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『帰郷』 三

     三


 立ち上がって、枯れ葉の山に干しておいた新聞を加え、マッチを擦った。みるみるうちに、紙は端から火を灯して広がっていく。

 縁側に元いたように座って、月は柱にもたれかかる。ぼんやりとそれを見つめ、回想を続けた。

 それから、祖父が亡くなるまでの一年間。月はこの家に住んでいたのだった。

 明日華も月が寂しがるだろうと言う考えからか、一人暮らしをしていた部屋を引き払い越してきたので、人数的には前の家と変わらずに過す事となった。


 寂しかった事が無かったとは言わない。


 けれど、祖父も叔母である明日華も精一杯の愛情で自分に接してくれた。

 そして、親友もできたのだ。




 夏祭の日。浴衣を着せられた月は祖父が祭りへ行く仕度をしている間、お気に入りの場所で遊んでいた。遊び場である鬱そうとした竹薮は暗くどこか神秘的で、中に入ると少し怖いが、同時にとてもわくわくする。藪蚊さえ気にしなければ飽く事の無い場所だったのだ。

 いつものように、草花を摘もうと歩いて行くと、不意に月の耳に茂みを掻き分けるが届いた。

 風の音かと思ったが、絶え間なく響いてくる。

 月は不思議に思って首を捻った。

(今はたけのこも取れないのに・・・・・・だれだろう?)

 夏の時期にこんな所に入ってくる人物など、物好き以外の何ものでもない。もう少し涼しくなってからなら薄を取りに入る近所のおばさんなどもいるのだが、今の時期は薮蚊の巣窟と化している此処に好き好んではいる人など月には心当たりが無かった。

(知らない人、かなぁ)

 急に怖くなってきて隠れようとしたが生憎周りには竹しかない。

 どんな太い竹でも月が隠れてしまうほどの幅は無かったし、先日月が遊びやすいように、と祖父が草を刈ってくれたので身を隠せるほどの高さは無い。おろおろと行ったり来たりを繰り返していると、声が聞えてきた。

「もう、翔!どうにかしてよ。かがいっぱい出てきたじゃない」

「お前がマッチわすれるから、カトリセンコウつかえなかったんじゃないか!」

 声は耳慣れないものの、どうやら子供のようだ。少しだけ月は安堵して。声の方へと向き直る。

「だいたい翔がざしきわらしを見たいだなんて――――――」

 目の前の背高泡立草が左右に開き、そこから二人の子供が転がり出てきた。折り重なるように倒れこんだ二人に月は何も言えず、茫然とその光景を見ていた。

 波打つ黄色がかった光る髪に芸術的なまでに草や笹を編みこんだ女の子が叫ぶ。

「おもい!早くどいてよ!!」

「わかったよ、今どくって」

 上に被さる形になってしまった黒髪の男の子は、立ち上がると顔をしかめて膝を見た。転んだ拍子にすりむいてしまったらしく、じわじわと血が滲んでくる。

「あの、だいじょうぶ?」

 おずおずと月が声をかけると、二人は動きを止めた。続いて軋む音が聞えそうなほど不自然な動きで首をめぐらし、月を見た。

「きず洗ったほうがいいよ。小川があるからそこで――――――」

「ざ」

「ざ?」

「ざしきわらしーーー!?」

 絶叫しつつそのまま脱兎の如く逃げて行くのを月は驚きながら見つめる。二人の姿が完全に見えなくなると、竹林はいつもの静けさを取り戻した。

 月は身をひるがえすと無言で走り出した。そしてその勢いのままで石の橋を渡り、座敷に上がり祖父の背中に抱きつく。

「どうした、月?」

「なんでもない」

 なんでもないもん、と口の中で繰り返し、額を広い背中に押し付けた。

(また、きらわれちゃった)




 月の瞳は、不思議な薄墨色の虹彩している。

 祖父母どころか、曾祖父母の親でさえも日本人であると言うのにも関わらず、だ。

 灰色よりも銀よりも色の淡いその色彩は白に近くて、初めて顔をあわせると大抵の場合で驚かれるのだ。大人達なら多少珍しがられるだけだが、同い年に近い相手だとそうもいかない。必ず顔をじろじろと見られるか、気味が悪いと思って遠巻きにされるかのどちらかだった。

 後から考えると必ずしもそんな反応をされた訳ではなかったが、大半の人間がそんな反応を返すので、月は自分の目の色が気味が悪い物だと思い込んでいた。

 保護者達は、そんな事無い綺麗な目だよ、っと言ってくれたが一度思い込んでしまった事実は中々変化しなかったのだ。

 そんな時にまた、顔を見て驚かれた。

「ねぇおじいちゃん。“ざしきわらし”ってなあに?」

「ん?どうした急に」

 漬物を抓もうとしていた箸を止め、祖父はこちらを見て不思議そうな顔をした。月は慌てて言った。

「テレビでやってたの。ねえ、何のことなの?」

「まあ、一種の妖怪だな。古い家なんかに住み着く妖怪でな、子供の姿をしてるといわれている。わしは見た事は無いが、子供にだけは見えるらしいぞ」

(ようかい・・・・・・)

 項垂れる月に気づかず、祖父は続けてこう言った。

「今日は道場を開けるが、月も一緒に来るか?」

 月の母方の家は代々道場を営んできた家系だった。古くから剣道と弓道を教えていたと伝えられていたが、今では教えているのは剣道だけで門下生も十数人しかいない小規模な道場だ。

「ううん。いい、うらにわであそんでる」




 裏庭の池を覗き込むと、黒いおかっぱに薄墨色をした少女の顔が歪んで映る。

「ようかい、かぁ」

 泣きそうな顔で溜息をついて、瞼の上から眼球にそっと触れた。

(何で黒くないんだろ)

 これのせいで、クラスの中からは浮くし、友達はいないし、妖怪にまで間違えられてしまった。

 肩を落としてしょげていると、後ろからポンっと肩を叩かれた。

「あのさ、きのうの子だよね?」

 竹薮にいた黒髪の男の子だ。そう思った途端、月は走り出していた。夢中で家の周りを走り抜けて庭を通り過ぎ、家の前の小道に出る。

「ちょっと止まって!!」

 当然のように追ってきた男の子が叫んだが、月は走り続けた。自分でもなぜ走っているのかわからない。けれど男の子の顔を見た途端、昨日の叫び声と、祖父の言葉が耳に甦り、逃げ出したい気持になったのだ。どう走ったのかもよくわからないまま走りぬけ、大きな通りに出た。

「柚!その子つかまえてくれ」

 その声で前を向くと同時に、体に衝撃が襲った。ぶつかったのだと感じる前に体が傾き、後ろに倒れこむ。

(――――――!!)

 痛みがくるのを予想して反射的に目を閉じたが、いつまで経っても背中は中に浮いている。ふりかえれば、男の子が支えるように肩を掴んでいてくれたのだ。

「まに、合った、か」

「わたしもうけ止めてよ」

 月とは逆に道に尻餅をついた女の子は口を尖らせていると、男の子は顔をしかめて言った。

「むちゃいうなよ。それよりほら、この子に言うことあるだろ」

「この子・・・・・?」

 金髪の女の子に顔を覗き込まれ、月は反射的に後ずさろうとした。が、しっかりと肩を掴まれていて無理だった。

「やっとつかまえた。足はやすぎだぞ」

「ああ、きのうの着物の子!」

 ぽん、と手を打ち鳴らし、女の子は言った。

「きのうはごめんね。わたしは佐保柚っていうの、あなたは?」

「え・・・・・・?」

「だから、きのう急に逃げちゃってごめんねって言ってるの。あんなところに人がいると思わなかったからおどろいちゃって」

「おれも “ざしきわらし”だなんていったし。ごめん」

 ぽかんとする月に交互に謝った。反応が無いのにいぶかしんだ男の子は続けて言った。

「おれは武蔵翔って言うんだ。シハンのまごだよね?」

 自分の祖父が“師範”とよばれる事に驚きながら頷いた。

「で、名前は?」

「淡路、月」

「ふうん、月っていうんだ。変わってるけどすっごくきれいね、目もお月さまみたいな色だし」

「こわくないの?」

 二人は同時に眉を寄せた。不審がるのではなく、言葉の意味がわからない、といった風情。

「なんでこわがるの?」

「だって・・・・・・黒くないし」

「わたしだって黒くないよ」

 柚が答えた。その声には誇らしげな響きがあり、月を混乱させる。言われてみると柚と言う女の子の瞳は紺色がかっていて、陽が射し込めば青に見えた。

「でも、きのうはようかいって言ったじゃない」

「目を見て行ったわけじゃないよ?きのうは翔といっしょにざしきわらしをさがしに竹薮に入ったの、そしたら、月が着物を着ていたから、ついまちがえちゃったのよ」

 頬を染めて言い訳めいた事を洩らしてから、それでも胸をはって断言する。

「あのね、人を見ためだけで判断するのはばかのする事なのよ。それにちがいがなによ、きれいなものはきれいで良いじゃない。わたしは黒髪も好きだけど自分の髪の色も目の色も大好きよ。月だって自信持たなきゃだめだよせっかくきれいなんだから」

「おれもきれいだと思うぞ」

 肉親意外にこんな事を言ってくれた相手は今まで一人もいなかった。じわじわと、恥ずかしいような気持も沸いてきたがそれより嬉しく思う気持の方が大きかった。

「ありがとう」

 月は、二人が見とれるぐらい綺麗な微笑を浮かべた。






※※※


更新し終わったと思っていた『帰郷』が連載してたので慌てて更新。

割り込み投稿大活躍。

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