決意
「お前ら、許さん!」
海斗は刺客二名を睨みつけると、リサリアをゆっくり道路に降ろした。そして、刺客の一人に対して剣を上段から振り下ろした。その刺客は、海斗の怒気に気後れしながらも斬撃を剣で受け止めた。
隣では、もう一名の刺客の悲鳴があがった。アリシアが投げたナイフが太腿に刺さったのだ。
アリシアはそれを確認すると、迷いなくその刺客へと突進した。ナイフの痛みに耐えかねて、一瞬剣を構えるのが遅くなった刺客は、アリシアの一閃にあっけなく倒れた。
続いて、海斗と鍔迫り合いをしていた刺客も、アリシアによって背後を斬られ、道路の石畳の上に倒れた。
「一人でも残すと、ダーリン達がここにいることが、教会や冒険者ギルドにばれるからな」
アリシアはそう言うと、気を失って背中の疵が痛々しいリサリアの方を見た。
「ダーリン、今なら間に合う。ポーションを使うのもアリだが品質にもよる。確実に出血を止め傷口をふさがらせるには、ヒーラーを見つけて、ヒールをかけてもらうのが一番手っ取り早い!」
リサリアに駆け寄ってきた父親と母親は周りを見渡しながら
「お願いします! この中にヒールを使える方はいませんか!」
と悲鳴にも似た声で懇願した。
野次馬の市民からは
「おーい、誰か放火犯を倒した兄ちゃんを庇ったリサの治療をできる者はいないか?」
「本当、放火するなんて不逞な輩だよ。ウチに延焼したらどうしてくれるんだい! よくやったよ、アンタたち!」
「でも、あいつらが火をつけたって可能性はないのか?」
「違うよ、リサの親が言っていた。火を付けたのは盗賊っぽい、あのおっさんだってよ!」
「あの女の子、背中にあんな傷……命がけで戦ったんだな」
と口々にリサに対する同情と放火犯に対する非難の声が聞こえてきた。
「……私がヒールを使えます」
現場を囲んでいた野次馬の中から、いつからいたのであろう、ローブ姿のエリザベスが二名の護衛と共に現われた。
エリザベスは
「ここでは目立ちすぎます。裏路地へリサリアを運んでいただけませんか?」
と言うと、海斗にリサリアを背負わせて裏路地に移動した。護衛二人は野次馬たちを追い払った。エリザベスの身分を隠すためか、リサリアの両親にも裏路地に来ることは遠慮してもらったようだ。
「いと慈悲深き神よ、敬虔なる者の傷を癒やし給え、ヒール!」
エリザベスがヒールをかけると、リサリアの背中の傷はみるみる塞がっていった。
リサリアの意識が戻ると、海斗は目に涙を溜めてアリシアや結衣の前で
「リサリア!」
と叫びながらリサリアを抱きしめた。
その時、エリザベスと護衛は海斗の顔を見てハッとした様子を見せた。
護衛の一人は海斗に向かって
「お前、例の賞金首の……」
と言いかけると、槍を持ちながら海斗に近寄ろうとした。アリシアは鞘にしまってある剣の柄を握ろうとした。
その時であった。意識を取り戻したばかりのリサリアが、海斗と兵士の間に立ちはだかると両手を広げて海斗を庇おうとした。
「カイル、早く逃げて!」
「……リサリア、あなたはカイルを庇ってあれだけの傷を負いながら、それでもなおカイルを庇おうというのですか……」
エリザベスは感極まった面持ちで誰に聞かせるともなく、つぶやいた。
海斗は正体がばれたことを悟った。
――チャームのスキルをエリザベスにかけて、エリザベスから護衛に自分の正体のことを口止めしてもらうしかない。
「リサリア、いいんだ……」
海斗はリサリアの広げた手を軽く握って下げると、静かにその前を歩いてエリザベスへと向かった。
槍を構える護衛――一触即発の緊張が走った。
しかしエリザベスのとった行動は意外なものだった。護衛二人を制して
「いいのです、トーマス。私は隠密行動の身。今は私の神託に出てきた少年を探すのが先です。賞金首に関わっている余裕は、私にはありません」
と言ったのだ。海斗が意外な顔をしていると、エリザベスは続けて海斗に向かって
「これで、森で助力してもらった貸し借りはなしです。さ、行きますよ、トーマス、ギルバート」と言うと、この場を去ろうとした。護衛の一人は、
「本当にいいのですか、賞金首をそのままにしておいて?」
と驚いた顔で聞いてきた。
「何度も同じことを言わせないで下さい、トーマス」
とエリザベスは言うと護衛たちに随行するよう促した。
海斗は
「待ってくれ、本当に今の言葉を信じてもいいのか?」
と聞いた。
エリザベスは振り返ると
「今回のことは、リサリアの献身に免じて見逃すだけです。次会ったときはどうなるか、わかりませんよ、カイル」
と言い残すと、霧が立ちこめる森の奥へエリザベスたちの姿は消えていった。
その後ろ姿を見つめながら、海斗は何か決意をしたかのように静かに拳を握った。
アリシアは
「結局、助けた報奨金はもらえずじまいか……。かわいい顔をして、あの王族結構したたかだな」
と少し悔しそうに言った。
緊張が解けたのか、リサリアは倒れ込んで、また気を失った。海斗はリサリアを背負うと、両親の下まで運んだ。両親は泣きながらリサリアを抱いた。そして父親がリサリアを背負うとリサリア達は知り合いの家で、海斗達はリサリアの両親が取り計らってくれた町外れの廃屋で、それぞれ夜を明かすことにした。
廃屋に入ると海斗は、アリシアと結衣に向かって、自分が決心したことを打ち明けた。
「前から思っていたのだが、仮面で素顔を隠して世間の目を欺きながら刺客から逃げ続けるのは、もう限界だ。このままじゃ、いつか本当に命を落とす。それに、いつ襲われるかわからないという、今の状況は精神的にもこたえる。加えて、今回のように関係のない人まで巻き込んでしまう。俺はもう耐えられない。もう結論を先延ばしにしている場合ではない。ここは危険を承知の上で、結衣が言っていたように、俺たちが賞金首になった理由を調べながら、ローレンシア教の上層部に直接弁明しに行こうと思う。この状況を好転させるにはそれしかない!」
と、拳を握りながら海斗は言い切った。
黙って海斗の発言を聞いていた結衣も
「私が言い出したからってわけじゃないけど、やっぱりローレンシア教の影響力のある人に会って誤解を解くのが一番の解決法だと思うの。危険な賭けだけど、私は海斗の決断に従うわ」
と賛同した。アリシアも
「ダーリンが本当に心の底から決心したというのであれば、私はダーリンについて行く。それだけだ」
と賛成した。
海斗は感動して
「ありがとう、結衣、アリシア……」
と少し涙を溜めながら礼を言った。結衣とアリシアも思わず頷いた。
「ところでだが……ローレンシア教の上層部って、そもそも一体どこの誰に弁明しに行けばいいんだ?」
結衣とアリシアは思わずずっこけた。
アリシアはやれやれと言った感じで
「ローレンシア教の一番偉い人と言えば、やっぱり教皇だろう。教皇は基本的にサンクト・ルミナス大聖堂にいるから、前にも言ったけど、大聖堂のあるローレンシア教皇国に向かうことになると思うよ、ダーリン」
と答えた。
苦笑いをしている結衣は地図を広げると、主な街道を目で追いながら
「ローレンシア教皇国に行くのなら、この地図を見る限り、このまま南下してエルシオン王国、そしてヴァルディス公国を通過して行く道が最短距離で行けると思う」
と提案した。
「わかった、それで行こう」
と、海斗は力強く頷いた。
アリシアは頭の後ろで手を組みながら、
「ところでさ、ダーリン。ダーリンの素顔を知っているリサリアに関して、この後どうするんだい?」
と、聞いてきた。
海斗はしばし考え込んでいて沈黙していたが、決意をしたのか、口を開いた。
「リサリアについては……」
お読みいただき、ありがとうございました。
リサリアの献身が、海斗の決意を後押ししました。
リサリアとの関係が、彼の意思によってどのように変わっていくのか──そして、物語は新たな局面へと展開していきます。
理不尽な運命の中、海斗が自ら選んだ道を引き続き見守っていただければ幸いです。




