ガレアの町
「えっ」
海斗は少し驚いた。「賞金首か」と言われたのかと一瞬思ったが、まさか「勇者」とは。仮面の魔法で目立たなくなっているのではなかったのか。
「すれ違った時、何か影の薄い兄ちゃんだな、と思ったが、よくよく見ると帝都・アストリアの大通りで凱旋パレードをしていた時の勇者・海斗の背格好や雰囲気がよく似ていたのでな。でもマスクを着けているところを見るとお忍びかな?」
「いえ、俺は違います。名前はカイルと言います」
「……そうか、ワシの勘違いだったか。そいつはすまなかった――ただ、一言言わせてくれ。帝国に反逆したとの話だが、ワシは感謝しておるよ。今の安寧の生活があるのは魔王を倒してくれた勇者のおかげだと……」
そう一方的に言うと、老人は雑踏の中に消えていった。
「ふぅ、良かった。賞金首だとばれたのではなくて」
結衣は安堵した様子だった。アリシアは
「私もちょっと焦ったよ……でも、ダーリン、同姓同名だけでなく、雰囲気も勇者に似ているんだな?」
と少し不思議そうに言った。
「そうみたいだ。勇者は俺と何か関係があるのか?」
「私にもわからん。しかし、勇者も帝国に反逆した罪に問われているみたいだし、用心するにこしたことはないな」
とりあえず仮面の効力で目立たなくなっているのは本当みたいだが、今回のように凝視されるとばれる可能性もある――それがわかっただけでも収穫と言うべきか。
「わかった。用心して冒険者ギルドまで急ごう」
そう言うと、海斗はアリシアの背に隠れるようにして後を歩いた。
冒険者ギルドの入り口近くの掲示板にも手配書は当然貼ってあって、それを見ると海斗は思わずため息をついた。
さすがにもう声をあげることはなかったが。
海斗と結衣は冒険者ギルドに入ると、最初に冒険者登録をするために受付に行った。もちろんアリシアの紹介があったのは言うまでもない。海斗と結衣が記載し終えた書類を、ギルドの受付嬢は確認し始めた。
「では、男性の方のお名前がカイル・アルティスさんで、冒険者登録はここが初めてですね。冒険者のランクはFから始まります。まずは自分のランクに見合ったクエストをこなして下さい。ただし自分より上のランクの方とパーティを組む場合は、そのパーティで一番ランクが高い方と低い方の中間のクエストまで引き受けることができます。以上です。何か質問はありますか?」
「いえ、特にないです」
「では、女性の方のお名前がユリッサ・フローレスさん……。ユリッサ? ユリッサって犬じゃないんだから……」
そう言うと、受付嬢はうつむきながら涙目で、腹を抱えて体を小刻みに震わせ必死に笑いを堪えている様子だった。しかし、我慢の限界はすぐにきたらしく、受付のカウンターの台を右手でバンバン叩くと涙を流しながら
「……ユリッサ、ユリッサって、笑える! 面白すぎる!」
と爆笑した。
カウンターの台を叩く音と大きな笑い声で、周りの冒険者は受付の方を振り向いた。
受付嬢もさすがにこの状況はまずい、と思ったみたいで
「失礼しました、お客様。ユリッサ・フローレスさんの登録も……ユリッサ、ユリッサって……」
と業務モードに戻ろうとしたが、おもわず思い出し笑いをしてしまったようだ。
結衣はと言うと、顔を真っ赤にして、ものすごい形相でアリシアの方を睨みつけている。睨みつけられた方のアリシアと言えば、結衣と目を合わせないように顔を横に向けながら口笛を吹いている。
アリシア、たちが悪いな。どうやら、ユリッサと言う名前は「小太郎」とか「モモ」どころか、「ポチ」とか「コロ」レベルの名前らしい。いかにリサリアが気を使って発言していたのかが、よくわかった。さすがに海斗も少し結衣に同情した。
その後、ギルドの受付嬢は涙目になりながらも、カイルおよびユリッサの冒険者登録を滞りなく終えて、冒険者カードを手渡してくれた。だが本当の目的は果たしていない。海斗はアリシアを小突いた。
「後、この依頼をこの三人で受けたいのだが」
「薬草の採取ですね。承りました。……でも、そういえばアリシアさんは他のクエストを受けていらっしゃいましたよね?」
「賞金首は見つからないし、手持ちの金は心許なくなってくるしで、あまりお堅いこと言ってくれるなよ。その宗教異端者の賞金首の件だけれども、どうにも見つからない。もう少し情報ないかな。隠れ家を探す意味でも、どこ出身だとか、元聖職者なのかとか、どんなことをして賞金首になったとか、何でも良いから知っている情報を教えてくれないか?」
「すみません、私どもも配布されている手配書以上のことは知らされていないので……」
「そうなんですか」
海斗は会話に割りこんできた。
「はい。私も賞金首になったのは、ローレンシア教会から異端視されたことが原因で、依頼主は教会だということ以外は何も知らないんです。でも、もしかしたら教会には私どもが知らない情報があるのかもしれません」
海斗は神妙な面持ちでギルドを後にした。結局冒険者ギルドも手配書以上のことは本当に知らないようだ。
「少し危険だが、やはり教会へ行って情報収集をするしかないか」
「わかったよ、ダーリン。一緒に行くと危険だから、私一人で行って情報収集をしてくる」
「すまない。しかし、それが一番現実的かもしれないな」
海斗らは教会に向かって歩き始めた。
海斗と結衣は教会が見える路地裏に隠れながら、アリシアが教会から出てくるのを待っていた。
そんな時であった。海斗は不穏な視線を感じた。周りを見渡すと、立派な馬車が教会の前で止まった。要人が教会を訪問しているようだった。
その後すぐに教会からアリシアが出てくると、しかめっ面をしながら手を横に振って収穫がなかったことを海斗たちに伝えた。近づいてきたアリシアに対して海斗は、
「やっぱり、教会から聞き出すのは無理だったか」
と尋ねた。
「司祭は『冒険者はつべこべ言わずに賞金首を捕まえてくればいい』の一点張りで何も喋ろうとしない。挙げ句の果てにはカイアン・モーティスっていう枢密卿が来るから、すぐ帰れって、まるで邪魔者扱いだった。胸くそ悪い!」
「しょうがない、ギルドもダメ、教会もダメなら、ガレアの町ではこれ以上長居しても得られる情報はなさそうだ。ここは手配書もたくさん貼ってあるし、場所を早く移動した方がいいかもしれない。ぼちぼち日も暮れそうだし、薬草を採った後、セリフィアに行くか?」
「そうね、とりあえず賞金首の手配書だらけのこの町は、もういいわ」
結衣も教会の方を遠い目で見ながら、首を振った。
その瞳には、海斗にはわからない、何かを覚悟したような静かな決意が宿っているように見えた。
夕日に照らされたその横顔は美しく、そしてどこか儚げでもの悲しい──海斗は胸の奥がわずかにざわつくのを感じた。どうして、結衣はこんな表情をみせるのだろう?
海斗は、自分が抱いた感情がわからないまま、
「そういう訳だ。アリシア、薬草の生えている場所まで道案内を頼む」
と言った。
「了解。ダーリン、任された!」
今は生き延びるために、賞金首になった理由を探ることに集中しよう。そう心の中で、自分に言い聞かせるように海斗はつぶやいた。
ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました。
今回は、ギルドでの登録や教会での情報収集など、冒険の始まりとなる回でした。
海斗たちの『えん罪を晴らす旅』は、まだまだ始まったばかりです。
これからも温かい目で見守っていただければ嬉しく思います。
次回もよろしくお願いいたします。




