森の中の乱戦
ガレアの街を離れて、海斗達は急いで薬草を摘み終わると、セリフィアに向かった。森の中を進む海斗たちは、リサリアの宿でようやく一息つけることを期待していた。
海斗達がセリフィアに向かって歩を進めていると、女の子の悲鳴と野太い男達の叫び声が森の奥から聞こえてきた。
声の方へ海斗達が近づいてみると、リサリアが巫女装束の白いローブを着た少女の後ろにかばわれていた。他に護衛とみられる兵士二人と共に、盗賊八人に囲まれている。
「巫女様、巻き込んでしまって本当にすみません」
「いいのです。この者達の方が間違っているのですから。……今退散するのであれば罪に問いません。逃げるのであれば、今のうちですよ!」
すると、盗賊の頭目らしき男が
「ハハハ、笑わせてくれるぜ、お嬢ちゃん。自分がおかれている立場がよくわかっていないようだな。おい、そこの兵士二人。そこの二人の少女を置いていくのなら、命だけは助けてやるぞ」
と余裕の笑みをもらした。兵士の一人は
「そんなこと、するわけないだろう!」と怒鳴ったが、もう一人は
「しかし、うちの巫女様にも困ったもんだな。こんなところで他人のために戦いたくはないのだがな……」と小声で愚痴をこぼした。しかし、巫女らしき少女に睨まれると、焦って盗賊達に向かって剣を構え直した。
アリシアは
「はっきりとは見えないが、あの巫女が付けている鳩のブローチ、あれはローレンシア教の紋章だ。ローブを着た少女は、恐らくローレンシア教の巫女なのだろう」
と、海斗に向かって言った。海斗は震えるリサリアを見て、自然と
「アリシア、リサリア達を助けに行くぞ!」
という言葉を発していた。
しかし、アリシアは
「ダーリン、人助けで賊と戦っていたら、命がいくつあっても足りないよ」
と冷めた口調で言った。
海斗は、いつになく真剣な口調で
「しかし、リサリアには先程世話になった。放っておいたら、寝覚めが悪い」
とはっきりと言い返した。
アリシアはため息をつくと、
「……仕方ないなあ。確かに格安の宿泊がなくなるのも困るから、戦うか……そこの巫女の護衛兵、助太刀したらどれくらい報奨金を出してくれる?」
と兵士に向かって大声で聞いた。
兵士の一人が
「50ゴールド!」
と叫ぶ。
「ちょっと足りないんじゃないの?」
アリシアは、どうしようかな? という態度を見せる。
「では100ゴールド!」
「150ゴールド!」
「140ゴールド! 手持ちは、今はそれしかない」
と兵士が根負けすると、アリシアは満足そうに
「よーし、交渉成立。ダーリン、早速だが訓練がてらの実戦だ。無理をしないで一人を相手してくれればいい。時間稼ぎをしていれば、残りは私とあそこの護衛兵とで片付けるから」
と余裕しゃくしゃくで言った。頭目らしき男は
「さっきから黙って聞いていたら、好き勝手言いやがって! お前らを含めても俺たちの方が人数は上だ。今のうちなら、その盗賊姿の姉ちゃんを置いていけば許してやらないこともないぞ!」
と脅してきた。
海斗はすかさず
「誰が仲間を置いていくんだよ!」
と叫び返した。
「ダーリン、あまり挑発に乗るな!」
「わかっている。リサリアのこともあるが、巫女が付けているブローチ、あれはローレンシア教の紋章なんだろう。もしかしたら賞金首に関する情報収集も出来るかもしれない」
結衣は、海斗が戦う気満々なのを見て、少し焦りながら
「わ、私は戦わないわよ。それに、置いていったら一生許さないんだから!」
と念を押すと、一歩ずつ後ずさりしながら、近くの木の陰へと隠れていった。
「いいから、お前は黙っていろ、お邪魔虫――しかし、ダーリン達が賞金首なこと、ばれなきゃいいけどな。……だが、地獄の沙汰も金次第。宿屋に泊まるのも金が必要だ。ダーリンたちの衣装と仮面を買ったおかげで、財布の中はもう埃しか残ってないんだよ! とりあえず今日明日の生活費を稼ぐぞ、ダーリン。うまくいけば、冒険者ギルドからも盗賊退治の賞金がもらえるかもしれない」
「ハハハ、アリシアは金ばかりなんだな――でも、これで助ける、で決まりだな!」
と、海斗は少しうれしそうに言った。
「それじゃあ剣の訓練も兼ねて、実戦だ。盗賊の一人は頼んだぞ、ダーリン。後、お邪魔虫は足手まといにならないように、どこか木の陰にでも隠れていろ!」
と叫ぶと、アリシアは剣を体の右斜め後ろに構えて、盗賊の一人に突進していった。……一応ツッコんでおくと、言われるまでもなく、結衣は既に木の陰に隠れているから。
「ナメるなよ!」
盗賊は叫ぶと上段の構えから、タイミングを見計らって突進をしてくるアリシアに向けて、剣を振り下ろした。が、アリシアは一瞬左に移動して敵の刃をかわすと、そのまま盗賊の脇腹を斜め上に斬り上げた。血が脇腹から吹き上がり、盗賊は倒れた。
「速い!」
海斗は思わず叫んでしまった。先程からの余裕しゃくしゃくの態度の理由がわかった気がした。
「ヨシ、俺も」
そう自分に言い聞かせると、海斗も一番近くにいる盗賊に向かって走り出した。しかし、剣を持つ手は震え足はもつれそうな感覚に襲われた。
明らかに竹刀を持つ時とは違った重みが手から伝わってくる。
「俺はこれから人殺しをするのか」
しかし、盗賊が剣を振り下ろすと、海斗は剣を斜めにしてそれを受け止めた。生存本能のおかげなのか。それとも、ただの反射神経なのか。日頃練習して体に染みこんだ剣道の剣さばきが自然と出た。
「素人かと思っていたが意外とやるな」
盗賊はそう言うと、グイグイと自分の剣を押してくる。
海斗は鍔迫り合いをしながら、この均衡が崩れたとき、いずれかの体から血が噴き出すことを想像すると、嫌な脂汗が額から流れ落ちた。
剣の刃と刃が軋む。
これは生存競争の戦いか、それともただの殺人なのか――その答えは、今の海斗にまだ出せるはずもなかった。
そんなことを考えていると、盗賊は突然右足で海斗の腹を蹴ってきた。剣道では考えられない『技』だった。
「しまった……!」
海斗はよろよろと体勢を崩しながら後退すると、盗賊は上段の構えから海斗を斬り下ろそうとする。海斗は片膝を地面につきながら、かろうじて剣で敵の刃を受け止めるが、いかんせん体勢が悪い。上から押してくる盗賊の刃を受けて、剣を持った腕の筋肉がプルプルと震えてくる。踏ん張る腰にも容赦なく力が加わった。
そして、盗賊は、今度は海斗の脇腹を蹴ろうとして右足を上げた。
その時だった!
海斗は左足一本で立っている盗賊に対して、体ごとぶつけた。
盗賊は体勢を崩し仰向けに倒れる。
盗賊はそれでも最後のあがきで剣を縦に振ろうとする。が、剣は海斗の体に触れることなく、盗賊の手を離れた。
海斗の剣が盗賊の腹を貫いていた。
盗賊の背から血が噴き出し、地面に赤い海が広がる。
剣を手放した海斗は、止まらぬ指先の震えをどうすることもできなかった。
そうこうしているうちにアリシアが矢継ぎばやに盗賊三人を各個撃破したらしい。所詮は盗賊。統率がなされていないようだ。
そんな乱戦の中、どさくさに紛れて頭目らしき男がリサリアの腕を引っぱって、さらおうとしていた。
「待て、そこの盗賊!」
それを見た海斗は盗賊の腹から血と脂まみれになった剣を抜き取ると、頭目らしき男めがけて走り出す。
頭目はリサリアの腕を離すと剣を構えた。
逃げるリサリア。
海斗が上段から縦一文字斬りに、頭目が横一閃剣を振ろうとすると、海斗の背後から少女の声で魔法の詠唱が聞こえてくる。
「全能なる神よ、我にその奇跡の光の一部を分け与え給え、ライトニングアロー」
巫女らしき少女から放たれた光の矢に、盗賊三人が貫かれて地面に伏した。
盗賊の頭目は海斗の剣を一旦自らの剣で受け止めると、ふと動きを止めた。
その視線が、じっと海斗の顔に向けられる。そして、何かを確信したように男はつぶやいた。
「お前は、例の賞金首……」
そう言い残すと、形勢不利になった頭目は、海斗に背を向けて森の中へと逃げていった。
「仮面が興奮によって半透明になっていたのか……」
素顔が盗賊にばれた海斗がこれからどうしようかと思いながら、リサリアの無事を確認しようと振り向いた。
……リサリアは、驚愕の表情で海斗を見ながら口を両手で覆っていた。
「あなた……まさか、あの手配書の……」
海斗が『後戻りすることのできない一線』を越えた章でした。
竹刀では味わえない恐怖と重みが、彼の心に深い爪痕を残したはずです。
また、ローレンシア教の巫女の登場や、素顔を盗賊に見られたことで、海斗たちの状況はさらに複雑になっていきます。
驚愕の表情を見せたリサリアは、この後どうするのか。そして海斗は、この出来事をどう受け止め、どう行動していくのか。 続きも見守っていただければ幸いです。




