第4章 不撓不屈
相変わらず生成AIの力を借りながら、細々と進めております。
翌日。
龍重と空海は失敗紙を縄で縛り、川辺に積む。
村人がざわつく。
「何だあれは。」
「紙?」
「売り物か?」
龍重、皆の前に立つ。
「売れぬ紙じゃ。」
ざわめき。
「失敗か。」
「金はどうした。」
龍重、静かに。
「沈みかけた。」
沈黙。
「だが沈まぬ。」
紙を一枚掲げる。
毛羽立ち、歪み。
「水が悪い。」
誰かが笑う。
「川のせいにするか。」
龍重、即答。
「事実じゃわ。」
紙が煽られ、鈍い音が響く。
「川の淀み、田の淀みじゃ。」
村長が目を細める。
「……浚う気か。」
「浚う。」
空海、小声。
「金は……出ぬ。」
誰か咳き込む。
「では。」
村人の問いに迷いなく、
「人手でやる。」
ざわめきが怒気に変わる前に、龍重が頭を下げる。
「儂の恥じゃ。」
沈黙。
「儂が賭け、失敗した。ならば儂も川を掘る。」
若者が初めて前に出る。
「水が締まれば、紙は締まる。」
視線が集まる。
「締まれば売れる。」
村の若い衆が言う。
「売れれば。」
ようやく笑顔を浮かべる龍重。
「楽になる。」
短く重く。
空海が目線を向けた先には、
「功徳のため、手伝う。」
日翔寺の僧たち。
空海、目を細める。
「早い。」
信の名目が立った。
川を清めるは功徳。
浚渫は信仰。
紙は結果。
三日後。
光輝の使い。相変わらず虎の威を借りながら川辺を見て呟く。
「紙のために川を掘るか。」
「川のために紙を漉く。」
使い、冷笑。
「未遠而勿沈。」
(いまだ遠からずして沈むことなかれ。)
龍重、使者を睥睨し、
「未沈而可遠。」
(沈まずして遠くへ行く。)
使いの目が細くなる。
報告は上がる。光輝は計算する。
浚渫が成功すれば――田の収量が上がる。
紙も締まる。
借りは重いが、回収は確実になる。
光輝はまだ切らぬ。
川底から泥を掻き出す。水が澄み始める。
若者が再び簀桁を振る。揺らす。流す。繊維が沈む。締まる。乾かす。光に透かす。毛羽が減る。
まだ足りぬ。だが、若者の目が赤くなる。火が入った。
夜、若者が言う。
「親方は言いました。」
「軽い心では漉くな、か。」
「はい。」
「軽い紙で遠くへ飛ぶ。」
若者。
「重い心で。」
龍重、笑う。
「揺らぎ無く、じゃな。」
翌朝、若者は黙って紙を干す。
龍重は川辺に立つ。
泥で濁った水が、ゆっくり澄み始めている。
遠くで、誰かが鍬を洗う音。
空海が背後に立つ。 何も言わない。
川は流れる。掘られた底をなぞるように、静かに、滑らかに。ただ水は流れる。
龍重は耳を澄ます。
失敗も、借りも、恥も、この音の中に心地よく溶ける。
「沈まぬ。」
誰にでもなく、呟く。
川は応えない。ただ、流れ続ける。
浚渫と紙の改良が落ち着く。
作業の中、龍重は子どもに問われる。
「若様、川はどうして濁るの?」
「流れが滞るからじゃ。」
「山は?」
ふと、思う。山に滞りがあるのか、と。
後日、古老の許しを得て山へ。
朽木を転がす。
白い菌糸。
子どもが叫ぶ。
「白い!」
龍重、笑う。
「見えぬものが走っておる。」
空海、少し後ろで見る。
若者がその様子を見る。
かつての自分を比べる。
若者は紙を漉く。重い心で。
子どもは木を叩く。笑いながら。
龍重は気づく。
重さだけでは伸ばせない。軽さも要る。
「これ、売れるの?」
「育ててからじゃな。」
紙は締める。椎茸は待つ。干し棚を作る。子どもが並べる。
光輝の使いが山奥まで来る。
ご苦労なこった。健が悪態をつく。
「山も浚渫かいな。川とごちゃまぜですなぁ。」
「山の流れが掴めたんじゃ。」
使い、顎を一撫で。
「未だ……いや、よい。旦那様に伝えておきまする。」
そういうと足早に立ち去る。
ここからは、俺の番だな。龍重、しっかり動けよ。表立ってはいないが、紙も椎茸も伝達済みだが、親父とともに椎茸栽培をしたことを懐かしく思い出す。
長与郷の北、琴ノ尾岳、常緑の影が濃く落ちる林の中で、龍重は一本の橡を見上げていた。
「この太さ、よい。太すぎは発生が遅れる。細すぎると早死にじゃ。」
背後で空海が腕を組む。
「若、よくぞまぁそんな知識を。太さまで選ぶので?」
「そうじゃ。椎茸は山の流れじゃ。」
山風が抜ける。
切り倒された橡は、すぐには使わない。
菌の安定とか親父が言っていたが、そんな細かいこと言ってもわけわからんだろうしな。
「二週間寝かせよ。気が落ち着くまで待つ。」
龍重は笑ったが、目は真剣だった。
やがて竹串が並ぶ。
電動の道具などない。だが均一に、正確に、穴を開けていく。
「間隔は十五寸……いや、五寸(15センチメートル)じゃ。千鳥に打て。原木一本に三十穴。」
「そこまで数を?」
空海や村人たちが作業の大変さに閉口する。
「これくらいしないとしっかり木に染みこんでくれんじゃろう。」
穴に、天然椎茸の傘を水に浸した液を流し込む。
土の匂いと湿り気が漂う。
原木は井桁に積まれ、直置きは避けられる。下には竹、上には落ち葉。
「陽の光が当たってはならぬ。乾燥も水浸しも敵。常に湿っているが滴らぬ状態じゃな。」
空海がぼやく。
「金もですが、椎茸で、ここまで神経を使うとは……。」
「これ一つではないのぉ。千本、二千本じゃ。積み上げれば堤になる。」
夏を越え、秋が来る。
原木の断面が白く染まりはじめる。
「椎茸到来、じゃな。」
統治者は原木を一本、持ち上げる。
川辺へ運ぶ。
半日、水に沈める。
「殿、それは……。」
「刺激で椎茸は歩みだす。」
翌朝。原木の側面に、小さな突起が並ぶ。
やがて傘が開き、山の陰に茶色の波が生まれる。
空海や子どもたちが息を呑む。
「……これが、全部椎茸……。」
「焼いてよし、煮てよし。じゃが、乾燥させると、値は十倍に跳ねる。」
干棚に並ぶ椎茸。
穀物、紙に続く、第三の柱。
龍重が子どもたちと数える。
「原木千本で年十一貫強(420キログラムほど)。三年回せば安定供給。毎年三百本追加。常に三世代回す。」
「……きのこの里ですな。」
「森は裏切らぬ。ただ管理を怠らねばな。」
風が林を揺らす。
龍重は原木を軽く叩く。
乾いた音が響く。
「叩けば応える。叩き返してくるのが人。」
空海が苦笑する。
「若、どこのドケチの事を言っているのですか。」
龍重も苦笑。
「ドケチも金出すじゃろ。」
山の斜面には、井桁に積まれた原木が整然と並ぶ。
まだ誰も知らない。
静かな山の中で、日野の礎が、音もなく増えていくことを。




