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婚約破棄、結構ですわ。ただし私が裏で支えていた王室予算三万枚、今すぐ一括返済してくださるかしら?  作者: 朝比奈ミナ


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第4話:『聖女様の「奇跡」を会計学的に分析いたしました』

皇帝アラリック様の手を取り、私が会場を去ろうとしたその時。

 背後で、わっと泣き喚くような声が響きました。


「待ってください! 行かせないわ、そんなの認めない! わたくしが、わたくしがこの国にどれだけの利益をもたらしたと思っているのよ!」


 リリアナ様が、セドリック殿下の腕を振り払って詰め寄ってきました。

 その瞳には、先ほどまでの恐怖ではなく、自分の存在価値を否定されたことへの、剥き出しの承認欲求が燃え盛っています。


「わたくしが作った『純白石鹸』も、あの素晴らしい『黄金マヨネーズ』も、みんな喜んでくれたわ! 新しい産業を作ったのはわたくしよ! エレノラ様、あなたはただ帳簿を付けていただけじゃない!」


 私は、皇帝に一度目配せをしてから、ゆっくりと彼女の方へ向き直りました。

 あどけない少女の、浅はかな自負。

 それを粉々に打ち砕くのは、私にとって、絹のハンカチを汚すよりも容易なことですわ。


「あら。リリアナ様、その『純白石鹸』。一つ銀貨三枚で、平民たちに広く売り出したのでしたわね? 『清潔は万人の権利』……大変美しいスローガンでしたこと」


「そうよ! みんな、安くて良い石鹸が手に入って、わたくしに感謝してくれたわ!」


「ええ。ですが、その石鹸の主原料である『高級オリーブ油』。この国では採れず、すべて南方の自由都市からの輸入品ですわ。……シエル、先月の輸入原価報告書を」


 シエルが懐から取り出したのは、一枚の簡素な表です。

 私はそれをリリアナ様の目の前に、突きつけるように示しました。


「ご覧なさい。石鹸一つ分に使う油の仕入れ値だけで、銀貨四枚。そこに職人の人件費、運送費、工房の維持費を合わせれば、一つ売るごとに銀貨五枚の『赤字』が出ておりますのよ」


「え……? そ、そんなはず……」


「さらに言えば、あなたが大量に油を買い占めたせいで、市場の食用油の価格は三倍に跳ね上がりました。平民の方々は、あなたの石鹸で手は綺麗になったかもしれませんが、その夜の食卓からは温かいスープが消えたのですわ。……これを『聖女の奇跡』と呼ぶのかしら? 私には、ただの『経済テロ』にしか見えませんけれど」


 会場にいた商人あがりの貴族たちが、ハッとしたように顔を見合わせました。

 彼らはリリアナ様の人気を恐れて黙っていましたが、商売の理屈を突きつけられれば、どちらが「正解」かは一目瞭然です。


「マヨネーズも同様ですわ。新鮮な卵を一日千個も消費する工房を、あなたは王都のすぐ隣に作らせましたわね。その結果、王都周辺の鶏卵相場は崩壊し、子供たちの貴重な栄養源だった卵は、今や金持ちの食卓を飾るソースの材料に成り下がりました」


「わ、わたくしは、ただ、みんなに美味しいものを……」


「美味しいものを食べさせるために、国庫の補助金を注ぎ込み、市場を歪め、結果として物価高を招く。……リリアナ様、あなたの行いは『慈善』ではありません。他人の財布を使った、極めて悪質な『自己満足』ですわ」


 私は一歩、彼女に歩み寄りました。

 彼女は、まるで巨大な魔物に見据えられた小動物のように、ガチガチと歯を鳴らしています。


「あなたが『奇跡』と称してバラ撒いた赤字の総額は、この三ヶ月で金貨二千枚。……すべて、私の個人資産から補填されていました。ですが、先ほど申し上げた通り、その契約は今、この瞬間をもってすべて終了いたしましたわ」


「……え?」


「明日から、石鹸工房の職人たちへの給料は支払われません。輸入業者への支払いも滞ります。……リリアナ様、あなたが『私の知識』と誇ったその産業は、明日の朝には数千人の失業者と、莫大な借金を抱えた瓦礫の山に変わりますのよ。楽しみですわね?」


「嘘……嘘よ……!」


 リリアナ様は、縋るようにセドリック殿下を見上げました。

 ですが、殿下もまた、あまりの数字の大きさに言葉を失い、彼女の手を振りほどこうとしていました。


「セドリック様! 助けて、どうにかして!」


「だ、黙れ! 三ヶ月で金貨二千枚だと……!? 貴様、私を騙してそんな大金を使い込んでいたのか!」


 醜い。

 つい数分前まで「真実の愛」を誓い合っていた二人が、金の切れ目を境に、お互いを罵り、責任を擦り付け合う。


 私はその光景を、心底から愉しみながら、皇帝アラリック様の方へ戻りました。


「満足か、エレノラ」


「ええ。ですが陛下、不燃ゴミの処理にはまだ時間がかかりそうですわ」


「フン。ならば、そのゴミごとこの国を買い叩くプランを、馬車の中でじっくり聞かせてもらおう」


 皇帝の豪快な笑い声が、絶望に沈むパーティー会場に響き渡りました。

 私たちは、今度こそ、二度と戻ることのない扉の向こうへと足を踏み出しました。


 背後で、リリアナ様の「どうして……どうして私のチートが通じないのよ!」という、誰にも届かない悲鳴が聞こえた気がいたしましたわ。

第4話、お読みいただきありがとうございます。

現代知識という「魔法の杖」が、実は「借金の山」だったという真実。

「マヨネーズの代わりに、自分のしでかした事の重さを噛み締めなさいな」

そんなエレノラの毒舌に震えていただけましたでしょうか。


「聖女様」のメッキが剥がれ、王子の愛も急速に冷めていく……。

この「ざまぁ」の続きが気になる方は、ぜひ【ブックマーク】と【評価】をお願いいたします。

皆様の応援が、王国の破滅をさらに加速させますわ。


次回、第5話は『「悪役令嬢」という称号、謹んでお受けしますわ』。

追い詰められた王太子が放つ、最後の「不敬罪」という名の悪あがき。

それをエレノラがどう「経済的」に迎え撃つのか。

どうぞお楽しみに!

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