宿屋の娘・リサリア
海斗ら三人が森の中を歩いていると、雨がぽつりぽつりと降り始めた。森の中なので、すぐには濡れないが、時々木々の枝に溜まった滴が頭や背中に落ちてくる。
アリシアは
「ダーリン、ガレアに急ごう」
と言うと、海斗の腕を離して小走りをし始めた。海斗や結衣も追うように走り出す。その時、近くで大きな雷鳴が響いた。
「ダーリン、これはちょっとヤバいぞ。近くの木に雷が落ちたら、私たちもただではすまない。どこか、避難できる場所はないか?」
と言うと、走りながら辺りを見渡した。
すると遠くに森の小道を、頭を隠すように両手でハンカチを持って、走っている少女を見かけた。
海斗は
「おーい、そこの人! どこか避難場所を知りませんか?」
と少女に向かって叫んだ。
少女は海斗らの方を見ると
「これから炭焼き小屋に行きます。付いてきて下さい!」
と叫んだ。
「ありがとう!」
と海斗は答えると、少女の方へと走り出した。結衣やアリシアもそれに続いた。
炭焼き小屋は、今は無人らしく、少女を含めた四人は小屋の中で雨と雷をしのいでいた。
少女の格好はいかにも田舎の少女、といった印象で色褪せたツーピースの上着とスカートは袖口には手縫いの補修跡があり、寒さをしのぐために肩には薄手のショールを巻いていた。足元は、何度も修繕された跡のある、くるぶし丈の革靴。手入れの行き届いたその姿から、彼女の暮らしぶりと物を大事にする几帳面さが手に取るようにわかった。
「さっきはありがとう。おかげで助かったよ」
と海斗は、ハンカチで服を拭いている先程の少女に礼を言った。
少女は
「どういたしまして」
と少し笑みをこぼしながら答えた。その笑顔に、海斗は自然と安心感を覚えた。
「俺はカイル。そして、剣士の格好をしているのがアリシア、残る一人がユリッサって言うんだ」
そう聞いたとき、少女は結衣の顔を見ながら、キョトンとした。何か不思議なものを見ているかのようだった。そして、
「ユリッサって……本名じゃないですよね?」
と不思議そうに聞いて来た。海斗は、犬の名前であることを笑わずに、最大限こちらのことを気遣って少女は尋ねてきたことを悟った。結衣も同様のことを考えていたようだ。アリシアの顔に向かって少し睨むと、ぎこちない笑顔で少女の方を向いて海斗の脇腹を肘で小突きながら、
「あだ名よ、あだ名。ユリッサなんて本名のはずがないじゃない!」
と答えた。
少女は少し笑いながら
「ですよね。それにしても女の子にユリッサって、あだ名にしても酷すぎじゃありません?」
と海斗に向けて言った。
「お、俺じゃない、俺じゃない。その名前、いやあだ名をつけたのは……」
と、海斗はアリシアの方を向いたが、アリシアは必死に笑いをこらえているようだった。
「……それより、君の名前を教えてくれないか?」
と、海斗は露骨に話をそらした。
「そう言えば、自己紹介していなかったわね、私の名前はリサリア・グレイモンド。皆はリサって呼んでいるわ」
「そうか、リサか。良い名前だね」
と海斗が言うと、リサリアは
「ユリッサよりはね!」
と笑いながら返してきた。少し冗談めかして言っているが、その笑顔は純真で憎めない何かを持っていた。
次の瞬間、ぐうぅ、ぐうぅという腹の音が立て続けに海斗と結衣から聞こえてきた。
海斗らはずっと森の中で飲まず食わずでアリシアを待ち続けていたからだ。海斗と結衣は顔を赤くした。
リサリアは、
「お腹が減っているの?」
と聞いて来た。
海斗は恥ずかしそうに笑いながら
「訳あって、昼飯を食べていないんでね」
と答えた。
それを聞くと、リサリアは大きめのポシェットからハンカチに包まれているパンを出すと二つに割って、海斗と結衣に手渡そうとした。
「それ、貰っていいの? 君の食べる分がなくなるんじゃないの?」
と海斗は遠慮しようとしたが、リサリアは
「私は家に帰ったら、いくらでも食べられるから。遠慮なく食べて」
と笑いながら、パンを海斗と結衣に手渡した。
「あ、でも、そこの剣士さんの分がないわね」
するとアリシアは、手を振っていらないことを示しつつ、
「私は、買い物ついでに食べてきたから、気を使わなくっていいよ」
と答えた。
「後、水が必要だよね。ハイ、水」
とリサリアは革でできた水筒を海斗に渡した。
「何から何まで、本当にありがとう。何か恩返しできることがあればいいのだが――思いつかないな。何かして欲しいことはあるかい?」
「格好からして冒険者さんよね? 私の家はティリアス帝国の街・セリフィアで宿屋をしているんだけれども、ウチに泊まってくれたらうれしいかな?」
海斗はアリシアの顔を見た。
アリシアは
「あまり手持ちがないんだけど、一泊おいくら何だい?」
とお手柔らかにといった感じで尋ねた。
「逆にどのくらい、今持っているの?」
「銀貨二枚、銅貨五枚、ってところかな」
リサリアは少し悩んでいるみたいだったが、決心がついたようで
「いいわ、今閑散期だから食事付きで一人銅貨六枚でいいわ? これなら泊まれるでしょう?」
と提案した。
海斗はアリシアの顔を再度見た。アリシアは
「ガレアの町とは反対方向になるが、まあここまでしてもらったら、泊まらざるを得ないかな? 宿屋代も格安だしね」
と答えた。
海斗は笑顔になって
「喜んで泊まらせていただくよ、リサ」
とうれしそうに言った。
リサリアは
「ようこそ、グレイモンドの|灯亭へ! お客様三名様、ご案内します!」
と茶目っ気たっぷりに言った。
そんなやりとりをしているうちに、先程までざんざん降りだった雨は止み、木々の上から虹が顔を出していた。リサリアはそれを見て
「何か、良いことありそう」
と手を上げて背伸びをした。
アリシアは
「ダーリン、最初の予定通りガレアに行って情報収集と冒険者登録をする、ということでいいか?」
と海斗に尋ねた。
海斗は
「そうしよう。もう雨も降らなさそうだし」
と結衣を見た。結衣は黙って頷いた。
「それじゃあリサ、後で君の宿屋で会おう。俺たちはこれからガレアの町に行く」
「わかったわ。私は用をすませた後、家に帰ってお客さんが来る準備をして待っているわ。必ず泊まりに来てよね」
「ああ、大丈夫だよ。アリシアのゴーサインも出ているし、必ず行くよ」
そう言って、海斗たちはリサリアと別れた。
仮面姿の海斗、結衣、そしてにアリシアがガレアの町に入ると、目に飛び込んできたのは、壁や掲示板に貼られた手配書だった。
似顔絵は驚くほど本人に似ていて、海斗は思わず息を呑んだ。名前は「Kaito」と「Yui」――偽名の意味を、ここでようやく実感した。
「それにしても、何でこんなに貼ってあるんだ……」
「しーっ」
結衣が口元に指を立てて、海斗をにらむ。
海斗が慌てて口をふさぐと、道行く老人がこちらを見て、ぽつりとつぶやいた。
「ひょっとして、アンタ、勇者かい?」
お読みいただき、ありがとうございます。
今回登場したリサリアは、今後の物語の展開に関わってきます。
海斗たちの旅路を、これからも見守っていただければ幸いです。
※ちなみに、本作はアルファポリスにも同名で掲載しています(少し先の話まで公開中です)。




