさい、ずっと見てました」
コロッと白状した少年は可愛らしく「魔法使っちゃダメだぞ~」とぬかした。
どんだけ前から見張ってたんだよ、最初からか?完全に嘘つきやがって、もうダメだコイツ。どうシバイたら大人しくなってくれるんだろう?
その後イライラを卓球で発散しようと思ったが、カルシェンツには一度も勝てなかった。
というか1ポイントもとれない。
なるほど、天才か。
悔しいので「今日僕ノーパンなんだ」と言ったら、見事にサーブをスカッた。
ふっまだまだ青いな。ちょろいやつめ、ざまぁみろ!
ってコラ、確認しようとするなっ!
すぐに追いかけっこに発展し、使用人達を巻き込んで鬼ごっこが始まる。
その日は夜遅くまで子供たちの声が響き、二人揃ってファストに叱られることとなった。
ちなみにレミアーヌ嬢はジェノしか見えておらず、人払いに気付きませんでした。
お読みくださり、ありがとうございます。