第18話:『蒸気機関の一回転ごとに、我が帝国へロイヤリティを支払いなさい』
黒煙の止まったバルディア王立工房。
かつて産業革命の産声を上げるはずだったその場所は、今や鉄屑の墓場のような静寂に包まれていました。
「……嘘だろ。こんな、こんなのアリかよ……。全部、計算通りに作ったんだぞ……。熱効率も、ピストンの強度も、現代の知識なら完璧だったはずなのに……っ!」
転生者ショウが、煤けた床を叩いて咽び泣いていました。
彼の自慢だった蒸気機関は、燃料である石炭の供給を絶たれ、さらには帝国が布告した『環境汚染罰則金』の重圧により、動かすことさえ許されない『犯罪の証拠品』と化していたのです。
そこへ、優雅な衣擦れの音と共に、私が足を踏み入れました。
護衛のシエル、そして帝国の法務官たちを引き連れて。
「あら、ショウ様。随分とお疲れのようですわね。……自慢の『未来の心臓』、ずいぶんと静かになってしまったようですけれど?」
「……エレノラ……っ! 貴様、何しに来た! 笑いに来たのか! 知識もねえ中世の女の分際で、俺の技術を泥棒した挙句に……!」
私は、扇で鼻を覆い、軽蔑の眼差しを投げかけました。
「知識がない? ふふ、それは誤解ですわ。……わたくしは、あなたの『知識』そのものには興味はございませんの。ただ、その知識がこの世界でどのような『価値』を生み、誰の『利益』になるべきか……それを管理しているだけですわ」
私は、法務官が差し出した一束の契約書を、ショウの目の前に落としました。
「ショウ様。バルディア王は、あなたの身柄を帝国に譲渡することに同意なさいました。……あなたがこれまでに発生させた特許侵害違約金、環境賦課金、並びに石炭の輸送遅延損害金。合計で金貨五万枚。……当然、お支払いいただけますわよね?」
「……金貨、五万……? 払えるわけねえだろ! そもそもそんな法、勝手に作ったのはお前じゃないか!」
「ええ、そうですわよ。……ルールを作る側と、作られる側。どちらが勝つかは、計算するまでもないことですわ」
私は冷徹に、最後通牒を告げました。
「返済能力のないあなたに、一つだけ『救済策』を提示して差し上げますわ。……帝国直轄の『魔導科学研究所』への無期限奉公。あなたがこれから生み出す全てのアイデア、設計図、知識の知的財産権は、すべて帝国、ひいてはわたくしが管理する。……つまり、あなたは今日から、わたくしの所有する『生きた辞書』になるのですわ」
「な……!? 俺の知識を、タダで吸い尽くすつもりか!」
「タダではございませんわ。……三食の食事と、清潔な寝床。そして、あなたの知識が一回転するごとに、その利益の一部を『借金の返済』に充てて差し上げますわ。……もっとも、今の利子率では、完済までに三百年ほどかかる計算になりますけれど?」
ショウの顔から、すべての希望が消え失せました。
彼が誇っていた現代知識は、彼を自由にする翼ではなく、彼を永遠に帝国へ縛り付ける『見えない鎖』へと変わったのです。
「……さあ、シエル。この『資産』を帝都へ運びなさい。……ショウ様、これからはわたくしの帳簿の上で、精々帝国のために価値を産み出しなさいな。……無能なゴミとして捨てられるよりは、マシな結末でしょう?」
ショウは抵抗する力もなく、騎士たちに引きずられていきました。
私は、沈黙した蒸気機関を見上げ、満足げに微笑みました。
現代の技術、結構ですわ。それを『法』と『資本』で飼い慣らし、帝国を豊かにするための家畜に変える。……これこそが、わたくしが望む『文明の清算』ですもの。
ですが、工房を去ろうとしたその時。
私の背後で、冷たい風が吹き抜けました。
「……ふむ。数字で人を縛り、知恵を奪うか。……実に、傲慢な悪魔の所業ですな」
そこには、いつの間にか、白銀の法衣を纏った一人の老人が立っておりました。
聖教会の枢機卿。……彼が手にしているのは、平和の祈りではなく、異端を糾弾するための『審判の杖』でした。
どうやら、新しい清算対象が、自ら名乗りを上げに来たようですわね。
第18話、お読みいただきありがとうございます。
理系転生者ショウ様、ついにエレノラ様の「償却資産」として拉致……いえ、雇用されましたわね。
「完済までに三百年」という絶望的な雇用条件に、スカッとしていただけましたでしょうか。
ですが、休む暇はございませんわ。
帝国の急激な経済支配を危惧した「聖教会」が、ついにエレノラ様を標的に定めました。
「悪魔」と呼ばれて怯えるようなわたくしではないこと、彼らもすぐに思い知るでしょう。
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皆様の応援が、聖教会の腐った金庫をこじ開ける鍵になりますのよ。
次回、第19話は『聖教会様。祈りで腹が膨れないのなら、教会の資産を売却しましょうか』。
神の代弁者を自称する偽善者たちを、数字の祭壇で生贄に捧げて差し上げますわ。
どうぞお楽しみに!




