追ってくる魔女――妖しい交渉
「げほげほ、一体何が起きているの。火事?」
とアンジェリカの声が聞こえてきた。すると、今度はアンジェリカのうめき声が聞こえてくると、人が倒れたらしい音がした。そして煙の中から結衣が現われ、
「間に合って良かった……」
と言うと、素早く海斗の手足を拘束している革のベルトを手早く順にダガーで切っていった。
身体強化魔法をかけてもらっても引きちぎれない魔物の革を、あんなにも手際よく切るとは——海斗は思わず感心した。そんなことを考えていると、結衣から
「海斗! いいから、とっとと逃げるわよ!」
と催促された。アリシアらがいない、俺の前では、いつもの結衣に戻ったようだった。
「結衣、サンキュー」
と、海斗が答えて立ち上がったが、手元にカイアンから借りた剣がないことに気が付いた。
「すまん、剣を探すから先に脱出してくれ」
「そんなもの、今はどうでもいいでしょう!」
と結衣は大声で言うと続けて、ぼそっと「本当に心配したんだから……」と小声で言った。
「いや、カイアンさんから借りた剣なんだ。何とかして探し出さないと」
結衣はため息をつくと、少し呆れた様子で
「……ほんと、こういう時に無茶言うんだから――しょうがないわね。この部屋を上から見たときには、それっぽいものは見当たらなかったわ。どこに置いてあるか、心当たりある?」
と聞いてきた。
「もしかして寝室か」
海斗はこの部屋の唯一の扉を開けて出ると、そこは先程寝室に入るために通過した台所兼食堂であった。海斗は、台所の扉を開けて寝室に入った。幸いベッドの近くに剣が落ちていたので、拾うと、結衣と一緒にアンジェリカの自宅兼魔法研究所を脱出した。
「あの女の意識が戻る前に姿をくらますわよ!」
と言うと、結衣は海斗の手を握って一緒に走り出した。
しかし、海斗と結衣が森の細い道を逃走していると、後ろから呪文が聞こえてきた。
「水の精霊ならびに冬の精霊よ、我にその聖なる水と凍てつく寒気の一部を分け与え給え、アイス・アロー!」
その名の通り、十数本の氷の矢が海斗たちを襲った。海斗は振り返って、剣で矢を叩き落とそうとしたが、四本ほど叩き損ねて先に走る結衣の体に当たろうとした。
「結衣、危ない!」
すると、結衣は振り返り、四本の矢をダガーで受け左右に弾き飛ばした。
「結衣、いつの間にそんな芸当を……」
唖然とした海斗は疑問を持ったが、結衣は
「いいから逃げるわよ。聞きたいことがあるのなら、後で答えてあげるから!」
そう言うと、ほんのわずかに言い淀みながら囁くように言った。
「……あなたにならね」
そして、少しばつが悪そうな様子で結衣は、一瞬だけ視線をそらした……まるで、こんな姿を見せたくはなかったという表情で。その様子を見て、海斗は今は逃げることを優先した。
また氷の矢が海斗たちに向かって飛んできたが、海斗の剣と結衣のダガーによって例外なく、叩き落とされたか、別の方向にそらされた。アンジェリカはらちが明かないと思ったのか、
「ちょっと待って。話し合いをしましょう。これ以上攻撃しないから。あなたたちだって、情報は欲しいのでしょう?」
と呼びかけてきた。
「今さら、お前の言うことなんか信用できるか。お前がこちらの欲しい情報を持っているのかも怪しい!」
と、海斗は思いっきり疑っている。
「私がローレンシア教の教会内部で飛び交っている情報に詳しいことは、酒場での会話で証明しているわよね」
確かに、と海斗は思った。それもあって海斗はアンジェリカの話を黙って聞くことにした。結衣も厳しい表情をしながら向こうの様子をうかがっている。
「では、こうしましょう。私があなたたちの欲しい情報を知っていることを証明できたら、こちらの話を聞いてくれるかしら?」
「証明できればな!」
海斗はつきはなすように言った。
「いいでしょう。これから、私と内部告発者との会話の一部を再生してみる。これで信用しないのなら、仕方がないわ。スキル、プレイバック」
すると、どこからともなく男の声が聞こえてきた。
「KaitoとYuiを賞金首にしたのは、ほとんど××の独断です。KaitoとYuiの一件だけではありません。今や、教皇は××のいいなりです。私は××の暴走を止めたい、その一心だけなのです」
「これがアンタの言う、証明か」
「さっきも言ったけど、これでダメなら、お手上げね」
「結衣、どう思う?」
そう聞かれた結衣は、少し嬉しそうだった。
「あのスキルは見たことあるので、スキル自体は偽物ではないと思う。だけど、問題はあの音声が本物かどうかね。あの告白の内容だけでは、会話が本物かどうか、私には判断がつかない……ごめん」
あのスキルを見たことがある、か。海斗はそんなスキルがあることも知らなかった。先程の戦闘といい、いつの間に結衣は、とは思ったが今はそんなことを考えている場合じゃない。
「よし、わかった。俺に任せてくれないか、結衣?」
「いいけど、どうするつもり?」
「アンジェリカに接触したときも思ったことだけれども、本物か偽物かわからないのなら、偽物と疑っていても何も話は進まない、ということだ。アンジェリカが証拠を出してきた以上、偽物なら偽物とわかるまで突き進んでみるべきだ。ただし、偽物とわかったら、それ相応の責任は取ってもらうがな」
「……海斗がそう言うなら、信じる。海斗に任せるよ……あの女のことはいまひとつ信用ならないけど」
と結衣は言うと、軽く頷いた。良かった。フェルノスの戦いでの単独行動から沈黙を守っていた結衣だが、自分の前ではやはり以前の結衣のままでいることに海斗は少し安心した。
「ありがとう」
海斗はアンジェリカに向き直ると
「アンジェリカ、とりあえず、この音声が本物かどうかは置いておいて、そちらの条件は何だ。1000ゴールドとか、持ち逃げできるものは駄目だ。それ以外で、そちらの情報と引き換えにできるものはあるか?」
と尋ねた。
「そうね、それじゃあ、あなたの見事な剣さばきを見込んでお願いしたいことがあるわ。私、あなたにあんなことをしたのには理由があるの。実はね、教会に人質を取られているの」
「さっきの再生した声の持ち主か?」
「いや、彼じゃないの。彼じゃないんだけれども……」
「その彼じゃなければ、誰なんだよ」
海斗は先ほど解剖されかけたこともあって、少しいらついていた。結衣も、その煮え切らない様子に苛立っていた。
「それは……。今、言わなきゃダメ?」
アンジェリカは視線をそらし、唇を噛んだ。
その反応に、結衣の目がわずかに細まる。
――この女、まだ重大なことを隠している!
海斗はそう確信した。結衣も同じだろう。
だが、その『重大なこと』が、まさかあんなことだとは、二人とも想像すらしていなかった。
今回もお読みいただき、ありがとうございます。
海斗と結衣が二人で動く回は、実は久しぶりでした。
結衣は強いのに、これまでその力を隠してきた理由──
海斗たちが何度も危機に陥っているにも関わらず、
なぜ結衣は『あの強さ』を見せなかったのか。
そして、アンジェリカが言い淀んでいた『理由』についても、
読者の皆さまが思わず「くすっ」と笑っていただけるようなオチを用意した……つもりです。
真相が明かされるのは数話先になりますが、楽しみにしていただければ幸いです。
これからもお付き合いいただけると嬉しいです。




