エピローグ
三話同時投稿です。
すっかり暗くなってしまった夜道を並んで歩く。当然のように繋がれた私の右手と黒川君の左手が、冷えた空気に逆らうように熱を交換していた。私達は互いを友人とは呼び難いカテゴリに置き、そして今恋人という唯一無二の立場に確定するに至ったらしい。
相変わらず息苦しさも、動悸も伴うけれど、これまでのように苦しいだけでは無かった。甘く癖になるような心地良さも伴っていた。ああ、確かにこれは恋なのだと、胸にすとんと納まる音がした。納まって響き合う。その残響は神聖な祈りのように胸の中にいつまでもいつまでも響き続けている。
*
「病人のように青い肌が嫌い」
「それはね、艶めかしい程に白く透明で儚いという魅力だよ」
「……きつい目が嫌。可愛らしい優しそうな垂れ目になりたかった」
「凛としていて知性を感じる。その目で見られてしまうと僕の心臓は素手で鷲掴まれたように脈打つし、君の優しさは滲み出ているから」
「…………上下でアンバランスな唇が嫌い。ゴージャスで柔らかい素敵な唇に憧れるわ」
「噛み締める癖があるだろう? その噛まれた下唇を舌先で撫でたいと常々思っていたんだ。今も、だけどね。それに想像以上に甘くて柔らかかった。癖になる程」
「…………ごめんなさい。もう、やめて」
「ダメ、やめない。続けて」
街灯と自動販売機の灯りが通りの夜に近い空気を青白く照らす。
「……ねこ毛でまとまり難くてつやの無い髪の毛が嫌」
「真正面から鏡に映すからじゃないかな? 僕の目には萌絵さんの髪の毛は艶やかに見えるよ。ドーナツのような輪が出来ている。それに、僕の髪もねこ毛だ。お揃いだね」
ちらりと横目で見上げると、楽しそうな笑顔を満面に浮かべた黒川君が首を傾げるように私を見下ろしていた。私の頬は際限なく熱を集め、夜道にも隠せない程に色付いているだろう。少しだけ足を速めて街灯の灯りが淡くなる暗い場所へと急いだ。鼓動も息苦しさも、何故か嫌では無い。同じもののはずなのに、恥ずかしいだけで決して嫌なものでは無い。クラスメイト達が言う社交辞令も私の心を揺らす事は無かったのに、黒川君の言葉はいつだって私をおかしくさせるのだ。そして今、彼が齎す言葉は際限なく湯水のように垂れ流されて私は寄る辺なく身を縮め左手で精一杯顔を覆った。それはまるで実力が伴わないにも拘らず表舞台のど真ん中に立たされているような、高い山の頂上に突然下ろされ置き去りにされたような、そんな心許無い羞恥と不安。
「どうしたの?」
「恥ずかしいの」
「どうして?」
「黒川君が好きだから」
「それは恥ずかしくないんだね」
「だって、本当の事だもの」
「ふふ、ねぇ萌絵さん」
「なあに? 黒川君」
「僕も君が大好きだよ」
繋がれた右手を少し引かれて黒川君の腕に囲われた。少し冷たいブレザーにがさりと頬を擦ると更に腕の力が強まって、私はほうと息を吐いて力を抜いて身を預ける。忙しなく脈を打っていた心臓が、呼吸が、途端に落ち着いて安堵と黒川君の体温がじわりと私を包んでいた。だから黒川君の腕が少しだけ震えていたとしても、それに気付いているのは私だけであるのだから、もう少しだけこのままで。目に見えていた黒川君よりも更に奥深く彼を知って行く相手が私であるというのなら、私の醜いところも彼に愛でて欲しい。黒川君が褒めてくれた私を少しずつでも好きになれそうな予感に、私は頬を緩めて彼の肩に額を擦り付けた。