婚約者に近づく不届き者を駆逐するため、前世の知識で究極のお仕置き器具を作ったら、メイドに商業化されて学園が大混乱に陥った件
「きゃあああああーーーー!」
「死んじゃうーーー!」
「む、無理無理。助けて。きゃああーーーー!」
ここは貴族の学び舎、ガレオン学園。
校舎中に響き渡る哀れな仔羊たちの悲鳴を聞きながら、私――公爵令嬢ローズ・ヴァレンタインは、上品に扇子で口元を隠した。
(ふふふ……いい悲鳴。実によいクオリティですわ!)
扇子の裏で、我ながら悪役令嬢らしい、いやらしくて下品なニヤニヤ笑いを浮かべる。
「お嬢様、顔が大変なことになっております。はしたないので扇子を閉じないでくださいね」
「ちょっとシルヴィ、声に出して言うものではありませんわ」
私の背後で、冷ややかな声をかけてくるのは専属メイドのシルヴィ。有能だが、時折私に対するリスペクトがないんじゃないかと思うときがある。
普通の倫理観であれば、この阿鼻叫喚の悲鳴を聞けば助けようと思うのだろう。しかし、私はしない。それどころか、彼女たちを苦しめている『罰の器具』を開発したのは、他ならぬこの私なのだ。
とはいえ、小心者なので「ちょっとかわいそうかしら……」と思うこともある。でも、せっかくの婚約者ユリシス様との甘い時間を何度も邪魔されれば、私だってキレる。我慢の限界だったのだ。
これでユリシス様に色目を使う不届き者もいなくなる。
そう一安心した私のもとに、なぜか頬を赤らめた女生徒たちの集団が詰め寄ってきた。
「ローズ様! 私、ユリシス様の御手に触れてしまいました! どうか私に罰を!」
「私など、あろうことか服の袖をかすめてしまいました! ぜひお仕置きを!」
「ちょっと貴女たち、ずるいですわ! 私なんて昨日、ユリシス様のぶつかってしまったのよ! 最も重い罰を受けるのはこの私です!」
……何だこれは。
続々と罪の告白が始まったんだが?
しかも、なぜか全員が妙に熱っぽい視線で私を見つめている。
「ローズ様、ちなみに私は高いところが大の苦手ですので、どうかそこを考慮したお仕置きを……!」
「私は三半規管が弱くて、ぐるぐる回されると頭がおかしくなってしまうのです。どうかそんな酷い罰を……!」
「……」
わざわざ苦手科目を自己申告してくるとは何事だ。
まあ、そこまで言うなら要望(?)通り、苦手な環境で徹底的に苦しめてあげるけれど!
でもおかしい。恐怖体験の罰を与えているはずなのに、昨日より告白してくる人が増えているのはどういうこと!?
昨日なんて、ユリシス様に陸上選手並みのダッシュで突撃してタッチして逃走した者もいたらしい。
ユリシス様も『最近の女の子は、すごいね……』と引きつった笑顔で困惑していた。
「ぐぬぬ……。これほどの恐怖をもってしても、ユリシス様の魅力は抑えられないというの? ならば、人間の本能的な恐怖の限界を超える『究極の器具』を作るしかありませんわ!」
「お嬢様、それ前回も言ってましたよ」
「ぐぬぬ、それなら究極最強アルティメットシグマよ」
「かしこまりました。究極最強アルティメットシグマお嬢様」
「私が悪かったからそれやめてーーー」
私はシルヴィを連れ、公爵家の権力(と予算)を最大限に利用して学園内に作らせた、私専用の「研究室」へ駆け込んだ。
なぜ私がこんな魔導科学兵器を作れるのか。それは、私に「前世の記憶」があるからだ。
私の前世は、ここよりも科学技術が圧倒的に発展していた『日本』という国だった。そこでは様々なものが『電力』というエネルギーで動いていた。前世の私が何者だったかは思い出せないが、なぜか物理の法則や技術の理論だけは頭に刻まれている。
この世界では科学は未発達だが、電力の代わりに『魔力』を使えば、前世のテクノロジーはほぼ再現可能なのだ。
「う〜ん、やっぱり恐怖の基本は『高低差』と『速度』、そして『回転』よね」
頭の中で魔法式を組み立て、机の上の小さな模型に魔力を流してシミュレーションする。
「あ、レールから脱線しちゃった。やっぱり速度が大きすぎると、外に向かう遠心力も跳ね上がるわね。それなら、ここに脱線防止のストッパーをつけて……」
「ああ、お嬢様が空の彼方へ!」
「誰が空の彼方へよ。……うーん、これだと乗っている人間にかかる圧力が強すぎて、骨が折れちゃうかしら? 少し傾斜の角度を抑えて負担を軽減して……あ、ここをこうすれば『一回転』もいけるじゃない! 私ってば天才!?」
「はいはい、天才ですね。究極最強アルティメットシグマお嬢様」
「だからそれはやめなさいって言ったでしょーーー!」
シルヴィの適当な相槌をスルーし、ついに設計図が完成した。
最高時速なんと100キロ。高さは校舎の3倍の高さの50メートル。さらに、20回連続で縦回転を繰り返す、恐怖器具の設計完了である。
「あとは、お父様の配下の魔導技術者たちに特急で作らせるだけ。ふふ、ふふふふ……これでもう、気軽に『罰をください』なんて言える奴はいなくなるわ!」
「はあ、そうなると良いですね」
「何よ。これのどこに問題があるっていうのよ。うふふふ」
あきれ顔のシルヴィを送り出し、私は勝利を確信して高笑いした。
翌日。
完成した実物を目の前にして、私はその圧倒的な威容に震え上がった。
天高くそびえる鉄のレール。複雑なループ。そこを爆音とともに魔力駆動で疾走する鉄の塊。
「ひ、一瞬でも乗れって言われたら、私なら爵位もすべて投げ捨てて逃げ出すわ……」
――そう、完成したのは『ジェットコースター』であった。
これだけの恐怖だ。いくらユリシス様の魅力が凄まじくとも、命の危機を感じれば誰も近づかなくなる。私の勝ちだ。
……そう、思っていたのに。
「はーい、最後尾の方は現在『3時間待ち』でーす。ユリシス様とハイタッチした不届き者の方は、優先搭乗になりまーす。押し合わないでくださーい」
「ちょっとシルヴィイイイイイ!? 何を勝手に受付を始めていますのののの!?」
数日後。なぜか件の絶叫マシンの前には、学園中の女生徒による長蛇の列ができていた。
「いえお嬢様。これ『1回乗るごとに金貨1枚』の入場料を徴収しているのですが、初日だけで我が公爵家の年間予算の半分が稼げまして。今や学園の公式三大名物の一つです」
「お金の問題じゃありませんわ! 私のユリシス様防衛計画はどうなったのよ!?」
「何をおっしゃいますか。彼女たち、いまや『ローズ様お手製の神アトラクションに乗りたいがために、ユリシス様に突撃』してますよ。本末転倒ですね」
見れば、ガタガタガタと音を立てて発車したコースターから、「きゃあああーーー!」「こわいーーー!さいこーーー!」と笑顔で叫ぶ女生徒たちの声が響き渡っている。
不届き者を駆逐するはずが、私はいつの間にか学園の一大アミューズメントパークの支配人に就任させられていた。
「お嬢様、次は『お化け屋敷』の設計図をお願いします。この調子で学園を裏から支配しましょう」
「……私、いつから悪役令嬢じゃなくてテーマパークの経営者になったのかしら……」
女生徒たちの恐怖の声(?)を聞きながら、私は遠い目で虚空を見つめるしかなかった。




